12月2日 自閉症スペクトラムと腸内細菌叢:原因か結果か?(11月24日号 Cell 掲載論文)
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12月2日 自閉症スペクトラムと腸内細菌叢:原因か結果か?(11月24日号 Cell 掲載論文)

2021年12月2日
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このHPでも自閉症スペクトラム(ASD)の症状に腸内細菌叢が関与していることを示唆する論文を何回も紹介している。もともとASDでは便通異常や食習慣の違いなどが指摘されていることから、ASDと腸内細菌叢に何らかの相関があってもいいとは思うが、例えば今年3月紹介したベーラー大学から発表された論文は、ASD児の便移植により同じ症状がマウスに移せるという驚くべき結果を報告し、細菌叢の変化自体がASD症状の原因であると結論している(https://aasj.jp/news/watch/15247)。

こんな論文を見ると、細菌叢が原因かと考えてしまうが、この現象を生み出したあらゆる可能性を検討し直し、結論が正しいか調べ続けることが科学の責務で、特にASD児への便移植治療が行われていることを考えると(https://aasj.jp/news/watch/10036)、細菌叢の変化が原因か結果か慎重に見極める必要がある。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文は、ASDと細菌叢といった単純な相関ではなく、細菌叢とASDの示す様々な症状データとの相関を突き詰めていくことで、細菌叢がASD症状の原因になっていることを否定した研究で、11月24日号Cellに掲載されている。タイトルは「Autism-related dietary preferences mediate autism-gut microbiome associations(自閉症に関連する食事の好みが自閉症と腸内細菌叢の相関を媒介している)」だ。

ゲノム研究もそうだが、ビッグデータを元に、病気を調べる手法はどうしても結果がばらつく傾向が出る。従って、これまで示されてきたASDと腸内細菌叢との相関は、新しい目で常に再検討していく必要がある。

この研究ではASD99人、その兄弟姉妹51人、そしてASDではない子供について、便の細菌叢を検査するとともに、体重などの身体データ、ゲノムなどのオミックスデータ、様々な行動、生活習慣データを全て集め、細菌叢がASDのどの性質と相関するかについて詳しく検討している。

さらに、細菌叢の検査も、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在するバクテリアの全ゲノム配列を調べるメタゲノム解析を行っている。この論文では、大変なメタゲノム解析データの一部しか利用されていないが(例えば代謝マップなどがわかる)、それでも定量的にもより正確な細菌叢データを用いていると言える。

こうして得られた様々なパラメータ間の相関を比べて、細菌叢とASDとの関わりを追求すると、

  1. 細菌叢の構成と相関を示すのは、正常、ASDを問わず、年齢やBMIだけで、ASD診断は全く相関が見られない。
  2. 個々の細菌種とASDとの相関を調べると、Romboutsia timonensisといくつかの細菌種がリストされるが、これまで報告されているPrevotella, Firmicutesなどは、全く相関が見られない。
  3. メタゲノムから想定される、細菌叢ゲノムの示す様々な機能との相関も全く存在しない。
  4. ASDでは、食事の多様性が強く見られる。この多様性と並行して、細菌叢の多様性が特定できる。すなわち、ASDの子供の中には、肉をあまり食べない、あるいは食が単調になるなどの性質が見られることが多く、このような習慣で細菌叢の多様性が決まる。従って、ASDと弱く相関する細菌叢も、基本的には食習慣や、便通異常の結果と考えられる。

結果は以上で、ASDを単純なグループとして考えてしまうと、行動や食習慣の違いを見落とし、間違った結論に陥る可能性を示唆している。そして、現在進む便移植治療については、より慎重になるよう促している。

