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5月13日 気になる臨床研究3題(5月29日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2025年5月13日
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最初の論文は米国イェール大学からで、自然に存在するファージを用いて治療が難しい緑膿菌感染症を抑えようとするコンパショネート治療研究で、4月29日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

嚢胞性線維症や汎細気管支炎で緑膿菌感染が合併すると予後不良の原因になる。マクロライド系抗生物質の少量継続投与が行われるが、根治は望めない。私も卒業したての頃、一人患者さんを持ったことがあるが、無力を感じた。

この研究では嚢胞性線維症で緑膿菌感染を合併した9人の患者さんに、それぞれが感染している緑膿菌を溶菌させられる自然に存在するファージウイルスを選んで、それをネブライザーで1日2回7−10日吸引させ、喀痰中の菌を指標にした感染改善の有無と肺機能を調べている。

結果は期待できるもので、全ての患者さんで2週間目の喀痰中の緑膿菌数は大きく減少しており、治療をやめても30日まで維持されている。治療後に突然変異によるファージへの抵抗性が発生するケースが多いが、一方で併用している抗生物質への感受性が上がることで長期効果が見られるようだ。

さらに勇気づけられるのは、一秒率などの肺機能が少し改善する点で、今後プロトコルを工夫した治療法へと発展できる可能性は高い。

次の論文はImmatics US社を中心としたドイツ、米国の研究グループによるメラノーマへT細胞治療治験で、4月9日 Nature Medicine にオンライン掲載された。

T細胞治療の代表はCAR-T治療だが、どうしても固形ガンを苦手としている。この研究では、代わりにほとんどのメラノーマで発現している抗原に対するT細胞受容体 (TcR) 遺伝子をレンチウイルスベクターに組み込んで患者さんのT細胞に導入し、それを静脈注射する方法になる。

要するに特定のTcRを持つT細胞を増殖させて移植するのと同じなので、組織適合性抗原とペプチドを認識することから、この治験の場合患者さんは全てHLA-A*02を発現している人に限られる。このタイプは日本人の60%が保有している頻度の高い組織適合性抗原だ。

この研究ではメラノーマが発現している胎児性抗原PRMEの特定のペプチドに反応するT細胞からTcR遺伝子をクローニング、それをレンチウイルスに組み込んで、CAR-Tと同じようなプロトコルで患者さんに投与している。

胎児性抗原ペプチドなので、自己免疫性の副作用が出るかが気になるが、投与前のリンパ球除去方などによる副作用が中心で、十分マネージ可能としている。一方、効果の方だが病気の進行を1年以上抑えることが多くの患者さんで可能になっている。また、ガン組織に移植したT細胞が浸潤しているのも観察している。

このようにガン抗原が高い頻度で発現している場合、TcR自体を導入する方法は、特に固形ガンで期待できる。

最後のベルギーLeuvenカソリック大学からの論文は少し風変わりで、料理の方法が健康に及ぼす影響を調べた治験で、5月20日号 Cell Reports Medicine に掲載された。

グリルやオーブン調理のような直火による料理法では還元糖とアミノ酸が反応して、肉を焼いたときに見られる褐色のメラノイジンが発生するメイラード反応が起こる。このとき発生する分子はdietary advanced glycation end products (dAGEs) と呼ばれているが、健康への影響が議論されている。

この研究では22人の被検者を募り、無作為化したあと半分にはグリルやオーブンによる料理を自由に食べさせ、もう片方にはスチームやボイル以外の料理法を禁じ、1週間後のdAGEsを含む様々な検査を行い、dAGEsの健康への影響を調べている。

当然のことながら焼く料理を続けた方が血中の様々なdAGEs濃度は高まる。ただこれにとどまらず、血中のトータルコレステロールがや、dAGEsのレベルと比例して上昇するので、食事はその内容だけでなく、料理法も重要な要素となることがわかる。

他にもdAGEsの低い調理法では健康のバロメータとされるAE-BPの血中濃度が上昇することも示しており、様々な面で焼かない料理は身体に良さそうだ。

以上、要するに料理法まで考えて健康を維持することの重要性を訴える研究だが、トーストの焦げ目や焼き肉を完全に諦めるのは難しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月12日 エイズを防ぐ遺伝子変異は新石器時代に東ヨーロッパで発生し、青銅器時代に正の選択を受けてヨーロッパに広がった(5月5日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月12日
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このブログでも何回か紹介しているが、ケモカイン受容体CCR5の32bp欠損変異がおこるとHIVウイルスの侵入が起こらなくなるので、この変異に血液細胞を置き換えることでエイズを治すことができる。そして、この変異の頻度はヨーロッパで10%を超す顧問バリアントの一つになっている。これまでの集団遺伝学的解析から、この変異の発生はドイツ北部で比較的新しいとされていた。

