神経的に食事を拒否するため極端に体重が減少し、10%近い患者さんが死に至る病気は、神経性食思不振と我々の頃は習ったが、検索してみると最近では神経性やせ症と呼ばれている様だ。どちらもAnorexia Nervosa (AN) となっているので同じ病気と考えていいのだろう。AN だけでなく、食事をする気にならない症状は抗ガン剤治療でも起こり、有効な治療法の開発が急務になっている。
今日紹介するフランス INSERM からの論文は、ちょっと変わったメカニズムで症状を軽減できるかもしれない治療法の研究で、8月14日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Acyl-CoA binding protein for the experimental treatment of anorexia(食欲不振に対する Acyl-CoA 結合タンパクを用いた実験的治療)」だ。
Acyl-CoA は TCA サイクルと脂肪代謝をつなぐ必須の補酵素だが、この輸送に関わると考えられている結合タンパク質 (ACBP) が AN で低下することが知られていた。この研究ではまず AN 患者さんのコホートを重症者と軽症者に分けると、体重減少で入院が必要な患者さんのほとんどで ACBP の血中濃度が低下していることを確認している。
次に動物モデルとして、強いストレスを与えて食欲を抑える実験系でも、ACBP が低下することを確認し、今度は逆に血中の ACBP を上昇させると食欲が出ないか調べている。
実際静脈に ACBP2 を注射すると、食欲が回復して体重減少を抑えられるのだが、よりストレスのかからない方法として、肝臓に遺伝子を発現させる LIVE ベクターを用いて、ビオチンを注射したときに ACBPが末梢血に現れる様操作した遺伝子を、ACBP 欠損マウスに導入し、ACBP の食欲や体重に対する影響を調べている。結果は同じで、血中 ACBP が上昇すると、食欲が出て、体重減少が防がれる。この効果は、抗ガン剤シスプラチンを投与したときに起こる食欲減少も抑えてくれる。
面白いのは、ACBP は脳血管関門を通らず、例えば GLP のような食欲中枢に直接働く効果を持たない。逆に、脳に投与する実験では ACBP は食欲を抑えることがわかっており、末梢での上昇と中枢での上昇の効果が全くことなる。
詳細は省くが、ACBP の効果の背景にあるメカニズムを様々な角度で調べ、ACBP2 の効果はグルコース濃度を一定にすることで消失することから、グルコース代謝を変化させることが最初のトリガーになっていることを明らかにする。
ここからの経路は明確ではないが、この肝臓内での変化が神経炎症の原因になる GDF15 や lipocalin-2 の合成を抑制し、その下流にある食欲を抑えるメラノコルチン受容体の活性化を抑えることで、食欲を正常化させる。さらに、コルチゾンやノルエピネフリンの様なストレスホルモンも正常化する働きがある。
結果は以上で、さらにメカニズムの詳細がわかれば、他の薬剤開発も可能かもしれないが、生体タンパク質で副作用に問題がなければ、とりあえず ACBPを、他の方法が効かない患者さんに使ってみる価値はあると思う。これは AN だけでなく、抗ガン剤治療の食思不振を抑えることは最重要課題だ。