アルツハイマー病(AD)治療としてアミロイドβに対する抗体治療が認可されたが、もう一つの重要課題は、Tauの凝集と伝搬を標的にする治療薬の開発だ。最近紹介したように、Tau凝集に至るメカニズムを解析して、それに関わる分子標的を見つけ出し、薬剤を開発する方向の研究が、これを達成するための王道のように思えるが、最もストレートなのはTauの発現量を抑えてしまって、凝集を抑えるという戦略だ。
驚くことに今日紹介する英国 College of London からの論文は、この方法によるAD治療の第1相臨床治験についての報告で4月24日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Tau-targeting antisense oligonucleotide MAPT Rx in mild Alzheimer’s disease: a phase 1b, randomized, placebo-controlled trial(Tauを標的にしたアンチセンス核酸治療MAPTRxを用いた軽度アルツハイマー病患者さんの治療:第1相無作為化偽薬治験)」だ。
MAPTRxはベンチャーファーマIONISにより開発されたTau遺伝子に対するアンチセンス核酸で、細胞内でTauのmRNAを破壊し、タンパク質翻訳を低下させる。すでに髄腔内投与により、Tau異常マウスの寿命を延ばせることが明らかになっており、これで前臨床はクリアされたとして、今回第1相治験に進んでいる。
患者さんはさまざまな量のアンチセンスRNAあるいはプラシーボを脊髄腔内へ注射で投与している。髄腔投与という困難な治験なのに、プラシーボ群を設定し完全を期しているのは、意気込みを感じる。髄腔への投与回数は、4週間に1回(総数4回)、あるいは12週間に1回(総数2回)で、その後35周まで経過を観察している。脊髄腔内注射は、それだけでも頭痛などさまざまな副作用を伴うので、この第1相治験ではテスト群で95%、プラシーボ群で75%の軽度から中程度の副作用が認められる。しかし、重症の副作用は13週間にわたって認められなかったので、第1相で安全性は確保できたと結論している。
この治験の目的の一つは、髄液中や血液に注入した核酸が検出できるかどうかだが、注入量に比例して、2−4時間をピークとして注入核酸を検出することができる。
そして、最も知りたいMAPTRx投与で髄液内のTauが低下するかどうかだが、60mg投与群でTauの髄液濃度が60%以上低下する。また、凝集するリン酸化Tauも半分近くにまで低下させられる。
以上が結果で、髄液中のTauが低下したとしても、Tauの蓄積を抑制できたのかはこの治験ではわからない。ただ、動物実験から考えて、ある程度期待できると考えているようだ。しかし、35週まで観察して、認知機能については、おそらくある程度のデータはあると思うが、全く記載していない。おそらく認知症上の軽い患者さんを選んでいるからで、判断にはさらに時間がかかるのだと思う。それでも、Tauのレベルが期待以上に減少していることを考えると、Tauの翻訳を止めるという最も単純な発想の治験がうまくいったことになる。
脊髄腔注射を繰り返すことは患者さんの負担になるのと、ADでは治療を一生続ける必要があることを考えると、おそらく新しい髄腔内長期投与の方法開発が次の重要な課題になるように思う。