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5月3日 優しいサヨク(4月5日 米国アカデミー紀要オンライン 掲載論文)

2023年5月3日
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島田雅彦さんのファンなら、優しいサヨクというタイトルを見て、彼が学生時代に発表した「優しいサヨクのための嬉遊曲」を思い出すだろう。島田さんとはひとまわりも年が違うし、私たちの学生時代はもっと政治的な運動が活発だったが、それでも島田さんのノンポリサヨクの複雑な心境の表現は私も共感できた。

今日紹介するイタリアのベニス大学と、ルッカIMT高等研究大学からの論文は、69カ国、46000人の調査で、チャリティーへの積極参加という点ではサヨクがウヨクより優しい事を示した研究で、4月5日 米国アカデミー紀要 にオンライン掲載された。タイトルは「Political ideology and generosity around the globe(政治的イデオロギーと寛大さの世界的傾向)」だ。

このグループは、世界中の研究施設を組織化して、Covid-19パンデミックが社会や政治に及ぼしたさまざまなインパクトについて調べており、その時に世界中から集めたデータの中から今回利用したデータを抽出している。

さて今回利用したデータだが、政治的にleft-leaning=サヨク傾向がある、あるいはウヨク傾向があると思うかを自己申告させ(実際には10段階に分けて自分を位置付けてもらっている)、また寄付をしたかどうかについて、母国のチャリティーを対象とした寄付と、国際的チャリティー活動に対する寄付に分けて、寄付回数や額を調べている。研究はCovid-19の社会的インパクト研究の一環として行われているので、パンデミックによる困窮者に対する寄付についても詳しく聞いている。

もちろん個人的チャリティーが必要かどうかは、国の福祉レベルを抜きにしては評価できないので、各国の福祉状態を数値化して、個人寄付行動との関係をプロットしている。

さて結果だが、調べたほとんどの国でサヨク傾向があると感じている人の方が、ウヨク傾向があると感じている人より全般的に寛大であることが示された。すなわちサヨクは優しい。

もちろんウヨクだから寄付をしないというわけではない。ただ、寄付行動の傾向を調べると、ウヨクは母国の活動に対して寄付を行い、インターナショナル(例えばユネスコなど)なチャリティーに対しての寄付は少ない。逆に、サヨクの方は、インターナショナルな寄付を重視する傾向がある。

面白いのは、各国の福祉行政状況を数値化してプロットした時、サヨクもウヨクも、各国の福祉状況が上昇するのとともに、母国のチャリテーへの寄付行動の割合が低下している点だ。すなわち、国の福祉が行き届くと、母国への寄付活動は全般的に低下する。

一方、国際的チャリティーに対する寄付を見ると、サヨクは福祉状況が高まるのと比例して、寄付を増やす。すなわち自分の国に回さない代わりに、国際的なチャリティーを支援する。一方、ウヨクは福祉状況が良くなる程、その国のチャリティーへの寄付が減るだけでなく、国際的チャリティーへの貢献も低下し続けている。

以上が結果で、自己申告されたウヨク度とサヨク度をどこまで信頼するのかは問題だが、島田さんの表現した「サヨクは優しい」という感覚と合致するような結果だ。個人的にはこの結論に異論はないが、私の感覚としては、現代のウヨクは一種の新自由主義の支持者で、サヨクはより福祉国家論の支持者のように感じた。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 人間へのゲノム進化を探る:失うことで得られるもの(4月28日号 Science 掲載論文)

2023年5月2日
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動物のゲノムを世界中の研究者が協力して研究することで、動物の進化、そして最終的には人間を作る条件を明らかにしようとするZoonomiaプロジェクトが進んでいる。今週号の Science はこのプロジェクトに関わる研究論文を特集として掲載していた。

その中で私の目を最も引いたのがMITとエール大学から共同で発表されていた、ヒトだけで欠損しているゲノム変化を特定し、それが人間の進化にどう関わるか調べた壮大な研究で、4月28日号 Science に掲載された。タイトルは「The functional and evolutionary impacts of human-specific deletions in conserved elements(ゲノム保存領域内のヒト特異的欠損の機能的進化的インパクト)」だ。

これまでさまざまな動物と比較することでヒト特異的ゲノム変化を探る論文のほとんどは、サルには存在せず、人への進化で初めて現れたゲノム変化を追跡してきた。しかし、失うことで新しい性質が得られることも当然考えられるので、ヒト特異的欠損も存在するはずだが、解析が難しいのかあまり追求されてこなかった。

今日紹介する論文は、Zoonomiaゲノムデータをフルに活用して、ゲノム内のほとんどの動物で保存されている領域の中で、ヒトだけに見られる欠損をまず特定している。その結果、1ベース欠損から10ベース以上の欠損まで、なんと1万を超える欠損箇所が見つかった。ほとんどの欠損はエクソン間や遺伝子と遺伝子の間の領域で見られる変異で、その半分は1ベース欠損なので、よく見つけるものだと、そのインフォーマティックスに感心する。

次にこの変異の機能を調べるためさまざまなインフォーマティックスの手法を用い、

  • 知能障害、統合失調症、うつ病などGWASにより特定される脳疾患の1分子多型と重なる欠損が見つかる。
  • 欠損は、遺伝子調節領域に多く、支配される遺伝子の発現は脳に高い。

