2024年1月21日
リキッドバイオプシーとは、末梢血・血清中に存在するDNAの中から、体内に存在するガン細胞などの痕跡を捕まえようとする技術で、検査自体が簡単なので診断や経過観察などで大きな期待を集めてきた。開発からずいぶん時間が経っているが、普及は進んでいない。その最大の理由は感度の問題で、ステージ1のガンを見つける確率は40%程度で、進行ガンでも診断できないケースが多くある。また、経過観察中にネガティブと診断しても、75%が再発したという報告もある。したがって、この検査の普及のためには、感度を上げることが必須だが、現在のところは決め手がない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、検査の感度を上げるという従来の考え方から発想を変えて、血中に放出されたDNAの分解や処理を抑えて血中の半減期を伸ばすことで感度を上げる可能性を追求した研究で、1月19日 Science に掲載された。タイトルは「Priming agents transiently reduce the clearance of cell-free DNA to improve liquid biopsies(細胞から遊離したDNAの除去を一時的に抑える因子はリキッドバイオプシーの感度を改善する)」だ。
この研究の発想は、極めてストレートだ。血中のDNAが除去されるのは、肝臓の貪食細胞と結成中のDNA分解酵素なので、この機能を体内で阻害すれば血中のDNA濃度が一過性に上がるはずだと考えた。
肝臓の貪食細胞の機能をブロックする方法としてリポソームのナノ粒子を使う方法をマクロファージ細胞株で検討し、DNAが含まれるヌクレオソーム断片は貪食される一方、バクテリアなどの貪食能には影響ないことを明らかにする。
その上で、マウスにナノ粒子を静脈注射し、30分後には血中にフリーに存在するDNAの濃度がなんと80倍近く上昇すること、そしてこの影響は5時間でほぼ完全に消滅し、一過性であることを示している。
次に、同じ実験を自己免疫病マウスから樹立したDNAを認識する自己抗体を注射して行うと、期待通り一過性に血中のフリーDNAがDNA分解酵素から守られて増加すること。さらに、Fc受容体と反応できなくした抗体であれば、血中のフリーDNAをさらに上昇させられることを示している。
あとは、移植ガンモデルでそれぞれの方法がガンの検出感度を上げることを示している。また、ガン特異的遺伝子の検出だけでなく、ガンゲノムを血中のフリーDNAから解析する精度が一段と上昇し、ガンゲノムに散財する一塩基変異の検出感度が、100倍以上上昇することも明らかにしている。
それぞれの方法はメカニズムが異なるので、両方同時に使えばさらに感度を上げられるのではと期待するが、不思議なことに両方を組み合わせた実験は行なっていない。
以上が結果で、顕微鏡の解像度を上げるために、組織自体の大きさをゲルで膨らませるという発想に近い。ただ、一過性とはいえリポソームやDNAに対する抗体を、しかもかなりの量検査のために注射することが許容されるためには、かなり時間がかかりそうに思う。
2024年1月20日
ギランバレー症候群はウイルスや細菌感染の後、下肢の神経から神経炎が始まり、場合によっては炎症が全身に広がる厄介な自己免疫性神経炎で、ほとんどの人は半年から一年で完全に元に戻るが、死亡するケースもある。その原因については、ウイルス感染によって誘導されたT細胞が、末梢神経を包むミエリンと交差反応をする、あるいは自己反応性のT細胞を巻き込んで起こると考えられているが、系統的に自己反応性、特にミエリン反応性T細胞を調べた研究はなかった。
今日紹介するチューリッヒ工科大学からの論文は、ウイルス感染症の後で起こったギランバレー症候群 (GBS) の患者さんのミエリン反応性T細胞を、抗原刺激反応とともに、single cell RNA sequencing を用いて反応する抗原、そして反応する抗原受容体について調べた研究で、1月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Autoreactive T cells target peripheral nerves in Guillain–Barré syndrome(ギランバレー症候群では自己反応性T細胞が末梢神経を標的にしている)」だ。
