8月15日 欠陥エイズウイルスでエイズウイルス感染をコントロールする(8月9日 Science 掲載論文)
AASJホームページ > 2024年 > 8月 > 15日

8月15日 欠陥エイズウイルスでエイズウイルス感染をコントロールする(8月9日 Science 掲載論文)

2024年8月15日
SNSシェア

エイズが問題になり始めた1980年代からエイズ研究を見てきたが、当時、訳のわからない死の病だったエイズも、いくつかの薬剤を組み合わせる抗レトロウイルス療法 (ART) の開発によって、患者さんも免疫不全から解放され、死の病ではなくなった。とはいえ、HIV を体内から除去する方法は達成しておらず、患者さんは一生涯 ART 治療から解放されないため、現在ワクチンや、遺伝子操作をはじめとする、ART から患者さんを解放する方法の研究が進められている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、毒をもって毒を制するというか、欠陥エイズウイルスを感染させて、エイズウイルスの増殖を邪魔する方法の開発で、8月9日号 Science に掲載された。タイトルは「Engineered deletions of HIV replicate conditionally to reduce disease in nonhuman primates(HIV に欠損を導入して感染させるとサルのエイズ症状を抑えることができる)」だ。

ウイルス感染が続くと、欠陥ウイルスゲノムができて、これがウイルスとして放出することで、病原性ウイルスの伝搬が防がれるという現象は、特に RNAウイルスで観察されてきた。従って、エイズでも欠陥ウイルス感染が持続感染することで、病原ウイルスの増殖を一定程度抑えられるのではと期待される。しかし残念ながら、エイズウイルスではこのような現象はほとんど報告されてこなかった。

そこで、CD4T細胞が持続的に供給される長期培養系で、蛍光ラベルした HIV を感染、維持する実験系を作成し、100日間培養を続けると、HIVウイルスの増殖とT細胞数が逆相関的に上下を繰り返しながら HIV感染を維持できるが、50日目ぐらいから、HIVの数が持続的に低下する状態が生まれる。このときに、欠陥ウイルスが発生したと予想し、このときに発生した HIV を調べると、2回実験を行って2回とも、Pol遺伝子の一部から、vif、vpr修飾遺伝子が欠損したウイルスが発生していることがわかった。

この欠陥ウイルスは HIV と同時に感染させると、試験管内でのウイルス増殖を抑えるが、効果が長続きしない。そこで、自然発生した欠陥ウイルスをさらに操作して、増殖や感染性を高めたウイルスTIP-2 を完成させている。このウイルスでは、最初の欠損により除去された central polypurine tract と呼ばれるプラス鎖合成に必要な部位を再導入し、tat、 rev調節遺伝子から env構造遺伝子まで除去している。この結果、感染すると、病原性を持つ完全な HIVウイルス粒子ができるのを邪魔するとともに、自らもウイルス粒子に取り込まれて CD4T細胞に感染し、感染した細胞で病原性HIVウイルスの増殖を抑えることで、トータルの病原HIVウイルス量を抑えると期待できる。

実際の身体の中でも、理論通りトータルのウイルス量を抑え、免疫不全の発生を抑えられるか調べるため、サル型エイズウイルスモデルで、TIP-2 を前もって投与すると、致死量のサルエイズウイルス感染でのウイルス量を低下させ、ART なしにサルの生存を維持できることを明らかにしている。

この動物で血中ウイルス量を調べると、1例で全く低下が見られず死亡したケースを除くと、大体ウイルス量を 1/1000 に抑えることに成功している。さらに、免疫不全の発生が抑えられることから、HIV粒子に対する抗体の産生もコンスタントに見られる。

あとは人間の CD4T細胞培養を用いたモデル系で、ART を使っている患者さんが治療をやめたときに、HIV産生量を抑えられるか、あるいは T細胞数が保全されるかなどを調べ、最終的に人間でも一回の注射で、HIV をコントロールできる可能性は高いと結論している。

実際には HIVウイルスを除去できるわけでもないし、欠陥ウイルスも感染するので、飛び込んだゲノム部位に応じて様々な問題が起こることは理論的に予想できるが、例えばサハラ以南のアフリカで治療を受けられるのは今も50%程度にとどまっていることを考えると、一回の注射でトータル HIV ウイルス量を落とす治療は魅力的だ。100日間 CD4T細胞を飼い続ける培養で発見した執念の欠陥ウイルスなので、ぜひ治験にまで進んでほしい気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