外野としては、どちらが正しいのか混乱するが、多くのパラメーターを同時に検討することの重要性はよくわかった。細菌叢と自閉症、原因と結果についての議論はまだまだ続きそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 スマフォでCovid-19感染の予兆をキャッチする(11月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年12月1日
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Covid-19第5波真っ盛りの今年の夏、我が国のデパートで高級腕時計の売り上げが急増したというニュースが流れた。リベンジ消費のはなしだが、時を刻む腕時計に、今も多くの人が特別な価値を認めている証拠だと思う。しかし、私も含めて腕時計に特別な思い入れを持たない人間も多くいる。そんな人間が一端Apple Watchなどスマートウォッチに変えると、おそらく普通の時計は買わなくなると思う。特にスマフォと連動しているので便利だ。

医療の面から見ると、スマートウォッチはウエアラブルセンサーとしての機能を備えており、身体活動は言うに及ばず、心拍数から酸素飽和度まで、多くのパラメーターを持続的に測ることができる。特異的な検査でないので、病気の診断には役立たないと思ってしまうが、持続的に計測する威力は絶大で、以前紹介したように、心拍数、運動、体温、皮膚電位の4種類のデータは、多くの血液検査データと相関させられ、体調変化を知るためのセンサーとして使えることが示されている(https://aasj.jp/news/watch/15916)。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、スマートウォッチのこのような機能を用いてCovid-19感染をキャッチできるか調べた研究で11月29日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Real-time alerting system for COVID-19 and other stress events using wearable data(ウエアラブルデータを用いてCovid-19および他のストレス要因に対するリアルタイムアラートシステム)」だ。

この研究ではApple WatchおよびFitbitのユーザーを対象に、安静時心拍数を基本として、感染などの身体ストレスを検知するアプリケーション、NightSignal(https://github.com/StanfordBioinformatics/wearable-infection)を設計、このデータを対象者が毎日インプットする症状およびCovid-19感染についての情報と相関させ、スマートウォッチによりCovid-19感染がどこまでキャッチできるか調べている。

対象者は3318人で、そのうち84人がCovid-19陽性と診断され、18人は全く症状が見られなかった。さて結果だが、「こんな簡単な指標だけでよくまあ!!」と驚く結果で、なんと症状のでたCovid-19の80%でアラートがでており、無症状者18人のうち14人も、確定診断前後にはっきりとアラートが出ていたことがわかった。

ではいつアラートが出たのかを調べていくと、症状が出た場合は、平均で発症の3日前にアラートが始まっている。もちろん最もアラートが多く出た時期は、発症の日と一致している。一方、無症状者ではほとんどがPCRテストより前にアラートが出ており、診断以後にはアラートがほとんど出ない。

重要なメッセージは以上で、他にも症状の進行や、ワクチンとの相関も調べているが、省いていいだろう。要するに、身体的ストレスは、自覚症状がない場合も捉えることができ、特に感染症でその威力を発揮することが示された。

もちろん、現在のようなCovid-19が流行している段階を除くと、どの感染症にかかっているのかも知りたくなるだろう。この研究でも始めているが、特徴的な症状をインプットすることで、感染症の種類を大まかに診断できるようになると思う。

さらに最近紹介したようにCRISPRを用いて、結果をスマフォで検出するCovid-19検査まで開発されている(https://aasj.jp/news/watch/14464)。すなわち、オンライン診療などと議論している我が国の遙か先を、技術は可能にしつつあると言える。

このような論文に対して、おそらく正確でないとか、心配させるだけだとか、様々な批判が出ると思う。しかし、同じことはcovid-19パンデミックの初期にも多く見られた。今でこそPCRは日常化し、マスクは国民の習慣になったが、最初の頃は、PCRは混乱を招くだけという専門家の批判は多かったし、マスクに至っては、厳密な基準を適用して、意味がないとまで言う人たちまでいた。

しかし、病原体の確定診断なしに医療はないことは当然だし、マスクで一滴でも飛沫が吸収されるのなら、できることは何でもやるという姿勢が重要だと思っている。その意味で、身体に対するストレスが感染アラートとして使えるなら、一人でも早期に気づくという意味で使った方がいい。

カテゴリ:論文ウォッチ