動脈硬化を慢性炎症という枠組みで捉えたのはPeter Libbyで、ここから生活習慣病や老化を炎症として捉えるトレンドがスタートしたと言える。実際プラーク形成の細胞動態を見ると、炎症以外の何物でもない。その後、ゲノム研究を中心に多くの動脈硬化分子が発見されたが、多くは自然炎症に関わる分子だった。中にはCD40リガンドやAPRILのように免疫系調節に関わるTNFファミリーに属する分子が、血管にも作用して動脈硬化を悪化させることも知られている。すなわち、動脈硬化が様々な炎症分子の作用の上にできていることがよくわかるが、それぞれが原因か結果かは、なかなかわからない。
今日紹介するウィーン医科大学からの論文は、動脈硬化で上昇していることが知られているTNFSF13(=APRIL)の、動脈硬化への関わりを調べた論文で、動脈硬化が一筋縄では理解できない複雑な過程であることがよくわかる研究だった。タイトルは「APRIL limits atherosclerosis by binding to heparan sulfate proteoglycans(APRILはヘパラン硫酸プロテオグリカンに結合して動脈硬化を抑える)」で、8月25日Nature に掲載された。
APRILが人間の動脈硬化で上昇していることはわかっているので、動脈硬化巣でその受容体の発現を特定し、それぞれの遺伝子をノックアウトした動物モデルを組み合わせればメカニズムは特定できると期待して、研究が始まったのではないだろうか。
まずAPRIL遺伝子をノックアウトしたマウスを、悪玉コレステロール(すなわち自然炎症の誘導因子)として知られるLDLが高レベルで維持されるLDL受容体ノックアウトマウスとかけあわせると、LDLで誘導される動脈硬化が悪化する。一方で、元々APRILの機能が知られていたB細胞の方は、APRIL KOではほとんど影響受けないので、この結果はAPRILの血管への直接作用を反映していると考えられる。
そこで、APRIL KOの代わりに、APRIL受容体BCMA KOマウスで同じ実験を行うと、動脈硬化には影響されないので、これまで知られていた受容体シグナルとは全く異なる経路でAPRILが作用していることになる。
この新しいメカニズムを探すため、まず血管内皮細胞が発現するAPRIL結合分子を探索し、最終的にヘパラン硫酸結合プロテオグリカン(HSPG)であることを突き止めている。従来の研究でHSPGはLDLの血管基底膜への滞留を誘導して動脈硬化を悪化させることがわかっている。すなわちAPRILはHSPGと結合してLDLの血管基底膜への滞留を抑える可能性が示唆され、マウス大動脈でのLDLの滞留をAPRILが押さえることを示している。
このように、メカニズムが明らかになると、治療標的になり得るか、またAPRILを臨床診断に用いられるかを調べることが重要になる。
まず治療の方だが、プロテオグリカンとAPRILの結合を高める抗体を開発し、これを投与することでAPOE欠損マウスの動脈硬化を押さえることができることを示している。ただ、抗体以外には現在のところ手段はない。
一方診断の方だが、これは簡単でなかったようだ。すなわち、ヒト血中APRILはB 細胞と反応できるタイプのcanonical APRILと反応できないnoncanonical APRILが存在しており、通常noncanonicalタイプ(ncType)が多いことがわかった。最後にncTypeと動脈硬化の関わりを調べると、症状のないグループでは低いほど心臓病になる確率は高い。すなわち、APRILが動脈硬化を押さえていることがわかるが、いったん動脈硬化症状が出ると逆にncTypeが高い人ほど心筋梗塞が増えるという、複雑な結果になっている。
結果は以上で、メカニズムはよくわかるが、診断や治療にそのまま使える結果かというと、問題が多いと思う。動脈硬化はやはり一筋縄ではいかない病気で、当分はスタチンと食事、運動以外の治療は望めないようだ。