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5月25日 活性酸素の制御機構を探る(5月15日 Cell オンライン掲載論文)

2023年5月25日
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モリエールの戯曲「病は気から」は、シャルパンティエによりオペラにもなっている。この戯曲に詰め込まれた不勉強な医師に対する風刺をオペラで表現できるのか聞いてみたいと思うが、まず上演機会はなさそうだ。モリエールの医師に対する風刺の極め付けが、口頭試問で「なぜアヘンは睡眠を誘導するのか」と聞かれた学生が「睡眠物質を含んでいるからです」と答えて一同納得するシーンだろう。考えてみると、現代に生きる私たちも、適当な言葉に置き換えてわかった気になっていることが多い。

その例が活性酸素だろう。活性酸素や酸化ストレスというと、細胞障害性の要因として一般の方にもよく認知されている。私自身も活性酸素と聞くと、核酸からタンパク質まで様々な変化が起こると想像し、この結果鉄依存性フェロプトーシスに至るなと考えるが、よく考えると内容より名前に置き換えて理解しているだけだと反省する。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、活性酸素によりタンパク質が受ける変化を網羅的に調べ、その中から活性酸素の量を検出して生産を調節する仕組みを明らかにした研究で、名前に置き換えて理解してきた私はこの論文を読んでモリエールの戯曲を思い出し反省した。タイトルは「Systematic identification of anticancer drug targets reveals a nucleus-to-mitochondria ROS-sensing pathway(抗ガン剤の標的の網羅的特定により、核からミトコンドリアへとつながる活性酸素検出経路が明らかになった)」だ。

この研究では活性酸素が上昇することが知られている抗ガン剤によりおこるタンパク質の変化を、活性酸素により活性化されるアミノ酸システインの変化に注目して調べることで、活性酸素により変化する可能性があるタンパク質のリストを作成している。

もちろんシステインの変化だけでは、様々な要因で起こるので、還元剤処理により戻る変化、またタンパク質を直接過酸化水素に曝した時の起こる変化などをあわせて、最終的に微小管安定化に関わる抗ガン剤auranofinによる核内タンパク質の変化が、同じタンパク質を直接過酸化水素水に曝した時の変化とほぼ一致すること、を明らかにする。すなわち、auranofinは核内の活性酸素を上昇させ、それ自身が抗ガン作用の一翼を担っていることを明らかにする。

次に、auranofin処理によりシステインが変化する分子の中から、DNA損傷に反応するキナーゼCHK1分子が、過酸化水素によって活性化されることに注目し、この分子に絞って研究を進めている。

すなわち、活性酸素による活性化されるということは、活性酸素の核内センサーとして働いている可能性がある。しかも、DNA損傷に反応する細胞周期チェックポイント分子であることから、この分子により細胞内活性酸素のレベルが調節されている可能性がある。実際、CHK1活性を阻害すると、細胞内の活性酸素は上昇を続けることから、この分子がセンサー及び調節因子として働いている可能性が裏付けられた。

そこで、CHK1の標的分子を、CRISPRで網羅的に特定したauranofin抵抗性を付与する分子の中から探すと、ミトコンドリアの翻訳に関わる分子SSBP1が特定された。

長い話を短くして結論だけ紹介すると、活性酸素レベルで活性化されるCHK1はSSBP1のセリン67をリン酸化し、これによりSSBP1のミトコンドリアへの移動と、翻訳への関与が阻害され、その結果ミトコンドリアの呼吸チェーン分子の翻訳が低下することで、活性酸素のレベルを低下させることを明らかにしている。

以上が結果で、同じようなサーキットが、活性酸素により変化した多くのタンパク質でも個別に存在することを示唆している。もちろん重要度では、直接活性酸素生産のフィードバックループを形成できるCHK1/SSBP1が高いが、活性酸素という名前で隠された詳細の解明がいかに重要か、モリエールを思い出しながら反省した。

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