脳や脊髄外傷のやっかいな点は、傷害された局所神経組織だけでなく、それと神経結合を有している領域、特に視床に慢性の炎症がおこり、2次的な変性が進むことだ。結果、物忘れや、気分障害など、睡眠異常など多様な障害が続く。おそらく、ボクサーにやプロスポーツ選手に見られるパンチドランカーも、背景には外傷後の慢性炎症があると考えられている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、皮質を傷害した後に視床で誘導される慢性炎症状態誘導に、ミクログリア由来のC1q補体成分が主要な役割を演じていることを示し、治療への糸口をつけた研究で9月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Complement factor C1q mediates sleep spindle loss and epileptic spikes after mild brain injury(補体因子C1qは軽度の脳傷害による睡眠紡錘波の欠損を媒介する)」だ。
昨年、ミクログリアが分泌するC1q補体因子がシナプス除去に関わっていることを示した中国からの論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/12355)、補体は様々な状況で、神経発生やその異常に関わっている。この研究は、最初からC1qが外傷後に視床に誘導される慢性炎症に関わるのではと考えて行われた、いわば決め打ちの研究だ。
まずラット脳皮質が1mmぐらいの深さで傷害される圧迫による外傷を加え、その結果、反対側の視床毛様体核の細胞の喪失、特にGABA作動性の介在神経の欠損が誘導されることを確認する。そして、このようにして誘導した視床ではC1qの蓄積が起こるとともに、興奮性シナプス後電流(EPSC)の数と振幅の低下が見られる。
次に、どの細胞がC1qを分泌するのかをscRNAseqで調べると、期待通りミクログリアだけが合成、分泌し、一方C1の下流で活性化しシナプスに働くC4bを発現する細胞はオリゴデンドロサイト、アストロサイトであることがわかった。すなわち、グリア細胞での炎症反応を経て、介在神経が変化し、おそらく活性酸素を介して神経細胞死が誘導されるというシナリオが示された。
このように視床に炎症を誘導したラットでは、REM睡眠時に見られる紡錘波の頻度が低下し、さらに癲癇様のスパイク電位が見られる。睡眠時紡錘波の低下は、記憶の固定化を妨げることから、当然認知機能傷害を誘導することになる。
この研究では、最後にC1qの蓄積を抗体により除去することで、この異常が治療できるか調べている。結果は期待通りで、外傷後に髄腔内に抗体を注射すると、EPSCの回復と、癲癇様スパイクの消失が見られる。
結果は以上で、パンチドランカーの場合は難しいかもしれないが、一過性の脳障害の後おこる視床の慢性炎症については、抗体治療により改善させられる可能性が示された。現在、アルツハイマー病治療を目指し、抗体の脳内移行を高める研究も進んでおり、外傷後の慢性炎症に悩む患者さんを助ける切る札になるのではと期待している。