ドーパミンはパーキンソン病で合成が減少することでよく知られているが、実際には運動調節だけでなく、ムードやモチベーションと言った高次脳機能に関わっており、様々な精神疾患との関連も示されている。これらの機能は、パーキンソン病で問題になる黒質線条体経路、モチベーションや感情に関わる中脳辺縁回路、そしてやはり感情などの高次機能に関わる中脳皮質経路により 主に担われている。
今日紹介するハーバード大学梅森研究室からの論文は、黒質から尾状核被蓋 (CPu) に投射している黒質線条体回路と、中脳の復側被蓋野から側座核 (NAc) へと投射する中脳辺縁系回路という、機能が全く異なる2経路が形成されるメカニズムを明らかにした研究で、8月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The projection-specific signals that establish functionally segregated dopaminergic synapses(機能的に分離したドーパミン作動性シナプスを確立するための投射特異的シグナルについての研究)」だ。
この研究ではまず CPu と NAc でのドーパミン作動性のシナプス形成をラットで調べ、ドーパミン作動性のプレシナプスの形成が生後4-10日に完成することを確認する。すなわち、この時期に投射先の細胞からシナプス形成を誘導する重要な因子が分泌されていることを示唆している。実際培養実験で、CPu 由来の因子は黒質由来のドーパミン神経、NAc 由来の因子は復側被蓋のドーパミン神経特異的にシナプス形成を誘導できることを明らかにし、それぞれの投射領域が特異的に黒質由来、及び復側被蓋由来の神経シナプス形成を誘導していることを発見している。
そこで、この経路特異的分子を遺伝子発現の比較から、CPu 由来因子を BMP2 & BMP6、NAc 由来因子を TGFβ2、またこれに反応する受容体も、それぞれの経路のドーパミン神経で特異的発現が見られることを明らかにしている。そして、CPuのBMP2/6をノックダウン、NAcのTGFβ2遺伝子を脳内でノックダウンする実験を行い、予想通りこれらのシグナルが特異的に、各経路のドーパミンシナプス形成を誘導していることを証明している。
次に、ラットからマウスに実験系を移して、BMP2/6 及び TGFβ2 シグナル下流で働くSmad1 か Smad2 をドーパミン神経でノックアウトしたマウスを作成、BMP2/6 及び TGFβ2 シグナルの機能を調べると、予想通り Smad1 KO では黒質線条体回路特異的にシナプス形成が低下、逆に Smad2 KOでは中脳辺縁系回路特異的にシナプス形成が低下することを確認している。そして、これらのマウスでは、神経投射ではなく、生後に進行する成熟シナプス形成が回路特異的に抑制されることを明らかにしている。
この結果、Smad1 をノックアウトしたマウスでは黒質線条体回路でのドーパミン遊離が低下し、行動実験で運動器が傷害されることがわかる。一方、Smad2 ノックアウトマウスでは、運動機能は正常だが、モチベーションが強く抑えられることを明らかにしている。
以上が結果で、発生学に関わってきた経験から言うと、発生因子の本家本元が、しかもそれぞれの経路特異的に発現して、生後の神経発生に関わっていることは驚きだ。さらに成体になってからノックアウト実験を行い、成体のドーパミンシナプス維持にもそれぞれのシグナルが関わっていることを示しており、今後統合失調症を始め様々な精神疾患のメカニズムを知るための新しい観点が提供されたと思う。