アルツハイマー病(AD)で神経死の直接原因となるのが、微小管結合分子Tauの繊維状沈殿で、やっかいなことに異常Tau沈殿線維は神経から神経へと伝搬し、病気を拡大させる。この過程に、Tauのリン酸化と、それによる微小管結合の変化があることがわかっており、この結果微小管から離れたリン酸化Tauが細胞質で増えると沈殿が始まる。従って、Tauのリン酸化を抑えるか、あるいは脱リン酸化を促進することが治療につながるが、簡単ではない。
今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、直接リン酸化酵素や、脱リン酸化酵素を標的にするのではなく、脱リン酸化酵素とTauとの結合を高め、さらにはオートファジーを抑制する機能を持つペプチダーゼ(prolyl oligopeptidase)を阻害して、Tauのリン酸化のみならず、オートファジーを活性化して沈殿Tauの除去を高める一石二鳥の治療法が可能であることを示した研究で、4月12日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A prolyl oligopeptidase inhibitor reduces tau pathology in cellular models and in mice with tauopathy(Prolyl-oligopeptidase阻害剤は細胞とマウスのTau異常症の病理を軽減する)」だ。
Prolyl-oligopeptidase(PP)がTauの凝集を高める活性を持つことに注目し、まず試験管内の実験系で、PPが確かにTauの凝集を促進させ、これをPP阻害剤が抑えることを確認した上で、異常Tauを発現した細胞を用いて、PP阻害剤のTau異常症への効果を確かめる実験を行い、
- PP阻害剤がPP2Aの活性を高め、リン酸化Tauを減らし、Tauの凝集を阻害すること。
- 同時にオートファジーによる沈殿Tau分解も促進されること。一方、プロテアゾームによる分解には影響がないこと。
- その結果、細胞死が抑制されること。
を明らかにしている。
次に、変異Tau遺伝子を持つ実際の患者さん由来のiPSから誘導した神経細胞でPP阻害剤の効果を調べ、変異場所によっては効果に差が見られる者の、患者さんの神経細胞でもリン酸化Tauを低下させること、またオートファジーを誘導できることを確認している。
後は、変異Tauトランスジェニックマウスを用いた治療実験を行い、症状が現れた時に1ヶ月PP阻害剤を投与すると、
- 様々な記憶テストが改善すること、
- 運動機能異常が改善すること、
- 海馬のリン酸化Tauの量が低下すること、
- 脳内の不溶性Tauの上昇を抑えられること、
を示している。
以上が結果で、割愛したがPP作用の生化学的機序などもしっかり調べており、副作用や臨床にも使える阻害剤などの開発が進めば、ADをはじめ様々なTau異常症の治療に使えるのではと期待している。