ガン治療の切り札が、免疫治療にあることがわかってから、ガンの悪性化に関わる要因として、免疫回避に関わる遺伝子群が注目されるようになった。まさに、新型コロナウイルス変異株の出現の重要な要因が、免疫回避だとするのと同じだ。このような免疫回避を助ける遺伝子を特定するために、ガンとキラー細胞を同じシャーレで培養して、キラー細胞に抵抗性を持ったガン細胞のゲノム変化を調べる多くの研究が行われ、MHC分子や、ガン抗原をMHCに提示させる過程に関わる遺伝子など、予想通りの遺伝子が見つかってきている。
今日紹介するハーバード大学からの研究は、これまで主に試験管内で行われてきたガン免疫回避に関わる遺伝子スクリーニングを、正常マウスと免疫不全マウスにガンを移植して比較する実験系で、比較する大規模系を用いて行おうとした研究で、9月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「The adaptive immune system is a major driver of selection for tumor suppressor gene inactivation (獲得免疫システムが、ガン抑制遺伝子を不活化させる主要な原動力になっている)」だ。
専門外の人には、タイトルだけではピンとこないと思うが、ガン研究者には意表を突かれるタイトルだ。ガン抑制遺伝子は、発現するとガンの増殖を抑える働きがあるため、多くのガンでしばしば欠損が見られる遺伝子を指している。従来この作用は、ガンの増殖や転移に直接関わり、免疫系がガン抑制遺伝子欠損を促す選択圧になるとは考えてこなかった。
この研究では、マウス乳ガン細胞株、大腸ガン細胞株の遺伝子をクリスパー遺伝子編集により、ランダムにノックアウトし、これをマウスに移植、そこでよりよく増殖してくる腫瘍に起こっている遺伝子変化を比べ、正常マウス(=すなわち免疫機能が正常なマウス)で特異的にガンの増殖優位性を高める遺伝子を探している。免疫不全マウスでの結果は、免疫とは無関係の遺伝子変化と考えられるので、両者を比べることで、ガン細胞の免疫回避に関わる遺伝子を特定できると期待される。
その結果がタイトルで、驚くことに、欠損することで正常マウスでの増殖優位性が見られる遺伝子の多くが、これまでガンの増殖を抑制するとして知られるガン抑制遺伝子で、もちろん免疫不全マウスでも共通に見られる遺伝子もあるが、正常マウスでの増殖を指標とするとガン抑制遺伝子が、なんと10倍以上濃縮されるという結果だ。
濃縮されたガン抑制遺伝子の性状を分析すると、これまで知られていたガンのネオ抗原発現経路に関わる様々な遺伝子(MHCやβ2ミクログロブリン)などに加えて、1型インターフェロン発現に関わる遺伝子(Jak1など)、E3ユビキチンリガーゼのタンパク質の安定化に関わる遺伝子群(Fbxw7など)、クロマチンの調節に関わる遺伝子(PBAFなど)、そしてTGFβシグナル関連分子(Smad2など)がリストされてくる。
よく見てみると、別にガンだけでなく、免疫機能や、ガンの間質に関わる細胞の生理機能にも大きな作用が知られている分子で、これらをガン抑制遺伝子としてまとめていたことの方が不思議な気がするリストだ。
ほかにもクリスパースクリーニング系を用いて、同じような結果がほかのガンでも共通に得られるのかなど大変な実験を繰り返しているが、割愛する。ただ、ガン増殖抑制といっても、体内では複雑な過程で効果を及ぼすことを示す目的で、多くのガンで共通にリストされてきたGNA13(G蛋白質の一つ)について、ノックアウトしたガン細胞を移植し、ガンの増殖が促進される原因を詳しく調べている。
結果、GNA13が欠損すると、ガンによるCCL2ケモカインの分泌が高まり、このケモカインの作用で、腫瘍周囲に免疫を抑えるマクロファージの浸潤が上がることで、ガンの増殖が高まることを示している。
以上が結果で、ガン抑制遺伝子が免疫系で淘汰されると考えるより、ガン抑制遺伝子もいろいろで、またガンの増殖も体内では様々な調節を否が応でも受けていると考えた方がいいだろう。人騒がせなタイトルだったが、最後はもっともな結論で終わっている。