これらはインフォーマティックスを用いて明らかにできることで、転写活性の変化や、組織特異性については実際の細胞や個体で調べる必要がある。

ここではチンパンジーゲノム領域と、それに対応するヒト特異的欠損を持った領域DNAを何百箇所について合成し、合成されたすべてのライブラリーを異なる組織を代表する細胞株に導入、それぞれの領域により転写されたRNA量を測定することで、ヒトへと分化した時の転写活性の変化をを調べている(これほど大掛かりな実験が可能になっているのを見ていると、時代が変わったことを実感するが、この結果多くの領域の転写活性をチンパンジーと人で比べることができた。

結果だが、多くの変異は転写活性分子との結合を高めたり、あるいはリプレッサー分子の結合を抑えることで、ネットとしては転写が上昇する方向に変化させることを示している。このあとは、それぞれの領域の変化による形質変化を調べることになるのだろうが、この研究では入口として、2種類の遺伝子で、確実に転写活性がヒト型変異で変化する事を示すのに費やしている。

まず脳の発生にも関わる脱リン酸化酵素PPP2CA遺伝子調節領域の6bp欠損が、クロマチン構造を変化させ、レポーター遺伝子の転写を高める事を確認している。

次に、細胞外マトリックスの発現を調節するLOXL2を取り上げ、ヒトだけに見られる1bp欠損により、リプレッサー結合が阻害され、発現が高まることで、下流のミエリン化に関わる分子が活性化し、神経伝導が高まる可能性を示唆している。

以上が結果で、簡単に紹介するのが申し訳ないほどの力作だが、この変異が実際の形質をどう変化させるのかについては今後の研究を待つ必要がある。いずれにせよ、ここまで整理がつくと、関係する分子を研究している人たちの道標になる事間違いない。失う事で得られるものの探索はロマンチックだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 肺線維症を細胞移植で誘導できる(4月26日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年5月1日
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原因不明の肺線維症は、今もなお原因はおろか治療する方法も見つかっていない。自ずと治療は対症療法になり、今の所、病気の進行を止めるところまでは至っていない。私も、3年前に医学部の同級生をこの病気で失ったが、毎日論文を読んでいても、適切なアドバイスができなかったことは辛い思い出だ。いずれにせよ、原因のわからない肺線維症(IPF)では、肺が障害を受けたと勘違いして、ブレーキなしの修復機構が働き続けるのではと考えられている。

今日紹介するヒューストン大学からの論文は、IPFの上皮細胞を移植することで、肺線維症をホストに誘導できることを示し、さらには線維化を誘導できる異常上皮細胞の培養に成功した研究で、4月26日号 Science Translational Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Cloning a profibrotic stem cell variant in idiopathic pulmonary fibrosis(突発性肺線維症の炎症誘導性の変異幹細胞のクローニング)」だ。

なんといってもこの研究のハイライトはIPF患者さんの肺組織から、試験管内で増殖する上皮細胞を樹立した点だ。通常、病気によりエピジェネティックな変異が起こっていても、培養すると正常と差がなくなることが多いのだが、今回樹立できたIPF肺上皮細胞は、免疫不全マウス皮膚に移植すると、移植局所に強い繊維化を誘導することがわかった。すなわちIPF誘導活性を保ったまま上皮を培養することに成功した。

次に、まださまざまな細胞が混在するこの培養から、この論文でCluster Bバリアンとと呼んでいる細胞を分離し、この集団が線維症を誘導できる責任細胞であることを特定するとともに、試験管内で肺の線維芽細胞と共培養することで、線維芽細胞の増殖、コラーゲン分泌を誘導することを示し、試験管内の肺線維症誘導モデル系を作るのに成功している。

次に、このIPFで変化したと考えられるCluster B バリアントに相当する細胞がIPF患者さんに存在するのか調べ、同じ性質を持つ細胞がIPF患者さん特異的にみられること、中でも肺下葉に濃縮していることを明らかにしている。

次に他の疾患とsingle cell RNA sequencingを用いた比較を行い、同じ線維化を伴う閉塞性肺疾患とはメカニズムが異なる一方、ブレオマイシンによる肺線維症ではほぼ同じ分子細胞的メカニズムが働いている事を示している。

この結果は、IPFもブレオマイシン肺線維症も、おそらく共通の要因でクラスターB細胞を刺激、リプログラムして、炎症誘導性を誘導していることを示唆している。従って、ブレオマイシン誘導モデルは、今後上皮のリプログラムを誘導する条件を調べるために有用であることを示している。

最後に、リプログラムされた上皮細胞の線維化誘導能を抑えることのできる薬剤を探索し、これまでブレオマイシンによる肺線維症を抑制できることが知られているEGF受容体阻害剤が高い効果を示すことを明らかにしている。

以上が結果で、ともかく肺線維症を誘導できる培養細胞を確立できた点が一番のハイライトで、肺線維症研究に新しい方向性を示した。もちろん治療にはまだまだかかると思うが、優れた研究システムが完成できたのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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