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4月8日 PM2.5と肺ガン:疫学から動物実験までカバーする総合的研究(4月6日 Nature オンライン掲載論)

2023年4月8日
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私が研究を始めた頃はまだゲノム解読ができないため、発癌研究というと、疫学か、発ガン物質の動物への投与実験が中心だったと思う。遡ればこのルーツが山極勝三郎のコールタールの塗布による人口発ガン実験と言えるだろう。煙突掃除の皮膚ガン発生という疫学データを手がかりに、ウサギの耳にガンを誘導することに成功した。

今日紹介する英国フランシス・クリック研究所を中心とする129施設が共同で発表した論文は、大気中のPM2.5による発ガンのメカニズムを、疫学、ゲノム、動物実験を組み合わせて解明した、総合的医学研究のお手本になる研究で、4月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lung adenocarcinoma promotion by air pollutants(大気汚染による肺腺ガン促進機構)」だ。

肺ガンというとすぐタバコが原因にされてしまうが、疫学的には全くタバコを吸ったことのない人にも肺ガンは起こるし、またガンゲノムを詳しく解析すると、喫煙者のガンの1−2割は、タバコ以外の原因によるゲノム変異がおこっている。

タバコ以外の原因として問題になるのが大気汚染、特に現代社会ではPM2.5として知られる空気中の微粒子だ。この研究では英国、韓国、台湾などさまざまな疫学データから、間違いなくPM2.5が肺ガンのリスクを上昇させていることを確認した後、PM2.5を吸入させる発ガン実験に進んでいる。

山極勝三郎の時代と異なり、現代はゲノム変異を人為的に誘導して発ガンを早め、発ガン因子のゲノムへの影響と、それ以外の効果を区別することができる。非喫煙者の肺ガンの多くは腺ガンで、EGF受容体分子の変異を持っている。そこで、発ガン遺伝子セットを人為的に誘導する実験系にPM2.5を組み合わせると、発ガンを明らかに促進することが明らかになった。

この実験系でPM2.5が発ガンを促進させるメカニズムを探ると、直接ゲノムに働いて変異を誘導する可能性や、ガン免疫を抑制してガンを促進する可能性はほとんどないことを確認している。

では何が起こっているのか?これを調べるために、PM2.5に暴露された肺胞上皮細胞、マクロファージの遺伝子発現を調べると、発ガン遺伝子の発現とは関わりなく、マクロファージでIL-1βを中心に炎症性サイトカインの発現が高まり、肺胞上皮が未分化型に変化していることがわかった。すなわち、マクロファージに取り込まれたPM2.5が炎症を誘導し、この炎症性サイトカインが肺胞上皮を未分化細胞へとリプログラムすることで増殖が高まりガンが促進される可能性が考えられる。

この可能性を証明するため、発ガン遺伝子を発現させたマウスにPM2.5暴露した時におこる発ガン促進実験にIL-1β抗体を加える実験を行い、マクロファージからのIL-1β活性を抑えるだけで発ガン促進を完全に抑えることができることを示している。

最後にこのシナリオをもう一度疫学的に確認している。まず、非喫煙者の肺ガンの主流である腺ガンのEGF受容体変異が、ガンとは関わりなく5万回に1回程度の確率で起こっていること、そしてこの変異がPM2.5への暴露を反映する肺胞への炭粉沈着と相関することを明らかにし、炎症により肺胞細胞が未熟化して増殖が高まることがEGF受容体変異を誘導していることを明らかにしている。

以上が結果で、疫学からゲノム解析、そして動物実験まで、読んでいて圧倒される研究だと実感する。大気汚染と肺ガンは長年の問題だが、炎症と発ガンの問題として新しく提示された。

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