研究ではまずGBSの患者さんの末梢血を三種類のミエリンで刺激し、細胞の増殖を見ている。この患者さんの中には Covid-19 後のGBも含まれているが、他のGB患者さんが全ていずれかのミエリンに対して反応したのに対し、Covid-19後のケースでは5例中2例だけが反応しており、Covid-19後のGBはメカニズムが異なる可能性もある。いずれにせよ、他のGBでは末梢血にミエリンに反応するCD4T細胞が存在し、しかもTh1型の炎症反応の原因になることが、T細胞の遺伝子発現パターンから明らかになった。
次に膨大な数のミエリン反応性のT細胞の抗原受容体、反応するMHCなどについて解析し、ほとんどがHLA-DR反応せいで、しかも特定のクローンに限定されない異なる抗原受容体を持つ多様なクローンが反応しているが、自己抗原反応性を示すCDR3βが短いという特徴を持っていることを明らかにしている。さらに一人の患者さんで、さまざまなミエリンに対して反応が見られる。そして、特にサイトメガロウイルスに関してはウイルスとミエリンの両方に反応するT細胞クローンが確かに確認されることを明らかにし、ウイルス感染とGB発症の明確な関係を明らかにした。
次に何人かの患者さんで、反応するT細胞クローンについて解析を行い、GB患者さんではおそらくウイルス感染で誘導された特定のT細胞クローンが、発症時から回復時にかけて末梢血で増加していることを明らかにしている。また、ミエリン由来ペプチド抗原の多くは、特別のHLA-DRではなくさまざまなタイプのHLA-DRと結合でき、光源として働くことも分かった。これが、これまでGDと特定のHLAとの相関が見つからなかった理由になる。
最後に脳脊髄液や末梢神経に浸潤しているT細胞についても調べ、血液中で見つかった自己反応性クローンが神経に浸潤していることも明らかにしている。
以上のことから、GBの発症メカニズムは多様で、必ずしもT細胞の自己反応だけではないが、少なくともサイトメガロウイルス感染では、ウイルス抗原と交差反応を示すT細胞が、神経系へ浸潤して、そこでミエリンに対して反応し、遊離したミエリンに対してさらに多様なT細胞クローンが、Antigen Spreading で反応していくことで発症することが明らかになった。
また、自己抗体も存在しないし、T細胞の反応が必ずしも見られないCovid-19のように、異なるメカニズムでの発症も考えられることから、多様な病態がまとまった症候群と言える。
この研究はやる気であれば誰でもできると言えるが、これだけの膨大な実験をやり遂げ、一定の結果を出したことがすごいと思う。臨床研究の鏡と言ってもいいように思う。
2024年1月19日
塩基の並んだコドン情報をそれに対応するアミノ酸へと解読する過程は、言語と脳活動と同じで、アレキサンダーパースの記号分析で言えば「シンボル」にあたる。この物理世界をシンボル化する過程が生命38億年、そして人類が言語を獲得した後の5万年の地球上での人類繁栄の原動力となった。
コドンとアミノ酸の解読過程は mRNA、リボゾーム、そして tRNAと3種類のRNAによりになわれており、生命誕生前のRNAワールドの名残だが、38億年の歴史の中で、この解読システムも多様化を遂げている。こうした多様化の詳細については完全に理解できているわけではなく、その結果以前紹介したようにシュードウリジンを使った Covid-19ワクチンが、tRNAの相性を変化沙汰結果、フレームがずれた新しいペプチドを作ってしまい、この接種を受けた何億人ものヒトのかなりの割合でペプチドに対するT細胞反応が起きることになってしまった。
