染色体が不安定になると、特に転写活性が高い遺伝子部分が染色体外にも移行して、勝手に増幅を始めることが知られている。このような染色体外DNA(ecDNA)に間違ってガン遺伝子が含まれてしまうと、染色体内での変異を超える高いガン遺伝子活性が発生することが容易に想像される。実際、Mycなど遺伝子コピー数の増幅している遺伝子の場合ecDNAとして存在していることも知られている。
今日紹介するケンブリッジ大学やスタンフォード大学などいくつもの施設が共同で発表した論文は、食道ガンをモデルに、前ガン状態からガンへと発展する過程でecDNAが寄与しているかどうかを調べた研究で、4月12日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Extrachromosomal DNA in the cancerous transformation of Barrett’s oesophagus(バレット食道からガンへの形質転換での染色体外DNA)」だ。
バレット食道は、食道の扁平上皮が胃の上皮へと転換することで起こる病態で、食道ガンの下地を作ると考えられている。そして、食道ガンといっても、ここから発生するガンは扁平上皮ガンではなく、腺ガンになる。その意味でバレット食道患者さんは、前ガン状態からガンの発生まで、追跡するための重要なグループで、現在経過を追跡するコホートが世界中でいくつも走っている。
この研究では、英国、及び米国で進んでいる2つのコホートを対象に、バレットから食道腺ガンまでのバイオプシーや切除標本の全ゲノム解析データから、コピー数が上昇している部位を特定し、そこからecDNAを特定している。
バレット食道は組織学的に異形成が少ないバレットと、異形成が進んだバレットに分けることが出来るが、どちらでもecDNAは全く見つかっていない。しかし、食道腺ガンになると、初期でも25%でecDNAが認められ、ステージが進むとその比率は半分にまで高まる。すなわち、ecDNAがバレットと食道腺ガンを分ける指標になる。
これを裏付けるように、ecDNAの出現はp53の変異と密接に関わっており、p53異常により染色体の不安定性が増すことでecDNA発生が起こることを示している。
後は、バイオプシーで経過観察中に食道腺ガンが発生したケースについて、ecDNAを詳しく調べることで、ガンと診断される以前にもecDNAが発生することがあり、この場合新たなecDNAが発生しない場合は異形成でとどまっているが、新しいecDNAが発生した細胞がガン化するという経過も観察している。すなわち、p53変異、ecDNA発生と多様化、ガン促進性ecDNAによる強い細胞増殖、そしてガン化という過程がバレット食道から起こりうることを明らかにしている。
実際、ecDNAには様々な発ガン遺伝子が含まれる確率が高く、またガンの進展とともに、特定のecDNAが優勢になっていくことから、ガンの進化にecDNAが強く関わっていることが確認できる。
以上が主な結果で、バレット食道も、多くは発ガンに至ることは少ないものの、p53など染色体が不安定になる変異が重なると、ecDNAの発生がおこり、これが細胞の増殖優位性につながり発ガンまで至るケースがあることがよくわかった。ecDNAは染色体から離れているため自由度が増しており、これが食道腺ガンが治りにくい原因かも知れない。