動物のゲノムを世界中の研究者が協力して研究することで、動物の進化、そして最終的には人間を作る条件を明らかにしようとするZoonomiaプロジェクトが進んでいる。今週号の Science はこのプロジェクトに関わる研究論文を特集として掲載していた。
その中で私の目を最も引いたのがMITとエール大学から共同で発表されていた、ヒトだけで欠損しているゲノム変化を特定し、それが人間の進化にどう関わるか調べた壮大な研究で、4月28日号 Science に掲載された。タイトルは「The functional and evolutionary impacts of human-specific deletions in conserved elements(ゲノム保存領域内のヒト特異的欠損の機能的進化的インパクト)」だ。
これまでさまざまな動物と比較することでヒト特異的ゲノム変化を探る論文のほとんどは、サルには存在せず、人への進化で初めて現れたゲノム変化を追跡してきた。しかし、失うことで新しい性質が得られることも当然考えられるので、ヒト特異的欠損も存在するはずだが、解析が難しいのかあまり追求されてこなかった。
今日紹介する論文は、Zoonomiaゲノムデータをフルに活用して、ゲノム内のほとんどの動物で保存されている領域の中で、ヒトだけに見られる欠損をまず特定している。その結果、1ベース欠損から10ベース以上の欠損まで、なんと1万を超える欠損箇所が見つかった。ほとんどの欠損はエクソン間や遺伝子と遺伝子の間の領域で見られる変異で、その半分は1ベース欠損なので、よく見つけるものだと、そのインフォーマティックスに感心する。
次にこの変異の機能を調べるためさまざまなインフォーマティックスの手法を用い、
- 知能障害、統合失調症、うつ病などGWASにより特定される脳疾患の1分子多型と重なる欠損が見つかる。
- 欠損は、遺伝子調節領域に多く、支配される遺伝子の発現は脳に高い。
これらはインフォーマティックスを用いて明らかにできることで、転写活性の変化や、組織特異性については実際の細胞や個体で調べる必要がある。
ここではチンパンジーゲノム領域と、それに対応するヒト特異的欠損を持った領域DNAを何百箇所について合成し、合成されたすべてのライブラリーを異なる組織を代表する細胞株に導入、それぞれの領域により転写されたRNA量を測定することで、ヒトへと分化した時の転写活性の変化をを調べている(これほど大掛かりな実験が可能になっているのを見ていると、時代が変わったことを実感するが、この結果多くの領域の転写活性をチンパンジーと人で比べることができた。
結果だが、多くの変異は転写活性分子との結合を高めたり、あるいはリプレッサー分子の結合を抑えることで、ネットとしては転写が上昇する方向に変化させることを示している。このあとは、それぞれの領域の変化による形質変化を調べることになるのだろうが、この研究では入口として、2種類の遺伝子で、確実に転写活性がヒト型変異で変化する事を示すのに費やしている。
まず脳の発生にも関わる脱リン酸化酵素PPP2CA遺伝子調節領域の6bp欠損が、クロマチン構造を変化させ、レポーター遺伝子の転写を高める事を確認している。
次に、細胞外マトリックスの発現を調節するLOXL2を取り上げ、ヒトだけに見られる1bp欠損により、リプレッサー結合が阻害され、発現が高まることで、下流のミエリン化に関わる分子が活性化し、神経伝導が高まる可能性を示唆している。
以上が結果で、簡単に紹介するのが申し訳ないほどの力作だが、この変異が実際の形質をどう変化させるのかについては今後の研究を待つ必要がある。いずれにせよ、ここまで整理がつくと、関係する分子を研究している人たちの道標になる事間違いない。失う事で得られるものの探索はロマンチックだ。