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5月3日 Tauの神経生理学的解析(4月28日Cell オンライン掲載論文)

2025年5月3日
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アルツハイマー病 (AD) の腫瘍病理は異常Tauによるシナプス喪失、そして神経変性により形成されるとされているが、病理学的変化が起こるまでにシナプス伝達の低下や細胞内カルシウム制御異常が起こることも報告されている。

今日紹介する University College of London からの論文は、この問題に神経生理学的手法を用いてチャレンジした研究で、4月28日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Alzheimer’s disease patient-derived high-molecular-weight tau impairs bursting in hippocampal neurons(アルツハイマー病患者さん由来の高分子量Tauは海馬神経細胞のバースト発火を低下させる)」だ。

読んでみるとこれまでこのような研究が行われなかったのかと思うくらい、シンプルな問題設定を行い、実験を行っている。即ち、ADの海馬神経の生理学的変化をクラスター電極で検出することから始めている。人間でもマウスでも海馬の神経細胞の活動を記録すると、一本のスパイクとして検出される興奮とともに、興奮がクラスターしてみられるバースト発火が見られる。

これをアミロイドβとTauの両方の異常が起こるマウスの脳で記録すると、特にバースト発火が低下していることがわかった。ここまで読んで、こんな実験が今まで行われていなかったのかと驚くが、気にしないで進むことにする。

バースト発火の低下がアミロイドβの異常か、Tauの異常か、を調べるため、それぞれ単独の異常が起こるマウスで調べると、Tauの異常が起こるマウスのみでバースト発火の低下が観察される。従って、Tauが神経内でバーストを抑える働きをしていると想像される。

そしてこの論文のハイライトになると思うが、このバースト発火の低下は、Tauの凝集が始まるよりずっと前に検出される点で、おそらくTauのリン酸化が始まる時期にすでに生理的変化として現れ、その後凝集によるシナプス喪失や神経変性に繋がっていくと考えられる。そして、この生理学的変化はCAV2.3カルシウムチャンネルの発現がTauにより低下させられる結果であることを明らかにしている。

そして、Tauが神経細胞のバースト発火を抑えることを直接示すため、神経生理学の極致と言える実験を行っている。即ち、マイクロピペットで様々な形のTauを細胞内に導入し、その神経のバースト発火を検出している。この結果、リン酸化を受けて多量体を形成し始めているが、まだ繊維状の凝集には至っていない可溶性の高分子Tauを細胞内に導入したときに、CAV2.3タンパク質の発現低下とそれに伴うバースト発火の低下が起こることを突き止めている。

結果は以上で、おそらくTauを細胞内に直接注射したあと、長時間神経活動を連続記録した研究は初めてではないだろうか。最近紹介したようにリン酸化Tauは早期からAD患者さんの血清に見られる。このように早くからリン酸化Tau、そしてその結果としての高分子Tauによるバースト発火の抑制が見られるとすると、ADでの認知障害は少なくとも生理的変化の段階と病理的変化の段階の2段階に分けて考える必要があるだろう。今後生理学的変化がADの症状や進行にどの程度関わるかなど、生理学的異常の意義を詳しく知る必要がある。特にCAV2.3の役割とADの関わりを解析することは重要だ。もし、この段階が明らかにシナプス喪失や神経変性と直接繋がっているなら、この時期を標的にすることでADの予防が可能になるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 「2度目のワクチンは初回と同じ側の腕に打つべし」の根拠(4月24日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月2日
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オーストラリアは伝統的に免疫学に強みを持っており、学生時代からM.Burnetやその弟子のNossal 、また胸腺の役割を解明したJacque Millerが活躍していた。個人的印象と断っておくが、ユニークな方法論を駆使して仮説を証明する研究が多い様な気がする。例えば、リンパ節の輸出リンパ管から流れてくるリンパ球を集めてリンパ球が再循環していることを示した研究などはその典型だろう。

今日紹介するオーストラリア シドニーにあるGarvan医学研究所からの論文は、リンパ節内でのメモリーB細胞の動きをモニターする独自の技術を用いて、抗原を注射した側のリンパ節でのメモリーB細胞の動きが抗原を経験しないリンパ節とは全くことなることを示し、ワクチン接種で2度目のブーストは同じ側の腕に行うことが重要であることを示した研究で、4月24日 Cell にオンラインに掲載された。タイトルは「Macrophages direct location-dependent recall of B cell memory to vaccination(ワクチンに対する局所依存的B細胞メモリー反応はマクロファージにより指示される)」だ。

