IGF(insulin like growth factor)はインシュリンと似たシグナル経路を活性化して、発生から成長、そして組織の維持に重要な働きをしている。当然のことながら、脳の発生や維持にも機能していることが知られており、神経の発生だけでなく、神経保護、シナプス可塑性、記憶の維持にも機能していることが知られている。また、高齢者ではIGFの発現量が低下していることから、高齢者の認知機能の低下の一因と考えられている。
今日紹介する米国フロリダにあるマックスプランク研究所からの論文は、IGFが長期記憶成立に関わるメカニズムの一端を個々の細胞でのシグナルを追跡することで明らかにした研究で、8月2日号 Science Advances に掲載された。タイトルは「Local autocrine plasticity signaling in single dendritic spines by insulin-like growth factors(局所的に単一スパインレベルで行われるIGF自己刺激により神経可塑性が誘導される)」だ。
この研究では様々な方法が利用されているが、ともかく個々の細胞を見ると言うことにこだわっている。まず、IGF-1 の発現を細胞レベルで見ると、CA1領域の錐体細胞のみで発現している。これほど特異的な発現があるのかとまず驚く。
次にスライス培養を用いて、単一スパインを局所的に刺激した後におこるスパイン構造の変化を追跡すると、IG-1欠損細胞では、スパインの大きさの維持がほとんど出来ない。また、この形態学的な変化は、生理学的な長期増強効果として確認できる。
すなわち、グルタミン酸刺激による活性化されたスパインでは IGF が局所的に分泌され、これが同じスパイン上の IGF受容体を刺激して、スパインの形態や機能を維持する役割を演じていることがわかった。そこで、この IGF自己刺激がスパイン内でのシグナルへと変換されるかどうかを調べる目的で、IGFシグナルが入ると細胞内が蛍光を発する様に操作した動物を用いて、一個のスパインをグルタミン酸で刺激、その後の IGF受容体の活性状態をモニターすると、刺激後すぐから受容体活性化がはじまり、活性状態は30分近く続く。それとともにスパインは大きくなることから、IGFシグナルが明らかにスパインの形態変化を誘導していることがわかる。また、受容体活性状態は、デンドライトにも拡がっていくが、その速度は遅く、刺激されたスパイン特異的に長期的活性化状態が維持されることがわかる。
この単一スパインの IGF受容体活性化状態をモニターした実験がこの研究のハイライトで、イメージとして示されることで高い説得力がある実験だ。
さらに、同じく海馬のCA3では、IGF-1 の代わりに、IGF-2 が同じ役割を持つことも示しており、記憶の中枢で、同じ機能を持つリガンドを、わざわざ峻別して使っていることも興味深い。
以上が結果で、わかっていると思っていたことでも、細部を見ないと本当の理解はないことを示した面白い研究だと思う。また、記憶の成立について、新しいヒントや課題も示されたと思う。