ところが今日紹介するデンマーク大学からの論文は、この変異 (CCR5Δ32) は東ヨーロッパで7千年ほど前に発生し、2000年前までに急速に頻度が増加したことを明らかにした研究で、5月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Tracing the evolutionary history of the CCR5delta32 deletion via ancient and modern genomes(CCR5Δ32変異の進化史を古代及び現在のゲノムから追跡する)」だ。

これだけ多くの古代ゲノムが集まったらCCR5Δ32頻度を調べるのは簡単だろうと思うが、実はそうではない。元々短い欠損は検出しにくい上に、古代ゲノムは分断されており短い配列を読んでマッピングする古代ゲノム解析ではさらに検出が困難になる。

そこでこの研究では、まず現代人でCCR5Δ32が存在する領域を詳しく解析し、この変異と強く連鎖している多型の比較から、CCR5Δ32変異が起こるまでの遺伝子型(ハプロタイプ)の進化を調べ、CCR5Δ32変異が見られるAハプロタイプは、Bハプロタイプから比較的新しくヨーロッパで発生したことを確認する。

次にCCR5Δ32と100%連鎖するAハプロタイプ上の多型を4種類特定し、これらの多型が揃ったAハプロタイプはCCR5Δ32を持つと予測できることを現代人ゲノムで確認している。即ち、CCR5Δ32を直接検出できなくてもその存在を他の多型から推定できることを明らかにしている。

この推定方法を用いて900体にも及ぶ古代ゲノムを改めて解析してCCR5Δ32の発生時期と、その頻度の変遷を調べると、9千年から7千年前の間のどこかでCCR5Δ32は発生し、7千年前から2000年前に駆けてヨーロッパで急速に頻度が上昇した、即ち正の選択を受けたことを明らかにしている。ただ、その後、頻度はほとんど安定しており、正にも負にも選択圧として働いていないことがわかる。また、CCR5Δ32の地理的な頻度の分布から、この選択はコーカサス及び東ヨーロッパの狩猟詐取民族の移動とともにヨーロッパ及びロシアへと拡大したことが明らかになった。

結果は以上で、CCR5Δ32を持つことが生存に有利な条件が、青銅器時代に発生したことを示唆するが、これをすぐHIVの様なウイルス感染が当時起こったと考えることは難しい。というのも、CCR5遺伝子領域にはCCR3、CCR2及びCCRL2とケモカイン受容体やケモカインが存在しており、またCCR5Δ32自体と強く連鎖している多型が多く存在する。従って、エイズのような直接関わりのある感染症だけでなく、様々な免疫疾患と関わる可能性がある。事実、CCR5Δ32を持つ現代人は他のウイルス疾患の症状の差を認められているし、ガンや神経疾患まで影響が認められている。このことから、エイズが2回起こったとするより、おそらく青銅器時代に起こった特殊な感染症に対する免疫反応の違いを反映していると思われる。一方、自己免疫疾患や、神経機能に関しては、2000年前以降に頻度の上昇が止まっていることから選択圧としては働かなかったと考えられる。

以上、CCR5Δ32は長い間様々なドラマを生み出しているようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日 フェロトーシスを誘導する新しい化合物の設計(5月7日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月11日
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昨日に続いて、ガンの治療に使えるかもしれない新しい化合物についての研究を紹介する。

今日紹介するフランス・キューリー研究所からの論文は、細胞膜脂質が酸化されることでオルガネラやミトコンドリア膜の破壊が進むフェロトーシスの詳しいメカニズム解析を通して、フェロトーシスを促進してガン細胞を殺す薬剤開発にチャレンジした研究で、5月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Activation of lysosomal iron triggers ferroptosis in cancer(リソゾーム内の鉄の活性化によりガンのフェロトーシスが誘導される)」だ。

フェロトーシスは細胞内か酸化水素と鉄イオンが反応して発生するヒドロキシラディカルにより細胞膜のリン脂質などが酸化されることで起こる細胞死で、この反応が酸性条件で起こることからリソゾーム内の鉄を利用して起こる反応ではないかと考えられていた。

