ガンの免疫療法というと、現在ではCAR-Tやチェックポイント治療になってしまうが、実際にはガンに対する抗体を用いてガンを貪食させる治療も主流の一つで、Bリンパ腫に対するcCD20抗体などは最もポピュラーな免疫治療と言っていい。
抗体によるガン細胞の障害性は様々なメカニズムが動員されると考えられるが、最も重要なのはマクロファージによる貪食で、これを高めることでより抗体の効果を促進することが期待される。その典型が、マクロファージの貪食を阻害するdon’t eat meシグナルCD47で、抗体でこの機能をブロックすると貪食能が促進する。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CD20抗体で誘導する抗体依存性貪食(ADCP)を促進したり抑えたりする分子をクリスパーでスクリーニングし、ADCP治療の分子標的を探索する研究で、9月8日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Inter-cellular CRISPR screens reveal regulators of cancer cell phagocytosis(細胞間でのCRISPRスクリーニングによりガン細胞貪食に関わる調節因子が明らかになった)」だ。
ともかくクリスパーを用いる機能分子探索法を駆使した研究だ。
まずBリンパ腫をCD20抗体で治療する設定で、ガンの方の遺伝子をクリスパーで網羅的にノックアウトするスクリーニング法を用い、ノックアウトされることで、より貪食されやすくなる分子を探索している。当然CD47は一番に出てくるが、それ以外にもいくつか分子がリストされてくる。
次に、クリスパーを用いてプロモーターを活性化させるスクリーニングを行い、発現するとマクロファージに貪食されにくくなる分子を探索し、これまで知られていないいくつかの分子をリストするのに成功している。
こうしてリストされた分子は、今後、治療標的になり得るか個別に検討することになるが、スクリーニング自体が妥当なものかどうか調べる意味で、このリストの中から、両方のスクリーニングでリストされた、すなわちノックアウトすると貪食が促進し、発現すると貪食が押さえられるAPMAPを選んで、あとはこの分子からのシグナルについて検討している。
遺伝子ノックアウトを用いて、スクリーニングの結果を確認した後、APMAPの作用はCD20抗体だけでなく、ADCPを誘導する様々な抗体、また様々なガン細胞、そして移植したガンでも同じ効果を示すことを確認している。
そのあと、この分子を認識するマクロファージ側の分子の探索を、これもクリスパーを用いて行っているが、スクリーニングの仕方は面白い。すなわち、APMAPノックアウトで食べやすくした腫瘍細胞と、CRISPRでマクロファージ細胞表面上の受容体を網羅的にノックアウトしたマクロファージプールと培養し、腫瘍を取り込んだマクロファージと、取り込めなかったマクロファージをFACSで分別する方法を用いて、最終的にAPMAPノックアウト細胞特異的に貪食が高まる分子としてGPR84を特定している。
GPR84はカプロイン酸や中鎖脂肪酸により活性化されるG共益型受容体で、これがAPMAP欠損によりなぜ刺激されるのかは難しい。しかし、GPCR84を活性化してやると、抗体依存性の貪食能を高めることができることから、APMAPは何らかの経路でGPR84のリガンド合成を阻害し、これにより貪食を阻害していると考えられる。
以上が結果で、まとめると、通常APMAPにより中鎖脂肪酸やカプロイン酸の分泌が阻害されており、この抑制が外れるとマクロファージ側のGPR84が活性化し、これがガン抗原と結合した抗体を認識するFc受容体シグナルと強調してマクロファージの貪食能を高めているという結論になる。とすると、GPR84単独の活性化も抗ガン剤として抗体薬と併用する可能性が考えられる。
また増殖能を活性化する方法の開発は、ガンへの応用にとどまらず重要な分野に発展すると思う。