昨日の大腸ガンを診断できるバクテリアの設計に続いて、今日は自己免疫性脳炎を抑制するバクテリア設計について述べたハーバード大学からの論文を紹介する。タイトルは「Lactate limits CNS autoimmunity by stabilizing HIF-1α in dendritic cells(乳酸は樹状細胞でHIF-1αを安定化させて中枢神経系の自己免疫を制限する)」だ。
この研究は、ミエリン抗原ペプチドを免疫して誘導する実験的脳炎モデルで、脳に移行してくる樹状細胞(DC)の転写因子HIF-1αの発現が高いことの発見から始まっている。
HIF-1αは低酸素により活性化される転写因子だが、なぜ炎症で上昇するのか、またその時の機能は何か、が次の問題になる。
HIF-1αをDCでノックアウトすると、チフス菌に対する腸管での免疫が高まることから、DC内のHIF-1αは炎症で誘導され、炎症性サイトカインやT細胞との相互作用を制限する一種のチェックポイントとして働くことを発見する。
次に、DCのHIF-1αを誘導する分子を探索し、乳酸がもっとも高い活性を持つことを発見する。また、乳酸によって誘導されたHIF-1αはで活性酸素合成を抑えるミトコンドリア分子Ndufa412を誘導し、これにより炎症で誘導される活性酸素が抑制されることが炎症や免疫の暴走を止めていることが明らかになった。
とすると、乳酸は免疫のチェックポイントで、免疫を誘導したいときには有害だが、免疫を抑えたいときには役に立つことになる。実際、乳酸を腹腔に投与し続けると自己免疫性脳炎を抑えることが出来る。またL型だけでなく、成体では利用されないD型でも同じ効果がある。
我々と異なり、細菌にはD型乳酸合成経路が存在する。そこで、このD型乳酸を合成する大腸菌を設計し、これを経口的に投与することで同じように自己免疫性脳炎を抑えられるか調べ、高い効果が存在することを示している。
以上が結果で、乳酸を多く合成できるバクテリアはDCに働いて、全身の炎症を抑えることが出来るという結果で、このためにD型乳酸を合成する細菌をプロバイオとして利用できることがわかった。
たしかに、一見面白そうだが、気になる点も多い。まず乳酸がHIF-1αを誘導する仕組みがはっきりしない。以前紹介した様に、乳酸は数多くの蛋白質と結合し、その機能を調節する可能性がある(https://aasj.jp/news/watch/21768)。このプロセスが不明なまま掲載されたのは不思議なぐらいだ。
あと、乳酸菌がプロバイオとして広く使われていることを考えると、乳酸菌を改変する方が実際のプロバイオ使用に近い気がする。例えばロイテリ乳酸菌はAhRを回する免疫制御機構を刺激することが知られている。同じ菌に腸内条件で乳酸をもっと作らせれば一石二鳥になるかも知れない。プロバイオで締めたのは手練れているが、よく読むと完璧にはまだまだというのが私の感想だ。