この研究ではリソゾームでフェロトーシス反応が起こる可能性をまず調べている。このために、フェロトーシスを抑える作用のある化合物Lip-1に蛍光分子を結合させ、Lip-1の局在を調べると、最初リソゾームに集中し、そこで鉄と結合して鉄の還元作用を低下させてフェロトーシスを抑えることを明らかにしている(と書いてしまったが、実際には化学反応を詳しく調べるプロの研究だが、わかりにくいので割愛した。すなわち、結論は単純だが、それを明らかにするためには多くの実験が必要になる。)

この結果は、これまで想定されてきたリソゾームの鉄イオンがフェロトーシスに関わっていることを明確にした点で重要だ。そこで、今度はこの結果を利用してフェロトーシスを促進する化合物の設計にチャレンジしている。即ち、リソゾーム膜に鉄イオンを活性化して周りの脂質を酸化することができる化合物が設計できればフェロトーシスを誘導できるはずだ。

この目的で、細胞膜脂質と結合してエンドサイトーシスでリソゾームに移行する化合物マルマイシンと鉄を活性化するChen-Whiteリガンドをリンカーで結合させた化合物Fento-1を作成し、フェロトーシスの誘導を調べている。結果は期待通りで、Fento-1はすぐにリソゾーム膜に取り込まれ、リソゾーム膜のリン脂質を酸化すること、そしてフェロトーシスを増強することを明らかにしている。

どのガンでもフェロトーシスガ誘導できるわけではないが、膵臓ガンや肉腫のような鉄イオンの取り込みの高まったガン細胞のではFento-1で細胞死を誘導することができる。鉄イオンの取り込みが高い腫瘍は、リソゾームへの取り込みに関わるCD44の発現で特定することができるので、CD44の高い腫瘍はこの治療の対象になり得る。また、CD44発現が低いガンでも、DNA損傷を誘導するdoxorubicinのような抗ガン剤で処理すると、CD44の発現が上昇し、Fento-1によるフェロトーシスが誘導されやすくなる。

以上が結果だが、これまでの研究から、ガン細胞は鉄イオンを取り込んで脱メチル化酵素の活性を高めることでエピジェネティックプログラムを変化させることが知られている。即ち上皮間質転換が起こる時には、CD44発現を上昇させ鉄イオンの取り込みを高める必要がある。従って、形質転換を進めてより悪性化していくガン細胞は鉄依存性が高まり、フェロトーシスを誘導しやすいと考えられることから、このような薬剤の開発は転移の抑制にも重要になると思う。フェロトーシス誘導薬剤の開発研究というより、フェロトーシスそのものの理解を深めてくれる論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 新しいRASを標的にした薬剤の開発(5月7日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月10日
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これまでのKRAS G12c変異に対する薬剤に加えて、他の変異に対しても新しいタイプの薬剤が開発され、RAS変異をドライバーにするガンの標的薬剤治療が可能になるのではと期待している。もちろん対象とできる変異RASが広がれば当然正常RASの機能も阻害して副作用が起こる心配が常にある。ただ、これまで開発された薬剤はRASのGDP/GTPエクスチェンジャーとしての機能を標的にしており、さらに下流のRAF活性化に関わる過程を標的にした薬剤の開発は発表されていない。

今日紹介する米国ボストンにあるノバルティス研究所からの論文は、GTP結合型変異RASがRAFを活性化するときの分子複合体を標的にした薬剤の開発で、5月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeting the SHOC2–RAS interaction in RAS-mutant cancers(SHOC2-RAS相互作用をを標的にした変異RASガン)」だ。

シグナル過程の特定から構造解析、そして薬剤の開発まで、まさに製薬企業研究所ならではの論文といえる。これまで研究されてきたRAS変異は12番目のアミノ酸の変異だが、他にも611番目の変異がガンのドライバーになっているガンも多い。この研究では、12番目の変異だけでなく61番目の変異を持つRASも含め、様々な変異RASをIL-3依存的に増殖する細胞に導入し、変異RAS導入によりIL-3依存性を脱却できることを確認したあと、クリスパーを用いた網羅的遺伝子ノックアウトを用いて、変異RAS依存性に増殖するのに必要な分子をスクリーニングしている。

この中で61番目の変異ドライバーに必要とされる分子としてSHOC2を特定している。SHOC2はGTP-RASがRAFを活性化する過程に必要な分子複合体を形成するためのスキャフォールドで、2021年のジェネンテック研究所がRASとPP1C脱リン酸化酵素を結合させてRAFを脱リン酸化するために働く時の構造を明らかにしていた。