注:このフレームのずれで抗体が出来るとどこかのメディアが書いているとの指摘を受けたが、それは書いた人が論文を理解していないか、読み間違ったためで、新しい分子に対する抗体は出来ていないし、T 細胞の反応でとどまっているし、出来たペプチドも我々人間には存在しないので、病気が起こる心配はない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、抗体を大量に合成するためB細胞では新たなコドン解読メカニズムを使っていることを示した論文で、1月12日号 Science に掲載された。タイトルは「Antibody production relies on the tRNA inosine wobble modification to meet biased codon demand(抗体の合成はコドン利用のバイアスに対応するため tRNA の Wobble部位のイノシン修飾に依存している)」だ。
一つのアミノ酸に対して複数数のコドンが対応しているが(例えばタカラバイオのサイト参照:https://catalog.takara-bio.co.jp/product/basic_info.php?unitid=U100003628 )、これからわかるようにコドンの最後の塩基は2-4種類存在する。同じアミノ酸でもどのコドンを使うのかには、種によっても差があり、さらに蛋白質ごとに異なる。
この研究では、抗体のように大量の蛋白質を合成するにはコドン利用に秘密があるのではと考え、T細胞受容体と、抗体のコドン利用バイアスを調べると、マウスでもヒトでも抗体定常部位遺伝子では強いバイアスが存在することを発見する。例えばスレオニンで見るとACCが他のコドンより圧倒的に多い。
では、このコドンバイアスに対応するよう tRNAのレパートリーが B細胞で変化しているかを調べると、他の細胞と特に変わらない。tRNAの量が変化しないと、ここで合成のボトルネックが生じて、大量合成は難しいはずで、何らかの方法で解決していることが想像できる。
これを解消する手段として知られているのが、tRNAのアンチコドンの3番目の塩基を修飾する方法で、Wobble位修飾と呼ばれている。調べてみると、抗体を合成している細胞ではアデニンのアミノ基を除去してイノシンに変える修飾が起こった tRNAが多く存在し、これにより元々はC以外のコドンに対応していた tRNAもWobble位のCに対して利用できるようになる。
実際にイノシンへ変化させる修飾が蛋白合成に影響しているかについては、蛍光分子の遺伝子のコドン利用に抗体遺伝子と同じようなバイアスをかけて、B細胞ではコドンバイアスがある分子の翻訳効率が上がることを確認している。
この修飾に関わるデアミナーゼAdat2はB細胞分化で発現が上昇することから、B細胞が抗体を大量に分泌するように変化していくときの必須条件であることがわかる。事実 Adat2が欠損するとB細胞はほとんど消失する。
最後にさらに面白い問題も検討している。すなわち、抗体の定常部位に比して、変異が蓄積する可変部位の遺伝子では、コドンバイアスが解消されてしまうはずで、そうすると今度は逆に可変部分の合成効率が tRNA修飾のため低下することになる。実際に可変部分のコドンバイアスを代えたトランスジェニックマウスを用いて調べると、修飾 tRNAの利用しやすい可変部配列を持った抗体が優勢になることを示している。B細胞は、翻訳された抗体分子を分化のチェックポイントに使うので、分化に応じてAdat2を発現し、バイアスのある抗体遺伝子をより高い確率で利用するよう出来ていることがわかる。
以上が結果で、tRNAの修飾の機能がよくわかる目からうろこの論文で、今年最初の頭の洗濯が出来た面白い論文だった。当然抗体薬を大量合成にも重要な発見であること間違いない。脳だけでなく、デコード過程の進化は面白い。
2024年1月18日
エストロゲン受容体(ER)発現が見られる乳ガンでは長期に ER阻害治療が行われるが、その間に腫瘍も薬剤耐性を獲得することが知られている。ER標的遺伝子は多岐にわたるので、耐性の獲得は特定の遺伝子の突然変異より、DNAメチル化などのエピジェネティックな変化によると推定されている。
