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5月9日 ネアンデルタール人の歯垢内の細菌ゲノムを復元できるか(5月4日 Science オンライン掲載論文)

2023年5月9日
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ヒトの組織には当然様々な細菌が存在しており、解析された古代ゲノムの中には細菌叢由来ゲノムも混在している。これを利用して、たとえば5000年前のペスト菌のゲノムを調べ、中世のペスト菌と毒性を比べる研究をこのHPでも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/4277)。面白いところでは、現在のチューインガムのように噛んでいた白樺の皮に付着していた5700年前の口内細菌を特定し、虫歯菌は存在しないが、歯周病菌は現在と同じように存在することを示した研究も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/14280)。虫歯菌がいないことから、甘いものをほとんど食べなかったことは推察できるが、このように細菌叢の再構成は当時の生活状態を知るための欠かせないデータになる。

今日紹介するドイツ・イエナにあるライプニッツ研究所からの論文は、なんとネアンデルタール人の歯石から細菌ゲノムに存在する分子合成経路を再構成し、当時の細菌の合成していた分子を特定しようとしたチャレンジングな研究で、5月4日 Science にオンライン掲載された。タイトルは「Natural products from reconstructed bacterial genomes of the Middle and Upper Paleolithic(旧石器時代から中石器時代のゲノムから再構成したバテリア自然合成分子だ。

おそらくこの研究の本当の目的は、旧石器時代や中石器時代といった10万年以上まえの人間や動物と一緒に存在していた細菌ゲノムをどこまで詳しく特定できるかについて明らかにすることだったと思う。おそらく、口内細菌でも、腸内細菌でもどちらでも良かったのだと思うが、確実に古代の人間と存在している事が確実な点から、dental calculus=歯石を選んでいる。

問題は、この歯石から得られるDNAの中から古代人とともに生息していたバクテリアゲノムをどれだけ再構成出来るかだ。実際は、10万年も経っている顎骨から取り出した歯石のDNAは、変性の仕方から人間と同じ時期のゲノムである事が確実なものを選び出すと、30bp程度にズタズタに切断されており、ここから配列の重なりを見つけ出して、コードしている機能的遺伝子を特定するのは、大変な仕事だ。この時、現存細菌のゲノムをレファレンスに使ってしまうと、間違った方に誘導される心配があるので、レファレンスなしで配列を繋いでいく必要がある。私にはその難しさは想像できるが、使われたアプリケーションなど情報処理方法については全くフォローできていないので、本当の苦労はわからない。

いずれにせよ、大変な作業の末に、1kb以上の配列ストレッチを30-50万種類も再構成し、その中で10KBのストレッチが再構成できたのは8千から2万種類にも達している。また、再構成できたゲノムの7割は、現在の口内細菌のものと相同性があることから、歯石細菌は、死後に歯石に付着したのではないことも確認している。とはいえ、細菌叢研究という観点からは、あまりにも読めたゲノムが少ないので、一般的な口内細菌叢の研究を行うところまでには到底いかない。

そこでこの中からかなり完全なゲノム再構成が可能だった緑色硫黄細菌に絞って、得られたゲノムからその物質代謝経路を特定できるかに課題を切り替えて研究を進めている。緑色硫黄細菌は、現在ではまず口内常在菌ではない。したがって、本当にこの菌が10万年前のネアンデルタール人の口内に存在したかどうか難しい問題だが、すでに述べたように、歯石由来の場合口内細菌である確率が高いことから、10万年前のネアンデルタール人では、この細菌が口内に存在していたと考えられる。

次に。古代の緑色硫黄細菌と現在のところ同じ系統最近との比較を行い、決める事ができた配列から10万年前の緑色硫黄菌と、現在の緑色硫黄細菌は同じ系統に属するが、古代菌として多様性の低い、独自のグループを形成しており、当然これまで全く発見されてはいない細菌種であることを確認している。

次に再構成した古代細菌ゲノムの遺伝子の機能を実験的に確かめられるか、ブチルアセトン合成経路について検討し、現存の菌で見られるのと同じ3種類の核となる分子を挟んで全体で7つの遺伝子セットからなる合成経路の存在が古代菌にも存在することを確認している。これらの遺伝子は、地理的にも全く離れた古代人から分離されていても、遺伝子配列はほぼかんぜんに保存されており、機能的重要性を示している。

最後に、この3つの遺伝子を緑膿菌に導入し、これによりブチルアセトン合成が起こる事を確認している。

以上が結果で、現在の口内細菌の中には存在しないとはいえ、一種類の緑色硫黄細菌のゲノムを50%以上再構成し、またその中の一つの分子合成経路を現代細菌の中で再現できた事が素晴らしい。この研究が行われたイエナはライプチヒからも近く、最近はゲノム考古学によく顔を出すようになってきた。このようにライプチヒだけでなく旧東独地区が新しい科学の中心として進展していることは、ドイツに留学し、東西統合という歴史的事業を目にした私には感慨が深い。

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