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1月2日 CCR2ケモカイン受容体欠損症(12月28日 Cell オンライン掲載論文)

2024年1月2日
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重い臨床症状が見られる遺伝病のメカニズムを明らかにすることは、確実に治療につながる。昨年の最も大きなニュースは、全身の筋肉が骨になる遺伝疾患FOPをアクチビンに対する抗体で治療できることを明らかにした治験結果だろう(https://aasj.jp/news/watch/23015)。論理的に考えると生命機能に重要な遺伝子の数は万を超えるはずで、しかも遺伝子変異が明らかになっても、細胞や発生メカニズムを明らかにするには時間がかかる。今後も全てが明らかになるにはまだまだ時間がかかる。

今日紹介するハーバード大学、ロックフェラー大学、シンシナティ小児病院、そしてフランス・ネッカー病院から発表された共同論文は、白血球の遊走に関わるケモカイン受容体の一つCCR2機能が完全欠損する9人の患者さんを特定し、解析した研究で、12月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Human inherited CCR2 deficiency underlies progressive polycystic lung disease(遺伝的CCR2欠損による進行性嚢胞性肺疾患)」だ。

小児の先天性嚢胞性肺疾患は発生異常に基づくことが多いが、この論文の対象になった症例は5歳前後でバチ状指を伴う呼吸不全で発見されている。ただ気管支拡張症とは異なり、レントゲン状で肺末梢部が詰まった像が認められ、また病理的にも終末小気管支周りのリンパ球浸潤、肺胞の好酸球充満、そして肺蛋白症の存在などの特徴と、ほとんどが共通の原因があるのではと考え、遺伝子解析を行っている。

9人中6人に、近親間の結婚に特徴的な長いゲノム領域の共有が見られたことからも強く遺伝要因、特に劣性遺伝病が考えられるが、最終的に両方の染色体でCCR2遺伝子変異が見つかり、変異遺伝子の機能解析から全て完全機能欠損変異であることが明らかになった。

CCR2は白血球の遊走に関わっているが、患者さんはほとんど肺以外に症状が見られない。ただ、マウスと同じでBCG接種など抗酸菌感染が全身に広がりやすい。すなわち、局所への探求の浸潤による局所化に問題がある。

臨床的に調べると、単球のCCR2依存性の遊走異常は認められるものの、あまり大きな異常は認められない。ただ、骨髄から末梢へのリクルートが低下していることがわかった。

これらの所見と、病理組織の解析結果から、最終的に以下の細胞学的メカニズムが提案されている。

患者さんでは、単球の末梢への動員が低下しているが、一般的免疫機能を保つことが出来ている。ただ、肺胞への浸潤が低下しているため、肺胞で合成されたサーファクタントを処理する能力が低下する。このため、いわゆる肺胞蛋白症が発症する。その結果、小気管支のリンパ球浸潤が高まり(このメカニズムについては不明)、肺胞が詰まることで、炎症を繰り返すようになり、年齢とともに呼吸不全が進む。

すなわち、CCR2は実際には抗酸菌感染など重要な働きがあるが、現代社会では肺胞でのサーファクタント除去低下が症状として表れるまで気づかれず、一旦肺胞が詰まり出すと、急速に悪化することがわかった。とすると、おそらく早く診断すれば様々な治療方法があるはずだ。

私が現役で病院で働いていたときは、肺胞蛋白症の原因など全くわかっていなかった。その後GM-CSFノックアウトマウスから、マクロファージ機能に関わる多くの遺伝子の関与が明らかになり、また多くの肺胞蛋白症はGM-CSFに対する自己抗体病であることもわかり、今や原因の明らかな病気になっている。とは言っても、この研究からわかるように、一つの遺伝病のメカニズムを解明するのは大変な作業だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月1日 嗅覚受容体遺伝子の選択過程:細部に神は宿る(12月20日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月1日
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リンパ球の抗原に対する反応や、嗅覚細胞の臭い物質に対する反応は、それぞれの細胞が一種類の受容体を発現しているため、反応の特異性が保証される。この実現には複雑な分子メカニズムが必要になる。

