現役時代の一時期、色素細胞の発生を研究していたので、他の人より肌や毛の色を決めるために多くの遺伝子が関わっていることは知っていた。肌の色を決めるメラニンの合成と、その皮膚細胞への移行は極めて複雑で、メラニンはメラノゾームと呼ばれる特殊なエンドゾームで合成される。すなわち、まず特殊な構造とメラニン合成系を備えた初期メラノゾームがエンドゾームから形成され、それが成熟して最終段階になる間に、内部でメラニンが合成される。ただ、私たちの時代はどうしても一つ一つの分子の機能にこだわり、この複雑な合成系に関わる分子を俯瞰的に見ることはほとんどなかった。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、メラノソームの細胞内密度を簡単に測る方法を開発し、メラノゾームの質、量を決める分子をCRISPRの網羅的スクリーニングで行い、169種類の肌の色に関わる分子を特定し、その一部の機能を明らかにした研究で、8月11日号 Science に掲載された。タイトルは「A genome-wide genetic screen uncovers determinants of human pigmentation(ゲノムワイド遺伝子スクリーニングにより肌の色の決定要因が明らかになった)」だ。
これまで利用されなかったのが不思議だが、細胞内のメラノゾームの成熟と密度の指標として、フローサイトメーターでの側方散乱量を用いている。血液学では、顆粒球やマスト細胞などの顆粒量を反映する指標として確立しており、当然色素細胞でも適用できる。
あとは、色素細胞株の全遺伝子をCRISPRでノックアウトし、それにより側方散乱量が上げる or 下げる遺伝子をリストし、全部で169種類の遺伝子を特定している。
このスクリーニングでは、成熟色素細胞内で働いている遺伝子のみ特定できるので、発生や、細胞増殖などに関わる遺伝子は除外されるが、これまで特定されている遺伝子はたった34種類だけだ。
リストされた分子は、予想通りメラニン合成に関わる遺伝子の発現、そしてエンドゾームからメラノゾームへの成熟過程に関わる遺伝子になる。そして、このうち7割近くが、肌の色が黒い人ほど色素細胞での発現が高い。またほとんどが、肌の色や毛色と相関する SNP とリンクしていることも確認された。すなわち、メカニズムの詳細はともかく、メラノサイトでのメラニン色素の密度に関わることが確認された。
例えばヨーロッパ人でこれら遺伝子がどう選択されてきたのか調べていくと、明らかに色が白くなる方に選択されていることがわかる。すなわち、住む場所に応じた遺伝的適応が起こることがわかる(おそらくビタミンD吸収に関わる?)。
そして最後に、これまで色素との関係が全く知られていなかった KLF6 と COMMD3遺伝子とメラノゾームとの関わりを詳しく調べている。
結果だが、KFL6 は数百の遺伝子の発現を調節して、メラノゾームの成熟を定量的に調節していること、また COMMD3 はメラノゾームの ATPase を調節して pH を上昇させることで、メラニン合成酵素の働きを高めることで、色素量を調節していることを示している。
以上が結果で、メラニンの量に着目することで、新しい世界が開けた。おそらく白い肌を目指す化粧品会社にとっては重要なリストではないだろうか。