筋ジストロフィーなど,筋肉に遺伝子を導入すれば治癒が可能な病気は多い。ただ、筋肉は体中に分布しており、それらの全てに遺伝子を導入することはそう簡単ではない。たしかに、アデノ随伴ウイルス(AAV)のように筋肉に効率に遺伝子を導入できるベクターは存在するが、筋肉特異的ではないのと、筋肉全体に導入すべくシステミックに遺伝子を注射すると、ウイルス中和抗体が出来て、繰り返し投与が出来なくなる。
これを克服すべく2021年、ハーバード大学でインテグリンを標的にするペプチドを表面に発現するMyoAAVと名付けられたAAVベクターが開発され、静脈注射でかなり筋肉特異的遺伝子導入が可能になった。そして、これを静注することで、全身の筋肉に遺伝子が導入できることも示された。
今日紹介するシンシナティ小児病院からの論文は、AAVではなく、導入遺伝子がホストゲノムに統合されるレンチウイルスを筋肉特異的に導入するベクターの開発で、4月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Enveloped viruses pseudotyped with mammalian myogenic cell fusogens target skeletal muscle for gene delivery(哺乳動物の筋肉融合分子を発現したエンベロップ型ウイルスによる遺伝子導入)」だ。
この研究ではコロナウイルスのようにエンべロップを持つウイルスVSVに注目し、筋肉発生時に筋肉同士が融合する過程を調節するMyomakerとMyomergerの2種類の分子を発現しつつ、VSV自身の細胞融合分子を欠損したVSV粒子を合成するパッケージャー細胞をまず作成し、この細胞にレンチウイルスベクターを感染させ、このウイルスがVSVエンべロップにパッケージできるシステムを開発している。
正直、ハーバード大学の論文と比べると、パッケージ法が複雑で、どうしても遺伝子導入効率は低い印象がある。さらに、Myomaker+Myomergerは特異性は抜群だが、筋肉が融合する段階でしか遺伝子導入が出来ない。そのため、筋肉に負荷をかけて肥大を誘導するとか、筋肉を傷害する必要がある。
しかし、レンチウイルスを用いているので、一度導入されると一生遺伝子発現が維持される。さらに、一部の筋肉幹細胞もこのウイルスで遺伝子導入が可能で、この結果、この幹細胞に由来する筋肉細胞は全て遺伝子が導入されることになり、筋ジストロフィーの場合、正常細胞が時間とともに増加することを期待できる。
実際、生後2週間の筋ジストロフィーモデルマウスに2週おきにディストロフィン遺伝子導入をすると、全身の筋肉で2−4割の筋肉にディストロフィンが発現し、機能的にも大きな改善を示すことが示された。
以上が結果で、導入効率という点ではMyoAAVに後れをとっているのと、最終的に問題になる心臓には全く導入できない点で問題がある。ただ、エンベロップ型ウイルスを細胞特異的ベクターとして使えることが示されたことで、今後はより効率の高い方法の開発、あるいは人工エンベロップなど様々な方向への発展が期待できる。おそらくワクチンと一緒で、いくつかの方法を組みあわせて患者さんの根治を目指すことになる気がする。