8月5日 気になる人体実験:1)生まれつき全盲の視覚野機能、2)リーシュマニア感染実験(7月30日 米国アカデミー紀要、8月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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8月5日 気になる人体実験:1)生まれつき全盲の視覚野機能、2)リーシュマニア感染実験(7月30日 米国アカデミー紀要、8月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年8月5日
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人間で調べてみないとわからないことは多い。中でも脳や免疫系のように複雑なネットワークを形成しているシステムでは、その重要性は一段と高い。そこで、この1週間で目にした人間についての研究を2編紹介する。

まず最初のワシントン大学からの論文は、様々な理由で生まれつき視力が失われた8人の成人(23歳から54歳まで)の、本来なら視覚に使われる一時視覚野 (V1) が、全盲の方ではどのように使われているのか、MRI による機能的結合性検査で調べた研究で、7月30日 米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。

この研究では視覚情報を伝える文章を聞かせたとき、V1 と機能的に結合している領域を FC と定義し、各個人の FC を測定している。そして、それぞれの個人については、最初の検査から3年間にわたって1年ごと検査を繰り返し、V1 との FC の変化を追跡している。

これまで、視覚野として使わなくなった V1 は、様々な感覚情報の処理にフレキシブルに使うようになるという考えと、成長過程で様々な領域と安定な FC を形成しているとする考えが存在しており、最初の考えが正しければ、同じ個人で V1 の FC は変化するし、逆にあとの考えが正しいとすると、V1 との FC は個人ごとに異なり、また3年間同じパターンが維持されることになる。

結果は後者で、V1 との FC を個人の特定のデコーダーとして使え(90%の正確性)、しかもそのパターンは個人ごと、3年間ほぼ安定に維持されていることが明らかになった。

それぞれの個人でどのように使われるのか、などはほとんど解析されていないが、ずいぶん昔、生理研の定藤さんの、点字は V1 領域を活性化すると言った研究をはじめとして、多くの研究があるので、そちらを参考にしてほしい。ともかく、成長過程で全盲の方は V1 を個人個人で新しい領域として開発し、それを維持していることがわかった。今後は、いつ頃このパターンが固定されるのか、また成人に達してからの可塑性はないのかなど、この研究を基礎に新しい研究が進むと期待される。

ガラッと変わって次の論文は、条件を整えれば病原体の人間への感染実験は可能かどうかを調べた英国ヨーク大学を中心とする治験研究で、8月2日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Safety and reactogenicity of a controlled human infection model of sand fly-transmitted cutaneous leishmaniasis(コントロールされたサシチョウバエにより媒介される皮膚リーシュマニア菌感染実験の安全性と反応性)」だ。

リーシュマニアは細胞内寄生原虫による感染症で、ほとんどは皮膚でとどまるが、瘢痕化による様々な障害を引き起こす。また、中には治りにくい、あるいは先進に広がるリスクを持つ原虫の種類も存在する。面白いことに、中東やソビエトでは感染創からリーシュマニア原虫を採取し、ワクチンとして使われ、効果が示されており、現在ワクチン開発が進んでいる。

このワクチンのテストを、感染地域で大規模治験として行うことも可能だが、患者数や費用のことを考えると、限られた治験でワクチン効果を確かめたい。そのためには、比較的全身症状をほぼ起こさない種類の原虫を、極めて限られた皮膚領域に感染させ、発症や免疫反応を調べる人体を用いたシステムが必要になる。

この研究では、14人の健康ボランティアを募り、サシチョウバエで植え継いできたリーシュマニア原虫を、3mm強の大きさの部分に感染させたその後の経過を調べている。2例では全く変化が見られなかったが、残りの12人では、典型的皮膚症状が誘導され、バイオプシーでリーシュマニア原虫陽性が確認されている。以上の結果から、皮膚感染による皮膚症状発症は、82%の確率で起こることを確認している。

発症後、10例の患者さんは感染場所を治療目的で除去しているが、3例で4−8ヶ月後に再発が見られ、リーシュマニアが確認されている。ただ、これらも部分的に低温にするクライオ治療で完治しており、慢性感染へ移行した例はないが、しかしコントロールされた感染実験でも完全に経過を把握することは難しい。また、この10例全てで瘢痕形成が見られた。

とはいえ、重症の皮膚症状はほとんど見られず、軽度な潰瘍を示した1例だけだった。ただ、かゆみが強く、ひっかいた結果の感染症は3例に見られている。

あとは組織上で多くの遺伝子発現を同時に調べる方法を用いて、バイオプシー領域の解析を行っているが、感染症の形成にケモカインが重要な働きをしていることや、皮膚ケラチノサイトのリモデリング分子と潰瘍の関係などを除くと、特殊な感染症としての明確なメカニズムにつながる結果ではない。

以上、リーシュマニア感染症実験が可能になると、限られた人数のボランティアでワクチンの効果が確かめられる可能性がある。しかし、感染を完全にコントロールする難しさもよくわかる論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