今日紹介するオーストラリアの Garvan医学研究所からの論文は、DNAメチル化を阻害するデシタビンが ER を発現しているにもかかわらず治療抵抗性を獲得した乳ガン治療に有効である可能性とメカニズムを調べた研究で、1月5日 Nature Structural and Molecular Biology に掲載された。タイトルは「The potential of epigenetic therapy to target the 3D epigenome in endocrine-resistant breast cancer(三次元エピゲノムを標的にするホルモン治療抵抗性乳ガンのエピゲネティック治療の可能性)だ。
この研究ではまず、ER陽性(ERに変異が起こった腫瘍も含む)乳ガンをマウスに移植して、比較的低容量のデシタビンを投与すると、腫瘍の増殖を抑えられること、ガンDNAのメチル化の程度が全体に低下し、特にエンハンサー周りの脱メチル化の結果、活性が上昇することを明らかにする。
効果がよりエンハンサー特異的である理由を調べる目的で、染色体のトポロジーを調べると、DNAメチル化の低下に呼応して全般にクロマチンが緩んでいる。メチル化の程度と3Dトポロジーを比較すると、閉じたクロマチンから開いたクロマチンへと変化している領域で特にメチル化が低下している。すなわち、メチル化自体もトポロジー維持に関わり、これが変化するとトポロジーの維持能が低下する。
その結果、ER陽性ホルモン治療抵抗性ガンでは、エンハンサーとプロモーターの相互作用が高まり、特にER結合領域のエンハンサーがデシタビン処理で活性化されることがわかる。実際、転写される遺伝子饒辺かと対応させてみると、エストロジェン反応性遺伝子や、アンドロジェン反応遺伝子、そしてスーパーエンハンサを形成する Myc反応遺伝子の転写が上昇している。
これを確認するため、クロマチン沈降法を用いて ER結合サイトを調べると、デシタビン処理で300近くの ER結合サイトが解放されることがわかる。
後は、デシタビン処理後の脱メチル化が薬剤をやめることで回復する過程を調べ、ほとんどの領域が再メチル化されるが、一部はメチル化されずに残ることも明らかにしている。
加えて、これまで示されてきたように、脱メチル化によりトランスポゾンが活性化され、腫瘍特異的免疫機能反応が起こりやすくなることも示している。
結果は以上で、デシタビンは選択的な脱メチル化剤ではないが、腫瘍のコンテキストによっては、選択的に働くこともあり、特にER標的がメチル化で失われた乳ガンでは、もう一度ガンをER依存性にしてホルモン治療に感受性を回復させることが出来るという話だ。
加えて、スーパーエンハンサー依存性を高めたり、さらにはトランスポゾンを活性化して免疫治療が使えるように出来る可能性もあり、ホルモン治療が効かなくなった再発患者さんでは是非治験を進めて欲しいと思う。
2024年1月17日
細胞分化の経路をたどると、NK細胞と樹状細胞がともに同じ前駆細胞から分化してくるケースがある。さらにこれらはリンパ球の前駆細胞ともつながっていることから、共通の前駆細胞がどのプログラムを発現し、またどの増殖因子に出会うかにより、それぞれの分化が決まっていく。
今日紹介するロサンゼルスにあるシティーホープ国立医療センターからの論文は、2型自然リンパ球が樹状細胞としてだけでなく、キラー細胞として白血病で働いていることを示した研究で、1月10日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Therapeutic application of human type 2 innate lymphoid cells via induction of granzyme B-mediated tumor cell death(ヒトの2型自然リンパ球はグランザイムBを介する細胞死誘導能で治療に利用できる)」だ。
タイトルにある自然リンパ球とは抗原受容体を発現しないリンパ球で、NK細胞や樹状細胞の一部がこれに相当する。この研究では、中でも炎症に関わるとされている2型自然リンパ球(ILC2)を詳しく調べるため、まず末梢血から ILC2 を増幅する方法の開発に挑戦している。
