心房由来ナトリウム利尿ペプチドは1981年、カナダの de Bold により発見されたが、その後2年前に亡くなった松尾富三郎先生のグループにより、脳から BNP、CNP が単離された。利尿ペプチド研究の最大の臨床への貢献はなんといっても心不全マーカーとしての BNP が確立したことで、今やこの検査なしに心不全診療はあり得ない。
一方、最初期待された薬剤としての利用は CNP に限られ、軟骨無形成症に使われている。今日紹介するペンシルバニア大学と PharmaIN 社からの論文は、CNP をガン治療に使える可能性を示した前臨床研究で、8月21日号 Science Translatioal Medicine に掲載された。タイトルは「Modified C-type natriuretic peptide normalizes tumor vasculature, reinvigorates antitumor immunity, and improves solid tumor therapies(修飾した C 型ナトリウム利尿ペプチドはガンの血管を正常化し、ガン免疫を活性化し、固形ガンの治療を改善する)」だ。
CNP は脳から分離されたが、血管内皮や線維芽細胞で合成され、血管の構造や機能を高めることが知られている。この研究では、ガンデータベースでガン組織の CNP 発現を調べ、CNP の発現が低い患者さんの予後が悪いことを発見する。
そこで CNP をガン治療研究に使う目的で、血中の半減期を変化させた修飾型 CNP を作成し、皮下注射すると、正常な構築を持つ血管構成に必須の Angiopoetin1 (ang1) の合成が高まり、血管内皮の VE-cadherin 発現が高まる。一方で、血管新生を誘導する VEGF の発現は抑えられ、さらに組織の低酸素環境が改善される。
ガン組織の血管機能が回復するとガンを助け、転移を促進するのではと心配になるが、このブログでも何回か紹介したように、ガン血管を正常な構築に戻すことはガンを抑える方向に働くことが報告されている。
ガンを移植した動物を用いて CNP 投与実験を行うと、ガン組織の血管が増え、さらに血管透過性が低下し、ガン周囲の繊維化が抑えられる。そして、例えば膵臓ガンでは組織繊維化により強く抑制される T 細胞の腫瘍組織への浸潤が高まる。
この結果、他の治療を行わなくても、本来マウスが持っている免疫機能を用いてガンの増殖を抑えるようになり、CNP 単独治療で多くのガンの増殖を遅らせることができる。ただ、この効果は免疫系が存在しない RAG ノックアウトマウスでは観察できない。以上のことから、ガン組織の血管を正常化することで、本来の免疫機能が働けるようになることがわかる。
また、抗ガン剤や放射線治療を行うときも、CNP 投与で効果が高まる。抗ガン剤の場合、特に薬剤が腫瘍に届くことは重要になる。また、当然チェックポイント治療や CAR-T 治療と組み合わせると、その効果をさらに高めることができる。
以上が結果で、もちろん根治効果はないが、様々な治療のアジュバント治療として使える可能性がある。もしそうなれば、発見以来最も広く使われるナトリウム利尿ペプチドになる可能性はある。副作用について気になるところだが、マウスでは特に問題はないようだ。また軟骨形成不全に対してCNPと同じ作用を持つVosoritideが利用されていることを考えると、意外と使いやすいかもしれない。腫瘍間質を攻めることは、膵臓ガンでは最も重要な課題なので、期待したい。