コロナワクチンは最初は2回に分けて接種され、まずプライミングで記憶を誘導したあと、もう一度ブーストでB細胞メモリーの強い反応を誘導するプロトコルがとられた。Gowansたちが発見したように、メモリーB細胞は再循環するので、2回目のブーストは同じ腕に接種する必要がないように思われるが、実際には局所に免疫メモリーがより多く残存している可能性を考え、同じ腕にブーストすることが勧められていたと思う。私も聞かれたとき、同じ腕の方がいいと思うと答えていた。

この研究はこの問題を動物と人間を用いてメカニズムレベルで解明しようとしている。使われたのはこのグループが独自に開発した、リゾチーム抗原に対するメモリーB細胞をリンパ節内でライブイメージングする技術で、ホストと区別できるB細胞を注射したマウスの片方の脇腹に抗原を注射、支配リンパ節でのメモリーB細胞の行動を追跡している。

生きたマウスのリンパ節で、ここまで美しいイメージングが可能なのかと驚くが、抗原を注射した側のリンパ節 (dLN) での動きは反対側のリンパ節 (ndLN) と全くことなっていることが明らかになった。即ちdLNではメモリーB細胞はマクロファージが並ぶリンパ節被膜近くを移動し、あまり胚中心には移動しない。一方ndLNでは通常の再循環型のメモリーB細胞の示す行動、即ち皮膜から胚中心までまんべんなく移動している。この移動は被膜下のマクロファージ層により調節されており、CSF-1受容体をブロックしてマクロファージ層の形成を妨げると、メモリーB細胞の動きは止まってしまう。

この抗原でプライムされた側のdLNのメモリーB細胞とマクロファージ層との相互作用は、次のブーストの結果に大きな影響を持つ。抗体反応ではなく、リンパ節内でのB細胞の反応を調べるとdLNでは抗原特異的メモリーB細胞の増殖は10倍以上になり、これはブーストを受けたdLNでメモリーB細胞が速やかに胚中心に移行してT細胞などと相互作用する結果であることがわかる。このことから、ブーストに対するメモリーB細胞の反応は抗原でプライムされた側で圧倒的に高く、これに抗原に暴露されたマクロファージが関わることが示された。しかも、ブーストにより胚中心へと速やかに移行するため、抗体の親和性をブーストに合わせて調節することも可能になる。即ちバリアントの抗原にも対応できるようになる。このとき、抗原でプライムされたT細胞は当然重要な働きを演じているが、胚中心へをメモリーB細胞をリクルートするのはあくまでも被膜下のマクロファージだ。

この行動の差を誘導する分子メカニズムを探索しているが、おそらく様々な相補的分子がマクロファージとメモリーB細胞で働いて、B細胞の移動を決めていると考えられる。実際、接着因子やケモカインなど様々な分子の発現がdLN側で上昇している。

そして最後に以上のマウスの結果を人間のCovid-19ワクチンで試している。即ち、一回目の摂取の後、2回目を同じ腕と、反対側の腕に接種するグループに分け、ブースとした後抗体価をを調べると同時に、リンパ節のニードルバイオプシーを行い、細胞の反応を調べている。

結果は予想通りで、抗体価で見ると同じ腕にブーストした方が早く強い反応が得られる。また、他のコロナウイルスバリアントに対する反応も同じ腕にブーストした方が誘導できる。そして、この反応の違いが胚中心のメモリーB細胞の増殖がdLN側で強く起こっている結果であることを示している。

以上が結果で、ワクチンは同じ腕に接種する方が良いことをメカニズムレベルで示した面白い研究で、オーストラリア免疫学の伝統の感じられる研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 言語、文化、宗教の共有で人々がまとまったフェニキアという進歩した国家形態(4月23日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月1日
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4月23日 Nature にオンライン紹介されたフェニキア人ゲノムに関する論文は、すでに多くのメディアや研究者により紹介されており、わざわざ私が紹介するまでもないとスキップする気でいたが、読んで興奮したのとフェニキアに対して私なりに調べたことがあったので、独断と偏見をいとわず自分流に紹介することにした。

