長い時間の飛行を要する宇宙探査を最小限の資源で可能にするため乗組員を冬眠させるという話は、私が子供の頃からSFの定番だった。この可能性が現実味を帯びてきたのは、理研の砂川さんと筑波大学の桜井さんたちによる、刺激により安全な冬眠を誘導できる視床下部の神経サーキットの発見だろう。
ただこの研究も含め、このサーキットを刺激するためには、遺伝子改変などが必要で、簡単に冬眠を誘導するというわけには行かなかった。ところが今日紹介するワシントン大学からの論文は、頭蓋の外から超音波を下垂体に照射するだけで冬眠を誘導できることを示した研究で、5月25日 Nature Metabolism にオンライン掲載された。タイトルは「Induction of a torpor-like hypothermic and hypometabolic state in rodents by ultrasound(齧歯類に超音波を照射して低体温と低代謝の冬眠様状態を誘導する)」だ。
超音波に反応するメカノチャンネルの存在が知られており、発現している神経細胞を超音波パルスで刺激することができる。この研究では、これまで冬眠誘導で知られている神経を超音波で刺激できるかやってみたところ、照射後1時間をピークとする深部体温の低下、酸素消費量の低下、呼吸数の低下、そして熱を発散させるための尾部への血管の拡張を観察している。
さらに、超音波照射を深部体温のセンサーと連結して、必要に応じて短い超音波パルスを与えることで、完全に24時間続く冬眠を誘導し、また冬眠からの覚醒も正常に起こることを明らかにしている。すなわち、外部からの超音波照射で自由に冬眠状態を誘導し、また覚醒させることに成功した。
次は、これまで冬眠誘導ができるとして特定されていた神経細胞が刺激されているのか、またどのチャンネルが超音波に反応するのかを調べている。超音波照射は、神経細胞の興奮を誘導していることをFos遺伝子の発現で確認した後、single cell RNA sequencing を用いて、興奮細胞が冬眠神経の特徴として示されてきたいくつかの分子をセットで発現していることを明らかにし、確かに超音波により冬眠神経回路が活性化されることを明らかにしている。
そして、これらの細胞はTRP2を中心に幾つかのメカノセンサー分子を発現しており、たとえばTRP2の発現をノックダウンすると、超音波による興奮が起こらないことを確認している。実際にはTRP2ノックダウンでは完全に興奮を抑えられないので、幾つかの分子が同時に反応して冬眠回路を刺激していると結論している。
次に、この回路の投射領域や、代謝への直接効果を検討し、一つは褐色脂肪組織の熱発生を抑え、また尾部血管の拡張による熱発散を起こすことで、体温や代謝を下げることを明らかにしている。
最後に、元々冬眠誘導性を備えているマウスではなく、その様な傾向がないラットでも同じ様に超音波による冬眠誘導が可能であることを示し、将来人間にも使えるのではという可能性を匂わせて終わっている。
たまたまメカノセンサーを発現していたのは偶然だろうが、可能性を調べてみようと考えたことがこの研究のハイライトと言える。宇宙旅行での冬眠にどれぐらい近づいたのか?おもしろい。