例えば指が分かれるためには中間の細胞が消失する様プログラムする必要があるが、同じように我々の身体ではプログラムされた細胞死が至るところで起こることでホメオスターシスが維持されている。プログラムされた細胞死が起こると、その細胞は貪食により除去されるが、このとき働くのは貪食専門のマクロファージだけではなく、様々な細胞がマクロファージ様に変化して貪食することが知られている。例の一つが、2015年イェール大学から発表された論文で、毛根周期の休止期で細胞死が起こると、毛根内の上皮細胞が死んだ細胞を貪食するという発見で、貪食能が場合によって、普通の細胞に誘導できることを示している。
今日紹介するロックフェラー大学、フックス研からの論文は、休止期に毛根下部が消失する過程で、幹細胞が存在するバルジ領域での細胞死と貪食の様子と、そのメカニズムを明らかにした研究。さすがフッックス研と思わせる論文で、8月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Stem cells tightly regulate dead cell clearance to maintain tissue fitness(組織の適応性を維持するために幹細胞は死細胞の除去を厳密に調節している)」だ。
休止期の後期になると、毛根は下部を失い上部だけになるが、この過程を詳しく観察して、生き残る幹細胞が周りの死細胞を貪食することを確認している。その上で、本来存在しない貪食能がいつどうして誘導されるのか、休止期後期の細胞を取り出して遺伝子発現を調べ、死細胞とブリッジを作って取り込む過程に関わる分子が、この時期に誘導され、これら分子の阻害実験から、この新しく誘導された分子が隣の細胞だけ幹細胞内に取り込む働きをすることを明らかにする。
論文はここからが圧巻で、この貪食分子を誘導するマスター調節因子を探索し、ほとんどがレチノイン酸受容体 RXRα により調節されており、クロマチンの状態を調べる ATAC-seq によって、レチノイン酸シグナルにより急速にこれら遺伝子のクロマチンがオープン型に変化することを示している。すなわち休止期に、幹細胞のクロマチンが変化して RXRα シグナルに反応できる様になる。
マクロファージの貪食能も RXRα により調節されるが、ケラチノサイトの場合は RXRα と共同するパートナーが RXRγ で、これらが死細胞に隣接する幹細胞で強く誘導されていることから、死細胞自体が RXR 誘導因子ではないかと考え、幹細胞培養に死細胞を加える実験を行い、死細胞に由来する何らかの因子が幹細胞の RXR 誘導に関わることを突き止める。
次に、死細胞由来のシグナルを探索し、死細胞からでる lysophosphatidylcholin (LPC) とアラキドン酸(AA)が RXR 発現に必須であることを阻害実験から明らかにしている。一方、レチノイン酸は幹細胞の周りの上皮から供給されている。そして、LPC、AA、 レチノイン酸の3シグナルが揃えば、幹細胞の貪食能誘導に十分であることを試験管内で示している。
最後に、幹細胞の貪食能がなくなったとき、毛根はどうなるのかを調べ、幹細胞の代わりにマクロファージが進出してくるが、これは死んだ細胞が除去できないための自然免疫系活性化によるもので、幹細胞でも STAT3 や AP-1 活性化が起こり、損傷時と同じストレス反応が起こり、幹細胞の増殖が誘導されてしまうことを明らかにする。
結果は以上で、幹細胞が周りの死細胞を認識し、それを除去する毛根特異的な仕組みによって、死細胞による組織反応を抑え、最適の数の幹細胞とぞしょくを維持し、毛根サイクルを長続きさせていることがよくわかる。おそらくこれが狂うと、毛根が消失するはずで、ハゲのメカニズムにも間違いなくこのシステムは関わっていると思う。読み応えがある論文だと思う。