この研究ではIL-3依存性細胞株のみならず、RAS変異をドライバーとするガンについて調べ、特にRASの61番アミノ酸変異依存的なガンでSHOC2が必須のシグナル分子であることを確認し、SHOC2とRASの結合を阻害する分子の探索に乗り出している。

まず構造解析でGTP結合したNRAS(Q61R)との結合を解析、またCAVIARという分子結合ポケットを推定するアプリを用いて、阻害剤が開発できる可能性を確認した上で、二つの分子の会合を指標として32万化合物をスクリーニング、その中から一つのリード化合物を特定し、これを構造ベースに至適化、SHOC2とRASの結合をサブマイクログラムのキネティックスで阻害する化合物を得ている。

さらに、環状ペプチドライブラリーからさらに広い範囲の表面でRASとSHOC2の結合を阻害する環状ペプチドも特定している。最後に、この化合物の阻害活性を調べると、61番目の変位をドライバーにするガンだけでなく、12番目の変異を持つRASをドライバーにするガンもある程度のレベルで増殖を抑制できることを示している。

結果は以上で、動物への投与実験は全く示されていないので、治療への発展に関してはそれを見てからになるが、新しい標的が明確になったことは今後RASを標的とする治療薬開発に大きな朗報だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日 意識の collective science(4月30日  Nature オンライン掲載論文)

2025年5月9日
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個人的には意識の問題は定義の仕方に帰するところが大きく、全てを説明するような大きな理論的枠組みで捉えられないのではと思っていた。例えば先日紹介したばかりの研究では、画像を何かと認識できたときの視床、前頭前皮質の活動の同調性を意識として定義していた(https://aasj.jp/news/watch/26507)。ただ、人工知能がこのように発展して来ると、どうしてもAIに意識はあるのかと言った問題が議論される。そのため、このような問題に科学はどうアプローチしているかを、科学界として発信していく必要がある。そのためには、脳科学者が集まって意識とは何かについて、ただ自説と実験を述べるだけでなく、実験から解釈まで共同で行う collective science を行い、意識も脳科学として実証可能な問題として世間に示していくことは、トランプ時代の反科学や独断的哲学に対抗する意味で極めて重要だと思う。

今日紹介するドイツ マックスプランク財団が支援した多くの脳科学研究者が集まって発表した論文は、意識に関する2つの異なる見解について、それぞれの見解を持つ研究者を含む多くの脳科学者を世界中から集めて、実験の計画から測定、そして解釈までを議論しながら行った collective science の結果を発表した研究で、4月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Adversarial testing of global neuronal workspace and integrated information theories of consciousness(敵対的テストによる意識のGlobal neural spece仮説とintegrated information仮説の検証)」だ。このようなサイエンスを組織できた脳科学領域と、このグローバルな取り組みを支援したマックスプランク財団には心から敬意を表したい。と述べた上で、このブログでは私の独断と偏見を交えた読み方を紹介するので、今日の話は著者の意図を正確に紹介しているかどうか保証できないことを断っておく。

まずそれぞれの仮説についての私の理解を述べておくと、Global neural space (GNS) 仮説は、無意識と意識の差を重視した説で、見るという感覚インプットが、主に前頭葉(他の場所でもいいとは思うが)からの意識指令に基づき脳全体に共有されることが意識で、この共有せよという指令がないと、意識されないとする考えだと理解している。

一方、integrated information theory (IIT) は、感覚インプットが自分の主観として共有されることが意識だと考えており、GNSのように意識の指令があるわけではない。すなわち、感覚インプットが脳全体で再帰的に統合される度合い自体が意識だと考えている。個人的には、IITの方がAIが意識を持てるという考えに近いように感じていた。

このように、意識を統合せよとする司令塔が前頭前皮質にあるという考えと、感覚インプットがそれを受けた脳のネットワークと統合される度合いで意識が決まるという説を今回は検証している。

この2説が対立しているかどうかはよくわからないが、意識の指令があるとすると前頭前皮質から感覚インプットを脳全体に共有させようというシグナルが、対象を意識したときには発生するはずだし、感覚の統合度合い自体が意識を決めるとすると、視覚の場合、意識したとき視覚野での結合性が高まり維持されることになる。