結論的にはOP9ストローマ細胞上で IL2、IL15、IL7とともに培養し、その後 ILC2 をソーティングして今度はサイトカインだけで培養すると、ほぼ100%近い ILC2 を増幅することが可能になっている。
この細胞を急性骨髄性白血病(AML)細胞株と培養すると、強い細胞症が威勢を示す。さらに、ガンを移植したマウスに ILC2 を注入するとガンの増殖を抑制することが出来る。
この細胞傷害性のメカニズムを調べていくと、なんとキラー細胞が発現するグランザイムBを分泌し、ガン細胞をピロトーシスやネクローシスに陥らせることで傷害していることがわかった。さらに、キラー活性は、NK細胞も発現する DNAM-1 がガンの発現する CD112 や CD155 により刺激され、そのシグナル下流で FOXO1 の転写活性が抑制されることで、グランザイムBが発現することを示している。
主な結果は以上で、あとはこのシステムが実際に働いているかどうかを、臨床例の解析などで行うとともに、この治療を臨床応用するために実行可能な介入法を探っている。
驚くことに、マウスILC2 は全くグランザイムBを発現できないので、これはヒト特異的な治療になる。そして、CD112 や CD155 を発現しておれば白血病でなくてもどのガンでも応用できる。
さらに、現在 CD112R に対する抗体治療の臨床応用が進んでいるが、これにより DNAM-1 刺激自体が強められることから、抗体治療とともに新しい方法で増殖させた ILC2 を注入する治療法は期待できる。また同じリガンドCD155は刺激と同時に DNAM-1 発現を抑制するので、これも治療対象になる。
このように特異性はないが、ILC2型の樹状細胞を増殖させガン治療に利用する可能性が現実を帯びてきたと期待できる。
2024年1月16日
細菌叢の研究が進むと、操作した細菌を用いて細菌叢やホストの反応を制御したいと誰もが考える。これまでのヨーグルトのような経験の積み重ねで開発したプロバイオのように、最初から効果をデザインしたプロバイオだ。
多くのバクテリアの遺伝子が解読されており、様々なベクターも開発されている現在、デザインした細菌を作ることは簡単そうに見えるが、実はこれが難しい。確かに、大腸菌をはじめとする一部の細菌については遺伝子操作の方法が開発されているが、我々が付き合っているほとんどの細菌では、ただエレクトロポレーションをしたぐらいでは遺伝子を導入できない。
今日紹介するスペイン Pompeu Fabra 大学からの論文は、モデル細菌以外の遺伝子操作の困難がよくわかる研究で、1月9日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Delivery of a sebum modulator by an engineered skin microbe in mice(皮脂のモジュレーターをマウスの操作した皮膚細菌を介して供給する)」だ。
この研究で操作したのは、ニキビ菌(Cutibacterium acnes)で、ニキビ菌に皮脂分泌を抑える働きを付与して、ニキビ菌が増殖できない皮膚に変えるという戦略だ。要するに遺伝子操作したニキビ菌で普通のニキビ菌もともに増殖できなくしてしまおうという戦略になる。
このためにはまずニキビ菌に遺伝子導入する方法が必要になる。こういう場合、とりあえず膜に電気で穴を空けるエレクトロポレーションを用いるが、ニキビ菌の場合これだけでは遺伝子導入できない。そのため、エレクトロポレーションに用いる緩衝液から検討し、なんとか遺伝子導入出来るところまで来ている。
次の難関は、ホストの防御機構で、プラスミドがホストと同じメチル化パターンを持っていないと導入したい遺伝子がすぐ壊される。そこで、大腸菌にニキビ菌のDNAメチル化システムを導入して、ここでプラスミドもメチル化した後、ニキビ菌に導入する方法を開発している。
これに加えて、細胞壁を弱める溶液を開発して、最初から比べると1200倍という遺伝子導入効率を達成している。
