アルツハイマー病(AD)の誘導因子はアミロイドβ や異常Tauタンパク質であるとしても、最終症状につながるのは神経細胞死やシナプス機能異常で、この過程を抑制する治療法の開発も AD 克服の重要な鍵になる。その典型が最近紹介した細胞質内のカルシウム濃度を調節する仕組みを正常化して神経細胞死を防ぐ治療で(https://aasj.jp/news/watch/24592)、大いに期待している。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、アストロサイトの代謝を改善することで AD の症状を改善することができる可能性を示した研究で、8月23日号 Science に掲載された。タイトルは「Restoring hippocampal glucose metabolism rescues cognition across Alzheimer’s disease pathologies(海馬のグルコース代謝を正常化することでさまざまなアルツハイマー廟の認知機能を正常化できる)」だ。
この研究では最初からアストロサイトに存在し、神経細胞には存在しない indoleamine-2、3-dioxygenase 1 (IDO1) に焦点を当てて研究を始めている。IDO1 はトリプトファンを生理活性のあるキヌレニン (KN) に変換する。最近の研究で AD アストロサイトで IDO1 や KN が上昇していることが知られており、これがアストロサイトの神経保護作用に影響があるのではと着想している。
標識分子を用いたトレーサー実験など、実験は多岐に渡り読むのは大変だが、結論は極めて分かりやすい。そこで実験の詳細を飛ばして、結論だけを箇条書きにしていく。
- アミロイドβ や Tau の異常タンパク質は神経細胞だけでなく、アストロサイトにも働き、メカニズムは明確ではないが IDO1 の発現上昇、その結果として KN 合成が高まる。これは、培養でも、AD モデルマウスでも、またヒト iPS 由来アストロサイトでも観察できる。
- IDO1 阻害剤を用いると KN の合成を止めることができる。
- KN はダイオキシンとも結合することで知られている AhR と結合し、核内への移行を媒介する ARNT との結合を高める。この結果、AhR の下流の遺伝子発現が起こるが、AD に関わるのは AhR そのものではなく、AhR により ARNT の利用率が低下した HIF1α の働きが低下することで、この結果グルコースの分解が低下し、TCA サイクル活性が低下する。
- では、なぜアストロサイトのグルコース分解の低下が、神経細胞に影響するのかが問題になるのか?これまでの研究でアストロサイトは乳酸を分泌して神経細胞の代謝を助けていることが知られており、アストロサイトでグルコースが分解されて作られるピルビン酸から乳酸の合成が低下すると、神経代謝を助ける効果が低下する。
- このようにアストロサイトの代謝補助機能が低下すると、神経細胞の長期記憶が低下し、さまざまな認知機能の低下が起こる。
以上の結論を、アミロイドや Tau によるアストロサイトの刺激、IDO1 上昇による KN 上昇、グルコース分解の低下による乳酸合成の低下、そして合成した乳酸による神経代謝補助に至るまで、実験を重ねて証明するとともに、IDO1 阻害剤により、AD による以上の経路を正常化できることを示している。
希望が持てる結果だと思うが、細胞内カルシウムを調節する機構を標的にした研究と比べ、一つ問題があるのに気がついた。すなわち、この研究では代謝やシナプス機能などの異常と、その治療については示されているが、AD の病理変化をこの方法で止められるか示されていない点だ。言い換えると、神経独自に進んでいく神経死過程を止めることができるか明確でない。もし機能的に神経を活性化して症状を軽減しているだけだとすると、神経細胞死を早める可能性すらあると思う。臨床試験前に、この点をはっきりさせることが重要だと思う。