これを区別する最も簡単な課題としてcollectiveに合意された課題が、異なるカテゴリー(顔、道具、文字、意味のない形)などを短時間で提示したときに、先に覚えている形として認識できたかどうかをボタンを押して答えるという課題だ。これを読むと、意識の問題をあまり難しい話にしないよう専門家が工夫しているのがわかる。

この課題の間に、脳波計、脳磁図、そして機能的MRIを用いた測定を一定の基準で様々な施設で行うことで、測定の限界の問題を乗り越えようとしている。

それぞれの実験について、皆さんで結果を予測する議論を十分行って、実験結果と予測が合致しているかを調べるのだが、実際には異なる領域の活動が、意識が発生したという結果をどの程度各領域の活動から説明できるかをデコーダーで計算する方法を用いている。そのため、基本的に二つの説は、意識されたときに前頭前皮質からの指令シグナルが脳全体に広がるか、視覚を担う後頭でのネットワーク結合性が高まり維持されているかが主な指標になっている。

多くの課題で意識される時の前頭前皮質からの指令シグナルがあまり観察されず、結論から言うと、私が想像したよりずっとIITを支持する結果に思えた。ただ、IITでも意識の維持に必ずしも強いネットワークの持続的結合性が見られなかったことは、まだまだ脳や意識は複雑な問題であることを示している。

元々データとして完全に理解できているわけではないので、詳細な結果を紹介することはやめて、この程度の紹介で終わるが、「意識の座」からの指令シグナルが観察しにくいことはこの論文を読んでよくわかった。ただ、この研究の重要性は、どちらが正しいかを単純に決めるものではない。意識というAI時代に最も議論されるだろう問題について、脳科学者が集まって私のような素人にもわかりやすい形で実験し、議論した点で、哲学とは異なるガリレオ以来の科学の手法とは何かをはっきりと示せたことが重要だ。そのため、敢えてタイトルに、AIでシステム検証に用いられる Adersarial Testing という言葉を用いているように思う。今回使われた方法論に加えて、現在では脳内電極を用いたさらに精緻な脳測定法が存在することを考えると、これから第二弾、三弾とこのような研究が続くと期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 ミクログリアを入れ替える治療法の開発(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月8日
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アルツハイマー病で蓄積したアミロイドプラークを最終的に除去するのはミクログリアだし、また他の神経変性疾患でも炎症の誘導や死細胞の除去など様々なレベルでミクログリアが関わっている。加えて、遺伝的変異によりミクログリア自体の機能異常により神経変性が起こる例も知られている。このような場合、新しいミクログリアを移植して病気を抑制する治療は重要になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、CSF-1受容体の阻害サイクルと胎児由来ミクログリアの脳移植により、この目的が可能であり、いくつかの病気モデルで有効性を示せることを明らかにした研究で、4月30日号の Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Brain-wide microglia replacement using a nonconditioning strategy ameliorates pathology in mouse models of neurological disorders(脳全体でミクログリアを入れ替えられる条件付けの必要のない方法がマウス疾患モデルの病理を改善できる)」だ。

ミクログリアを入れ替える方法の開発はこれまでも進められてきたが、臨床応用にまでは進んでいない。というのも、ミクログリアは胎児発生で卵黄嚢の細胞から直接形成され、それを一生使い続ける組織マクロファージの一種で、骨髄由来のマクロファージでは完全に代換えすることができない。ところが最近になってCSF-1受容体の変異を持つ成人発症白質脳症のモデルマウスに、iPS由来ミクログリアを脳内投与するとミクログリアが置き換わって、病気が治るという発表が行われた。

このグループは、この報告を基盤に、臨床応用可能なミクログリア移植方法を開発するすることに成功しており、それをミクログリア機能異常モデルマウスに使ったのがこの研究になる。個々でその方法を簡単にまとめると、現在白血病の治療などに用いられるCSF-1受容体阻害剤を1週間投与し一週間休むサイクルを3回繰り返し、そのあと胎児卵黄嚢から培養してきたミクログリアを脳内投与するプロトコルだ。

この研究では、この方法により脳に障害を誘導することなくミクログリアのニッチをオープンにし、8割近いミクログリアをドナーに換えることが可能であること、さらに培養したミクログリアは、移植後脳内で成長し、形態学的、機能的、また遺伝子発現でも正常のミクログリアとほとんど変わらないことを示している。

その上で、強い神経変性症状を誘導するHexb遺伝子欠損リソゾーム病がマウスにミクログリアを移植する治療実験が行われている。すると、正常化とまでは行かないが、運動障害を大きく改善し、神経細胞数を回復させられることを明らかにしている。