その上で、操作ニキビ菌の安全な選択をするため、通常の抗生物質抵抗性選択法に加えて、チミジンキナーゼ遺伝子をノックアウトしてFUDR分子でこの細菌だけ増殖させられるようにしている。
ここまではニキビ菌の遺伝子導入法の開発で、ようやく次にニキビ菌を用いたニキビの治療法に進める。ニキビ菌は皮脂腺から分泌される皮脂を栄養として増殖し、炎症を起こす。このため、よほどひどい場合レチノイド薬イソトレチノンが使われる。勿論この薬剤は催奇形性があり、さらに皮膚の落屑が起こる。この薬剤がニキビに効果を示すのは、抗炎症作用もあるが、ゲラチナーゼ分泌を促進して皮脂の量を減らす効果があるからだ。そこで、ゲラチナーゼだけをニキビ菌に組み込めば、皮脂の分泌を低下させ手、ニキビ菌全体の増殖が下がると期待できる。
このためには、最も遺伝子発現が高いプロモーターを選ぶ必要がある。その上でゲラチナーゼを組み込んだニキビ菌を作成、マウス皮膚に移植すると、期待通り毛根内に潜り込んで、皮脂の分泌を抑えることが明らかになった。
結果は以上で、この方法だと操作ニキビ菌の増殖も低下するので、ニキビを抑えることが出来ても、また再発する心配はある。ただ、モデル以外の細菌の操作の困難がよくわかる論文だと思う。
2024年1月15日
マウスを出来るだけヒトに近づけるヒト化マウスに関してはYoutubeでも配信したが(https://www.youtube.com/watch?v=0WCtzZQ5WF8 )、基本的にはサイトカインやその受容体などをヒトの遺伝子に置き換え、身体をヒト化することを目指している。しかし、我々の身体の形成には環境要因も大きい。従って、環境を変化させてヒト化することも重要になる。この例が2019年米国衛生研究所のグループが Science に発表した論文で、実験室のマウスを野生マウスに育てさせ、全身の細菌叢を野生型の細菌叢で置き換えるだけで、免疫系をかなりヒト型に近づけることが出来ることを示した(Rosshart et al., Science 365, eaaw4361 (2019))。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、免疫チェックポイント治療の副作用として重要な大腸炎がマウスではほとんど再現されないのは、細菌叢の違いに依ることを示し、大腸炎のメカニズムを野生型細菌叢を持つマウスで明らかにした研究で、1月5日号の Science に掲載された。タイトルは「Microbiota-dependent activation of CD4 + T cells induces CTLA-4 blockade–associated colitis via Fcg receptors(細菌叢により活性化されるCD4+T細胞がCTLA-4阻害による大腸炎をFcγ受容体を介して誘導している)」だ。
現在免疫チェックポイント治療には PD-1 に対する抗体とともに CTLA-4 に対する抗体も利用される。これらが抗ガン免疫を高めるとともに、自己免疫反応を誘導することも知られているが、特に CTLA-4 を利用したとき人間では大腸炎が起こることが知られている。ところが、他の臓器の自己免疫疾患誘導についてはマウスでも再現できるのに、大腸炎の再現は難しいことが知られていた。
この研究では、この違いが細菌叢にあるのではないかと考え、無菌マウスに野生マウスの細菌叢、及びSPFマウスの細菌叢を導入、チェックポイント治療を行うと、野生マウスの細菌叢を導入したマウスだけで、CTLA-4治療による大腸炎が発症する。免疫不全マウスに野生細菌叢を導入しても炎症は起こらないので、免疫依存性の大腸炎であることが確認できる。
さらに、ヒトの場合と同じで、CTLA-4抗体を用いた治療特異的に炎症が起こり、この炎症は主にCD4T細胞のインターフェロンやIL-17分泌が無制限で起こる結果であることを示している。
この免疫異常の原因を探ると、CTLA−4 を強く発言している一つの制御性T細胞サブセッが消失していることがわかる。また同じような現象を人間でも認めている。すなわち、組織内で誘導される制御性T細胞が消失して、CD4T細胞の TH1 反応が高まることで大腸炎が誘導されることがわかる。おそらく、野生型細菌叢の中の細菌が直接 TH1 反応を誘導している可能性はあるが、どの細菌とは特定されていない。
