骨髄幹細胞は骨髄にとどまって様々な血液細胞を作り続けるが、一部は骨髄を離れて血液に流れてくる。これを利用したのが末梢血幹細胞移植で、動員される幹細胞の数を増やすために、G-CSFを前もって投与する。この末梢血幹細胞でも十分造血系再建が可能なため、何故ある幹細胞は骨髄にとどまり、同じ能力のある幹細胞が骨髄から離れるのか、明確な答えはなかった。
今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学からの論文は、マクロファージから骨髄局在のための分子を、膜の断片が移行する Trogocytosis により獲得した幹細胞が骨髄に残りやすくなるという、意外な事実を示した研究で、8月6日 Science に掲載された。
元々このグループは骨髄内のマクロファージが血液幹細胞の骨髄局在を決める重要な要因であることを研究していた。その中で、血液幹細胞をマクロファージのマーカー F4/80 でさらに2群に分けることができることを見いだしていた。各群を移植して幹細胞の機能を調べると、F4/80 陰性群の方が再建能は高いが、分化能ではほ同じといえた。
次にG-CSFを投与したときの動員を調べると、動員されるのはほとんど F4/80 陰性幹細胞で、F4/80 陽性群は骨髄から動員されにくいことがわかる。面白いことに、老化マウスでは F4/80陽性 の細胞が低下する。
表面マーカーを用いて血液幹細胞をさらに分別するのは血液学の王道で、遺伝子発現の違いを調べた普通の仕事になるのだが、この研究では F4/80 だけでなく、いくつかのマクロファージマーカーが同時に発現していることなどから、遺伝子発現の違いではなく、マクロファージの膜成分が膜ごと幹細胞に移行する Trogocytosis により分子が移行するのではと着想し、これを確認するための様々な実験を行っている。
決め手になるのは、ドナーとレシピエントの血液を区別できるようにして、幹細胞移植を CD169 / 蛍光分子を発現しているレシピエントに移植すると、ドナーの血液幹細胞の中に、レシピエント由来の蛍光分子を取り込んでいる細胞が存在することを示した実験で、これによりマクロファージから何らかの機構で様々な分子を取り込んだ幹細胞が、骨髄に局在する能力を付与されている可能性が示唆された。
マクロファージから幹細胞へと分子が移行するするメカニズムとして、一番ポピュラーなのはエクソゾームを介する伝搬だが、エクソゾーム形成を阻害しても、分子移行が起こること、さらに培養実験から、細胞と細胞が接着することが移行に必須であることを示し、エクソゾームではなく、Trogocytosis によりマクロファージ分子が幹細胞に移行すると結論している。
この移行により、骨髄内局在を決めることが知られている CXCR4 が幹細胞に移ってくると、より骨髄への局在化が促進されると結論している。そして、Trogocytosis には c-Kit の発現とシグナルが関わっており、シグナルを薬剤で阻害すると分子移行は低下する。すなわち、幹細胞の中でも c-Kit 発現の高い幹細胞ほど Trogocytosis が高まり、マクロファージ由来分子を獲得しやすくなると結論している。
以上は全てマウスの話なので、最後に人間の骨髄でも同じ現象が見られるのかを調べており、c-Kit の発現が高い集団ほど、マクロファージマーカーを発現していること、また末梢に流れてきた幹細胞にはマクロファージマーカーの発現が低いことを示し、人でも同じことが起こっていると結論している。
結果は以上で、転写の違いでないという点についてはさらに実験が必要だと思うが、Trogocytosis のような意外なメカニズムが骨髄局在を決めているとすると、骨髄幹細胞の動態を一から見直す必要がある。