Non-coding RNAと呼ばれる、ペプチドをコードしているわけではないが、細胞の中で重要な機能を担っているRNA(もちろん最も典型的なのはリボゾームRNAやtRNAだが、このほかに様々なRNAがそれ自身で機能をもって働いている)について知れば知るほど、生命誕生前にRNAワールドが間違いなくあったことを確信する。
そのうちの一つRN7SL1は、シグナルペプチドとリボゾームに結合して翻訳を止めるSRP複合体の中核で、7Sと呼ばれるだけあって300bpの大きなRNAだ。もちろんこんなものが裸で存在したら、そのまま自然免疫を誘導するのだが、実際には6種類のタンパク質と複合体を作っており、問題はない。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、このRN7SL1を自然免疫刺激に使って、ガンに対するCAR-Tの機能を高められないか調べた、大変面白い論文で9月7日号Cellに掲載された。タイトルは「The immunostimulatory RNA RN7SL1 enables CAR-T cells to enhance autonomous and endogenous immune function(免疫刺激性RN7SL1はCAR-T細胞自身の活性とともに、ホストの免疫も増強する)」だ。
なぜRN7SL1を使おうとしたのかという点は完全に理解できなかったが、RN7SL1や他のRNAを脂肪粒子に詰めて投与する実験で、普通のRNAは一つのRNAセンサー(RIG1 or MDA5)だけで自然免疫を誘導できるのに対し、おそらく複雑な3次構造のためにRN7SL1は両方のセンサーが働かないと、自然免疫が活性化しない。このため、わかりやすく言うといい塩梅にガン免疫が増強されるようで、移植ガンにRN7SL1を直接注射し、チェックポイント治療と組み合わせると、他のRNAより強い抗ガン免疫を誘導できる。
この方法は、今後ガン免疫を高める方法として利用できるが、この結果をさらに進めて、RN7SL1をCAR-Tで発現させることで、例えば固形ガンでは効果が落ちるCAR-Tを活性化できないか研究を進めている。メゾセリンやCD19に対するキメラ受容体遺伝子とRN7SL1あるいはランダムなRNAを組み込んで、キメラ受容体と同時にRN7SL1が発現するCAR-Tを作成すると、ランダムなRNAと比べて遙かに強い腫瘍抑制効果を示すことがわかった。
面白いことに、CAR-Tは独立して腫瘍を傷害するため、原則他の免疫システムが存在する必要はないはずだが、RN7SL1を発現するCAR-Tの効果は、ホストの免疫細胞が存在する方が遙かに高い。すなわち、RN7SL1を発現するCAR-Tから、何らかの形でRN7SL1が分泌され、周りの免疫システムを巻き込んで免疫を増強している可能性がある。これについて様々な実験を行い、
- RN7SL1を発現したCAR-Tは、エクソゾームを介してRN7SL1を周りの細胞へ伝達する。
- 詳細は省くが、CAR-Tから移行したRN7SL1は、樹状細胞、白血球などほとんどの細胞に受け渡され、不思議なことに抗ガン作用を助ける方向にホスト免疫系を組織化する。特にチェックポイント治療の効果が高まる。
- さらに、このような免疫系の再編成を通して、CAR-Tとは別に、腫瘍ネオ抗原に対するキラーT細胞も動員され、ガンを様々な面から傷害する。
- ホスト本来のガン免疫機能を高めることで、CAR-Tが結合する抗原がガンから消失しても、ホストの免疫機能が穴埋めをして、ガンの再発を防ぐ。
- CAR-Tがエクソゾームを介してRN7SL1を周りの細胞に伝達することを利用し、mRNAワクチンのように、異なるペプチド抗原をCAR-Tに発現させると、このペプチドはガンで発現し免疫を誘導する。
以上、自分でガンを殺すだけでなく、ホストのガン免疫を活性化し、必要に応じて、新しいガン抗原までも提供するスーパーCAR-Tが可能であることを最後に示している。
RN7SL1を用いたアジュバントの開発、RN7SL1とキメラ受容体コンストラクトによる、ホスト免疫を巻き込むCAR-T治療の開発、そしてガン抗原まで提供できるスーパーCAR-Tと盛りだくさんの研究で、さすが最もCAR-T研究の進んだペンシルバニア大学と感心すると同時に、結構高く売れそうな将来の技術になる気がする。