最後に、制御性T細胞が消失する原因を調べ、抗体が持つ Fc部分が腸炎発症に必須であること、またそれに対する Fcγ受容体をノックアウトすると腸炎が起こらないことを示し、Fcγ受容体が何らかの役割をしていることを示している。
以上が結果で、ラクダで作った CTLA-4ナノボディーでは副作用なしに抗腫瘍効果を得られることも示している。
詳細にはまだ迫れていないが、細菌叢がヒト化にも重要であることがよくわかる論文だと思う。
2024年1月14日
互いに反応し合う複数の分子によって濃度が均一に分布するのではなくパターンが生じる系を反応拡散系と呼んでいる。これについては、現在大阪大学の近藤さんが京大時代に魚の皮膚の模様のパターンが反応拡散系であることを示した研究で、我が国では広く知られるようになっている。ただ、Min皮膚のパターンを変化させることはできても、一から作ることはまだまだ難しいと思う。しかし、細胞内の反応拡散系を再現することは、試験管内に近いのでまだ可能かもしれない。
今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、細菌が分裂時に細胞壁を作成する中間帯を決めるために使っている MinD、MinE反応拡散系を、哺乳動物の培養細胞に導入して同じように反応拡散系が作れるかどうかを調べ、さらにそれを将来細胞操作に使えないかを模索した研究で、1月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A programmable reaction-diffusion system for spatiotemporal cell signaling circuit design(時空的細胞シグナルデザインのためのプログラム可能な反応拡散系)」だ。
タイトルを読むと、すごいことができるようになったのかと思ってしまったが、実際には大腸菌の反応拡散系を哺乳動物細胞株で働かせられること、それに他のシグナル系をリンクさせられることを示した、面白いがそれほど驚く研究ではなかった。
ここで使われたのは細胞膜にアンカーする MinD・ATP が MinE と結合して MinD・ADP へと変化すると幕から離れて拡散する反応系だ。大腸菌では MinC の働きが加わって反応拡散系が細胞極を中心に起こるようにできているため、中間帯を決められるようにプログラムされているが、MinD、MinE を哺乳動物に導入するだけでは極性を持ったパターンは生じない。
代わりに細胞のジオメトリーや、MinD/MinE の濃度に応じた多様なパターンの形成がおこり、それぞれの分子に蛍光分子を結合させておくと、周期的な波が生じることが示されている。少し驚くのは、3T3 でこのような反応拡散が起こっても細胞の生存に変化がない点で、実際見られるパターンの多様性から考えると、細胞をトレースして細胞分裂等々を調べる実験も必要な気がする。
逆にこの研究では、こうしてできた多様性を細胞のバーコードとして使うことを提案している。その上で、MinDと他のタンパク質がさらに相互作用を起こす系を組み込んで、細胞内でのシグナルの分布を調節する可能性を追求している。実際、化合物を加えるとMinDにタンパク質が結合するよう遺伝子操作を行うと、新しいタンパク質は化合物を加えたときだけMinDの波と合体する。
あるいは、相分離を起こすタンパク質と結合するようにすると、MinDは相分離帯に引き込まれ、波の形成はなくなる。ただ、膜直下に相分離帯を形成できるのは面白い。同じことはフィラメントを形成するアクチンと結合を誘導する系でもみられ、化合物でアクチンと結合させると、まずアクチンがMinDの波に同化するので、ここでアクチンフィラメントを形成させることが細胞の活動にどう影響するか面白い実験ができる可能性がある。
