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5月24日 Tau異常症の効果を抑える突然変異(5月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年5月24日
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アルツハイマー病(AD)がβアミロイド(Aβ)の蓄積により引き金が引かれることについては、AβやAβの切断に関わる遺伝的変異による家族性ADの存在から明らかだが、アミロイド蓄積だけでは神経変性にまで至らないことが、Aβ切断に関わるPresenilin遺伝子変異を持ち、Aβが脳内に蓄積していても、APOE3の特別な変異が加わるとTau異常症が抑えられている患者さんの発見でわかっている。

このAPOE3変異がなぜAβ蓄積からTau異常症を防ぐかについては以前紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/11677)変異によりAPOEとプロテオグリカンとの結合が低下、その結果APOE受容体のシグナルに何らかの変化が起こる結果ではないかと考えられていた。

今日紹介するハンブルグ大学とハーバード大学が共同で発表した論文は、Aβの変異を持ち、さらにTau異常症が進んでいるにもかかわらず、神経変性が抑えられる突然変異とその機能にいて調べた研究で、5月15日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Resilience to autosomal dominant Alzheimer’s disease in a Reelin-COLBOS heterozygous man(Reelin遺伝子のヘテロ変異を持つ男性は遺伝的アルツハイマー病に対する抵抗性を持つ)」だ。

タイトルにあるReelinと呼ばれる分子は、大脳の神経移動により、美しい層構造が形成されるために必須の分子で、この分子のシグナルにAPOE受容体やLDL受容体が関わることがわかっている。

この研究では、家族性ADの原因になるPresenilin遺伝子変異を有しているにもかかわらず、ADの発症が遅れている男性の患者さんのゲノムを調べた結果、Reelin遺伝子の変異を特定したことに始まる。

AβとTau異常症の関係が切断されるAPOE3変異の患者さんと異なり、この患者さんではAβ変異だけでなく、Tau異常症が進んでいるにもかかわらず、神経変性が抑えられている。

この患者さんが亡くなられてから行われた解剖での脳所見を、APOE3変異を持つ患者さんの解剖所見と比べると、リン酸化Tauの発現が脳の広い範囲で進んでいることも確認している。

ReelinもAPOEもAPOE受容体と結合するので、同じシグナルに収束するかと一見思えるが、異なる病理変化が起こっていることは、極めて面白い。そこでこのReelin変異を生化学的に検討するとともに、同じ遺伝子変異を導入したマウスを作成し、このマウスとTau異常症マウスを掛け合わせ、変異Reelin遺伝子の効果を調べている。

まず生化学的には、変異Reelinは細胞膜のglycosaminoglucan(GAG)との結合が高まっており、その結果Reelinと結合するAPOE受容体とLDL受容体の下流で働くDAB1のリン酸化が高まっている。おそらく、細胞膜にReelinが結合しやすくなることで、Reelinのシグナルが高まる変異であることがわかる。

この変異を導入すると、マウスは正常に生まれてくるが、オスでは神経細胞のDAB1リン酸化が上昇しており、小脳の神経細胞数が上昇している。

次に、この変異をTau異常症変異と掛け合わせると、患者さんでははっきりしなかったTauリン酸化の抑制も見られることが明らかになった。また、Tau異常症による症状も改善することがわかった。

結果は以上で、患者さんではTau異常症の進行も見られてはいるが、変異Reelinは受容体のシグナルを高める結果、Tauリン酸化と共に神経死を抑制できるという結果が示された。とするとAPOE3変異も同じ土俵で説明できる可能性がある。

このように1人の患者さんの結果から、ADに対する全く新しい治療標的の可能性が示された重要な研究だ。

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