様々な自覚症状の中で便通の悩みは最も多いにもかかわらず、適切な治療法が見つからないことも多く、高齢者の便秘などは医療への不満が多い。これは腸の動きをコントロールしている3重の神経システムの関係が完全に理解できていないためだ。3重のシステムとは、腸管固有のアウエルバッハ、マイスナーの2種類の神経系、迷走神経系、そして脊髄感覚神経系を指している。
今日紹介する米国スクリップス研究所と国立衛生研究所からの論文は、Piezo2分子が欠損した患者さんの症状をモデルマウスで再現し、脊髄後根神経を介する腸の感覚が腸の動きの調節に必須であることを示した研究で、8月3日号 Cell に掲載された。タイトルは「PIEZO2 in somatosensory neurons controls gastrointestinal transit(体性感覚神経が発現するPIEZO2は消化管全体の食物の動きを調節している)」だ。
Piezo2は触覚や体性感覚に関わるイオンチャンネルで、この分子が欠損した患者さんでは、触覚や筋肉の固有感覚の異常の結果、筋力や運動能力などが低下することが知られている。Piezo2は腸管にも発現が見られるので、この研究では7人の Piezo2欠損患者さんの消化器症状を詳しく調べ、幼児期には便通が減ることもあるが、成長してからは回数が増え、さらに下痢気味になること、そして何よりもおなかが鳴るのに、腸が動いている感覚がないことを訴えることがわかった。
Piezo2は感覚のセンサーなので腸の動きが感じられないという症状はよくわかるが、それが最終的に便通障害へと発展するプロセスについては人間では解析が難しいので、ノックアウトマウスを作成して研究を進めている。
まず、Piezo2は様々な神経系で発現しているが、消化管症状が発生するのは脊髄後根神経節に投射する感覚神経で、この感覚神経端末は腸管神経節に分布しており、これにより腸内の動きを感知していることを、生理学的実験で明らかにしている。
この極めて特異的な腸管感覚異常によって、食物の消化管の通過時間が早まり、その結果下痢様、すなわち十分水分を吸収できないまま排便されることから、人間の症状を再現できている。さらにモデルマウスを用いることで、食物の通過時間は、胃、小腸、大腸、全ての消化管で早まっていることがわかる。
マウスにおなかの感覚を聞くわけにはいかないが、以上の結果は消化管内の食物を感じることで、食物が同じ場所にとどまる様一種の反射回路が出来、消化吸収を助けていることがわかる。
結果は以上で、感覚から運動までの回路については解明の必要があるが、Piezo2を標的にすることで、腸管の不定愁訴を改善でき、便通を早めることが出来る可能性が出てきた。Piezo2自体は欠損しても命に別状ないので、炎症性腸疾患などを手始めに、可能性を確かめる価値はある様に思う。