結果は以上で、反応拡散系を導入して、それに他の細胞活性をリンクさせられることは明らかになった。ただ、その結果細胞自体にどんな変化が起こるのか全く示されていないので、今のところ将来のポテンシャルが予想できるとは言い難い。例えばMinCも導入したらどうなるのか、もう少し情報が欲しい。
2024年1月13日
IL2 は T細胞の増殖に必須のサイトカインで、免疫を増強する目的で臨床応用が模索されてきたが、これまでうまくいかなかった。その最大の理由は、ほとんどの T細胞から、NK細胞、さらにある種の樹状細胞まで刺激するため、刺激の範囲をコントロールすることが難しかったためだ。この問題を解決するために、例えば α受容体の結合力を弱め、制御性T細胞の刺激活性を抑えた IL2 が開発され、このブログでも何度か紹介した(https://aasj.jp/news/watch/9537 )。
こうして開発されたデザインIL2 はすでに臨床応用が始まっているようだが、すでにさまざまな問題に直面しているようだ。特に、α受容体への結合能をなくしても、増やしたいキラー細胞より多くの βγ受容体を発現している樹状細胞や NK細胞が存在するため、キラー細胞の効果が落ちたり、毒性が現れる。
この問題を解決する目的でデザインIL2 を CD8 に対する抗体を結合させ、キラー細胞だけ刺激するようにしたキメラ・サイトカインの開発が今日紹介するイタリアミラノにあるサンラファエル科学研究所からの論文で、1月10日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「CD8 cis-targeted IL-2 drives potent antiviral activity against hepatitis B virus(CD8 を直接標的にする IL2 は B型肝炎に対する抗ウイルス活性を高める)」だ。
この研究では、IL2 の α受容体への結合能を抑えた上で、さらにNK細胞やδc細胞への結合を抑えるために、βγ受容体への結合力も低下させたIL2をデザインし、これを CD8抗体Fc部分に結合させている。
結果は期待通りで、試験管内の実験で CD8刺激活性に比べ、NK細胞刺激活性は2オーダー低い。このことはマウスに対する投与実験でも確認され、NK細胞や樹状細胞数はほとんど変わらないが、CD8T細胞はほぼ10倍近く増えることを確認している。
次に実際の免疫反応増強効果を見るため、B型肝炎ウイルス感染マウスに aCD8-IL2 を加えると、コントロールに比して肝炎ウイルスをほぼ除去することに成功している。さらに、刺激前の CD8T細胞を肝炎マウスに投与する実験によって、aCD8-IL2 が新たな免疫機能を強く誘導する活性があることを明らかにしている。また、デザインIL2 だけでは効果がない理由についても、肝臓で樹状細胞が増えることでキラー細胞の効果を抑えることも明らかにしている。
その上で、ヒト末梢血でも CD8特異的増幅が可能なこと、そしてアカゲザルで全身投与でも毒性はなく、またNK細胞、樹状細胞、そして制御性T細胞数に変化のないことを確認し、いつでも臨床応用が可能であるところまで研究を進めている。
以上、デザインIL2 も一つづつ問題を解決し完成に近づいたことを感じさせる研究だと思う。CD8細胞が無制限に増えると問題になりそうだが、幸いにも抗原刺激を受けた細胞だけが増えるようで、今のところは問題がなさそうだが、これは臨床研究でわかると思う。
2024年1月12日
来る1月26日午後8時から今月のジャーナルクラブをZoomで開催します。テーマは今日の論文ウォッチでも取り上げた多発性硬化症研究で、2年前のEVウイルスが原因であることの証明論文からから、最近Cell に発表されたウイーン医科大学からの、詳しい免疫メカニズムの論文までをまとめて取り上げます。また、今日紹介したリスク遺伝子のヨーロッパでの拡大の論文も取り上げます。
まずはZoomで収録して、その日のうちにYoutube で配信します。Zoom参加希望の方は連絡してください。ポスター案をGPT-4に作って貰いましたが、どぎつすぎると思います。