まずこの論文はハーバード大学のゲノム歴史学の世界の中心と言っていいDavid Reich研究室から発表された論文だ。Reich研究室からの論文はこのホームページでも何度も紹介したが、古代ゲノム科学としてだけでなく、歴史書を読むような興奮を経験できる論文が多く、ゲノム時代のシュリーマンと密かに名付けていた。事実、Reichグループからの論文は、伝聞などの歴史的記録が存在して考古学的議論が行われている歴史的事象を選んで、伝聞についての議論をゲノムから確かめ直す研究が多い。

今日紹介する論文はフェニキアを研究対象としており、フェニキアという都市国家がどう成立していたのかについて100体に上るゲノムを詳細に解析して調べている。タイトルは「Punic people were genetically diverse with almost no Levantine ancestors(ポエニの人たち(フェニキア人)は遺伝的に多様でレバントの先祖とはほとんどつながりがない。)」だ。

論文の紹介の前に、私がフェニキア人に興味を持っていた理由についても述べておく。理研CDBを退職したあと5年ほどJT生命誌研究館の顧問を務めていたが、その時、頭の整理をかねて、ゲノム科学、生命誕生、ゲノム進化、脳進化、言語誕生、そして文字誕生に至るまで、当時の論文を読みあさって自分なりの考え方をまとめた。このときの蓄積が分野を超えて論文を理解するのに本当に役立っているが、生命誌研究館最後の1年前は文字の誕生に集中して調べた(JT生命誌研究館のHPからも見られるが、このHPでも再掲しているので読んでいただきたい*https://aasj.jp/news/lifescience-current/11129)。この時、母音のないフェニキア文字を自分の言語に適応させる過程で最初の表音文字ギリシャ文字が発明される経過に一章を割いてまとめているが、地中海に散らばった2つの都市国家の文字を中心とする文化力に驚いていた。

当時からフェニキア人は、言語、文字、文化、そして宗教まで共有する集団だが、民族的には単一でないと考えられていたが、そのルーツは現在のイスラエル、レバノンに相当するレバント人を地中海へ分散する過程で地元民を巻き込んで形成された都市国家ではないかと考えられてきた。

この研究では、紀元前5−8世紀にかけて地中海に散らばったフェニキア人都市に埋葬されている骨からDNAを分離し、最低2万以上のSNPが解読できた157人のゲノムを解析している。もちろんゲノムだけでなく、炭素同位元素による正確な年代測定を行うとともに、同じ場所から出土したゲノムについては詳しい家族関係まで調べている。

結果は明確で、フェニキア人と確認できるこれらの人たちのゲノムは多様で、フェニキア人としてのゲノム統一性はほとんど存在しないことがわかった。そして、フェニキア人の由来とされるレバントのゲノムは、レバント近辺で都市国家を形成したフェニキア人には受け継がれているが、他のフェニキア都市にはほとんど見つからない。

逆に、フェニキア都市が形成される前の先住民のゲノムと比べると、それぞれの都市のフェニキア人には先住民のゲノムが受け継がれていることがわかった。即ち、フェニキア人がレバントから移動して地中海に植民都市を形成したのではなく、様々な形でフェニキア文化が伝えられ、各地で文化を共有した人たちによってフェニキア都市が誕生していることがわかる。

もちろん文化は人によってもたらされることから、極めて少ないが(今回の研究では3人)、レバントのゲノムを持つゲノムが、他の地域から発見されている。このようにフェニキア文化はおそら宗教のように伝えられていったのではないだろうか(と私には見える)。また、フェニキア都市間では主に男性の移動があった証拠もさまざま見つかっており、例えば、Y染色体の多様性が大きいことは、航海を通して少ないが男性の交流が存在したことを示している。さらに、7親等以内の親戚関係にある個体がシチリアと北アフリカのフェニキア都市に海をまたいで見つかっており、都市間で男性の移動はあったと考えられる。

他にも近親相姦の頻度なども調べているが、今回は割愛する。以上紹介した結果だけで本当に興奮する。即ち文化が異なる民族にそっくり伝わって、フェニキア人の統一性が成立している点だ。即ち、優れた文化や経済は人間をまとめる力があり、生殖とは無関係に、脳のレベルでフェニキア人が拡大したことになる。これに宗教がどのような役割を演じたのかも興味を引く。

カルタゴとギリシャの戦争の例からわかるように、もちろん文化の共有だけで国家を維持していくのは簡単でない。ただ、数百年にわたってこのような都市国家が維持されたことも確かで、それを可能にした要因について、今度は考古学から新しい視点が生まれることを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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