タスマニアデビルの顔に発生するガン(DFT)についてはこれまで4回も紹介してきた。これまで注目してきた理由は、DFTが個体から個体へと感染する致死的なガンという驚くべき性質を持っているからだ。これまで、細胞レベルで感染できるがんについてはいくつか報告されているが、現在もなお感染が進行中で、研究が進んでいるケースはDFTだけだ。さらに、最初1996年にDFT1が発見されたあと、2014年には独立して新しい地域にDFT2が発見されている。
通常のガンももちろん進化を繰り返すが、個体の死亡によってその進化は一回限りで終わるが、DFTは個体から個体へと感染するため、進化が終わらない。どこまでガンがホストの環境に適応し、どのような形質変化が起こるのか、そしてどこかで進化が止まることがあるのかなど、通常では難しい研究が可能になっている。
今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、DFT1、DFT2それぞれ78種、41種を集めて全ゲノム解析を行いDFTの発生や進化について詳しく解析した研究で、4月21日号 Science に掲載された。タイトルは「The evolution of two transmissible cancers in Tasmanian devils(タスマニアデビルに発生した2種類の感染性ガンの進化)」だ。
実験としては、独立したガンのゲノムを解読し、それぞれの関係を調べた研究なので、最終的に明らかになった結果について箇条書きでまとめおいた。
- DFT1とDFT2は全く独立したガンで、ガンの変異タイプから、人為的要因(たとえば環境汚染など)や気候要因などは考えにくいので、自然発生したものと考えられる。とすると、同じようなガンは、タスマニアデビルの進化過程で何回も発生し、タスマニアデビルはそれを乗り越えてきたと考えられる。
- ゲノムの系統樹から、DFT1が発生したのは1986年と推定されるが、発見されるまでに10年を要している。一方、DFT2の発生は2011年ごろと推定され、発見まで3年を要している。DFT2の方は発見が早いので、悪性化と感染性の関係を結論できないが、DFT1について、その地域でのガンの報告が全くなかったことから、まず感染性のガンとして始まり、その後ホストに適応する過程でガン化したと考えられる。
- これまでDFTの発生に関わるガンのドライバーについては決定的な結論はない。この研究では、おそらくゲノム上の大きな変化によりDFT1では転写因子LZTR1、DFT2では増殖因子受容体PDGFRαのコピー数が変化して感染性と増殖優位性が発生したと考えている。
- それぞれのガンでは、多くのタイプの変異が蓄積し続けており、またホストに適応して変異が選択されていることがわかる。この過程で、よく知られた様々なガンのドライバーの変異が進み、ガンがさらに悪性に変化していることがわかる。現在まで、DFT1、2とも変異数は上昇し続けており、進化の果てがあるのかについてはわからない。
- 進化の過程で、DFT2はDFT1より増殖速度が速くなっており、この結果DFT2は新しく発生したにもかかわらず、あらゆるタイプの変異数が多い。ただ、増殖速度の変化だけでこれが起こったわけではなく、修復異常やトランスポゾン活性化などは、DFT2で見られている。今後もDFT1、DFT2の違いが維持されるのかどうか興味深い。
- 一頭の個体から分離したDFTのかなりの割合で、2種類以上のクローンが特定できることから、複数のクローンが共存して感染するケースは多い。
以上が主な結果だが、タスマニアデビルでDFTが稀なイベントが起こったのではなく、今後も新しいDFTの発生が考えられるということと、30年近く経っても進化の果てには到達できていないことが最も重要な結論になる。
カテゴリ:論文ウォッチ