腸は第二の脳と呼ぶ人がいるぐらい神経ネットワークが張り巡らされている。この神経が、腸管で血液系細胞と直接、間接に相互作用をするという論文が最近数多く発表されており、論文ウォッチでも一つの例を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/12553)。問題は、腸内には複雑な細菌叢が存在し、細菌叢と腸管神経との相互作用も存在することから(https://aasj.jp/news/watch/14134)、腸管内の神経と血液細胞の相互作用が直接的な関係かを調べることは簡単ではない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、腸管内に存在する様々な神経細胞を、光遺伝学的に活動させて起こる血液、リンパ系細胞の変化を調べ、直接的神経血液相互作用を探ろうとした研究で、8月2日号の Science に掲載された。タイトルは「A chemogenetic screen reveals that Trpv1-expressing neurons control regulatory T cells in the gut(遺伝子操作と化合物を用いる神経興奮スクリーニングにより Trpv1 発現神経が腸管の制御T細胞をコントロールすることを明らかにした)」だ。
この研究のハイライトは、クロザピンNオキシド(CNO)で刺激可能なデザイン受容体を、腸管に存在する神経群の種類ごとに(例えば感覚神経、運動神経、自律神経)遺伝子操作で発現させ、CNOを注射してそれぞれの神経を興奮させたときに起こる腸管の血液細胞の変化を調べている。
これまで発表されてきたように、確かに腸管神経細胞の興奮は、神経の種類特異的に血液細胞の変化を誘導する。例えばNOを分泌する腸管神経細胞は蠕動運動を抑えると同時に、炎症を誘導するTh17細胞を抑える。
逆にコリン作動性の運動神経が興奮する腸管内の白血球が低下する。またマスト細胞にも発現するMrgprd受容体を発現した神経細胞が興奮するとクラスIIを発現した単球が上昇する。ただ、それぞれの現象のメカニズムを明らかにするには時間がかかる。
そのため、この研究では興奮させたとき最も大きな変化を誘導した痛み受容体TrpV1を発現する感覚神経と、最も変化が大きかった制御性T細胞(Treg)の相互作用のメカニズムを探っている。
実際にはTrpv1神経を興奮させると、自然免疫に関わる細胞やCD8T細胞など、Th17以外のほとんどの細胞数が低下する。この研究では、最も変化が大きいTregに絞って、詳しく調べている。その結果、
- TrpV1陽性細胞のうち、脊髄後根を通る感覚神経がTreg細胞数を低下させる。これまで指摘されていた内臓感覚に関わる迷走神経求心路の興奮は血液細胞に影響がない。
- TrpV1感覚神経の興奮は、Tregにヒートショックタンパク質などストレス反応を誘導し、増殖を低下させる。おそらくこれにより、腸の免疫防御が高められる。
- TrpV1が興奮するとカルシトニン関連タンパク質(CGRP)が分泌され、これが一部のTregに発現しているCGRP受容体に直接働き、増殖を止める。
- TrpV1感覚神経とTregは定常状態で近接して存在し、腸内での刺激に応じて免疫系を調節している。
- その結果TrpV1の興奮により腸の炎症反応が高まり、腸管上皮のバリア機能が低下し、細菌が組織に侵入する。
以上が結果の主なもので、確かに神経興奮により腸内の血液細胞群がダイナミックに変化しているおかげで、腸が守られていることがわかる面白い研究だ。いずれにせよ、刺激物は控えるというのは生活の知恵だ。気になってTrpV1がアルコールにも反応するか調べたところ、閾値を変えるような作用がアルコールにはあるようで、とすると私の腸も基本的には炎症に傾いていると考えた方が良さそうだ。