熊本大学にいた頃に私たちが関わったB細胞で言うと、まずVDJ再構成により始まるmRNAを用いた他のV領域の染色体再構成が起こり、それ以上の再構成が起こらなくなる。これと同時に、翻訳された抗体分子を用いて増殖に必要な IL-7受容体の発現をoffにし、またRAG遺伝子をoffにすることで、一個の抗体分子が発現した細胞がそれ以上再構成を行えないようにしている。

一方嗅覚細胞では嗅覚受容体(OR)が同じ染色体に乗っているわけではないので、遺伝子再構成は使えない。そのため、一つのOR遺伝子のプロモーターだけに、エンハンサーがリクルートされるという離れ業が行われ、さらに一つの受容体が発現すると、他のOR遺伝子とエンハンサーのアクセスがOffになることがわかっている。ただ両方の染色体で2000個もあるOR遺伝子を相手に、本当にうまくいくのか、詳細は不明だ。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、一個のOR遺伝子発現までの過程を、single cell 解析や、様々な遺伝子改変マウスを用いて解析し、OR遺伝子同士の競争の中からランダムに一つのOR遺伝子が選ばれると、転写されたmRNAにより他のOR遺伝子のチャンスをOffにする過程を明らかにした、著者らの執念が伝わってくる、元旦に紹介するに値する素晴らしい研究で、12月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「RNA-mediated symmetry breaking enables singular olfactory receptor choice(RNAによる対称性の破綻が一つの嗅覚受容体選択を可能にする)」だ。

OR 遺伝子は両方の染色体で2000個もあり、発生過程で一つの遺伝子が選ばれる過程を調べるには single cell analysis が必須になる。この研究でも、核内での遺伝子同士の距離を調べるDip-CやHi-Cと呼ばれる技術を single cell に適用するという大変な実験を繰り返している。Single cell なので結果が yes or no とクリアに得られない技術的問題を、様々な方法を組みあわせて克服し、発生過程でOR遺伝子発現に関わる60個あまりのエンハンサーが核内でいくつかのクラスターを形成し、そのうちの一つがOR遺伝子にバイ・チャンスでリクルートされると、最終的に他のOR遺伝子とエンハンサークラスターの相互作用が抑制されることを確認する。これまでも指摘されてきたことだが、single cell level で証明するとするために、まさに圧巻の実験が行われている。

次に、OR遺伝子同士のエンハンサークラスターを巡っての競争に終止符を打つ要因として、まず成功したOR遺伝子由来mRNAが他のOR遺伝子のアクセスを抑制する可能性について、今度はマウスレベルの遺伝子改変を用いて証明している。

一つの方法は、一度勝利が決まったOR遺伝子の発現を、他のOR遺伝子mRNAを強く発現させることで抑制する実験を行い、特に完全に勝者の決定していない時期では、勝者を覆せることを、2色の蛍光色素をOR遺伝子に導入したマウスを用いて示している。

さらに、蛋白質の翻訳が出来ないように遺伝子改変したOR遺伝子を強く転写させると、蛋白質は出来なくても他のOR遺伝子とエンハンサークラスターの相互作用を抑えられることを示して、この抑制がmRNAにより行われることを明らかにしている。

面白いのは、こうして確立したOR遺伝子の勝利も、OR蛋白質の発現がないと長持ちしない点だ。メカニズムは明確ではないが、リンパ球と同じようにRNAと発現蛋白質の二重スイッチにより、一つの細胞、一つの受容体の原則を守っていることがわかる。

以上が結果で、ここまでやるかという研究に感心する。ただ、それでもまだ現象論で、最終メカニズムについてはまだ研究が必要だ。しかしこれほど細部にわたる研究を知ると、私の好きな建築家ミース・ファン・デア・ローエの、「細部に神は宿る」という言葉を実感する。そんなことで、年賀代わりに彼のベルリンある自宅の写真をペーストする。

カテゴリ:論文ウォッチ

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