最後に、TREM2遺伝子の機能異常によりアルツハイマー病のリスクが高まるモデルマウスにアミロイド蓄積マウスを組み合わせ、正常ミクログリアの移植によりアミロイドプラークの数や形態を正常化し、脳内での炎症を抑えることに成功している。

結果は以上で、人間のような大きな脳に移植するときの方法開発など、まだまだ研究が必要だとは思うが、ミクログリア移植が現実的になってきた気がする。特にMHCを適合させた他家iPS由来ミクログリアをこの方法と合体させると、利用がさらに進む気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日 耳鳴りの存在を客観的に検出できるか?(4月30日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年5月7日
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私も40代ぐらいから耳鳴りを感じるようになった。考えてみると、耳鳴りとは一種の幻覚で、存在しない音を脳内で感じていることになる。ただ、幻視が起こるこれは深刻な病気になるが、耳鳴りはあまり問題にされない。実際15%の人が耳鳴りを経験しているようだ。

感覚器を通さず音を感じるメカニズムは面白いが、幻覚は主観的な現象なので研究は簡単ではない。これまで耳鳴りが起こる過程についてはいくつか説が出されているが、excess central gain theory は最も有力な説になっている。この説では、何らかのきっかけで聴力が低下する(すなわち感覚インプットが低下する)と、聴覚野でゲインを代償的に上昇させる。その結果、脳内で生じるノイズが増幅され音として認識されるという考えだ。このゲインを上げる過程に扁桃体などを辺縁系の関与も示されている。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、この excess central gain 説に基づいて、耳鳴りの存在を客観的に検出する方法の開発に取り組んだ面白い研究で、4月30日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Objective autonomic signatures of tinnitus and sound sensitivity disorders(耳鳴りと音過敏症を示す客観的自立神経反応)」だ。

自覚的に耳鳴りを持つ人たちを集めて、質問形式の耳鳴りの程度を測定したあと、まず40Hzの音を徐々に音圧を上げて聞かせたとき、脳波の反応を記録して、音に対する反応を調べている。今回選ばれた被検者は正常の聴力を持つ人に限定されている。結果は期待通りで、耳鳴りを感じている人は正常人と比べると音に対する反応が強く、反応ゲインが上昇していることがわかる。ただ、この差は小さく、この反応の違いで耳鳴りがあるかどうかを予測することは難しい。

そこで、このゲインを上昇させていると考えられる自律神経システムをモニターすることで自覚的耳鳴りのスコアを反映する指標が見つかるのではと着想し、快適に感じる音から不快な音まで7種類の音を聞かせ、音の評価をさせるとともに、そのときの瞳孔の大きさを測定している。またもう一つの指標として、汗による皮膚の伝導度も測定している。

不快から快適まで、正常人も耳鳴りのある人も、音に対する評価は両者で変わりはない。しかし、瞳孔の大きさを調べると、どの音に対しても耳鳴りを持つ人は正常人より瞳孔が大きく開いていることがわかった。これと平行して、皮膚の伝導度も正常よりは低い傾向が見られ、自律神経の反応が広く変化していることを示唆するが、伝導度での両者の差は大きくない。

次に、この瞳孔の拡大率と耳鳴りの主観的評価指標が定量的関係を持つか調べているが、見事に定量的に相関していることがわかった。

これと平行して、顔の変化をビデオで撮影して音に対する反応を調べると、こちらも耳鳴りの自覚的程度と表情変化は相関し、耳鳴りのあるヒトは表情筋が強く抑制されていることを示している。

結果は以上で、耳鳴りを感じている人は音に対するゲインが上昇しているが、これを調節している自律神経系の反応をモニターすることで、自覚症状と高い相関を示す客観的指標が得られたという結果だ。一応この結果を excess central gain 説を指示する結果としているが、まだまだ現象論的すぎてメカニズムとは言いがたい。今後これを手がかりに神経回路を特定していく研究が必要だ。いずれにせよ、耳鳴りにも物理的原因があることを知って安心する。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日 免疫トレーニングにはヒストンの乳酸化が関わっている(5月2日 Cell オンライン掲載論文)

2025年5月6日
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BCG接種により様々な感染に対する抵抗力が上がる免疫トレーニングについては、この現象を有名にしたCovid-19や感染症だけでなく、様々な免疫システムで起こっていることをこのブログで紹介してきた。基本的には、自然免疫に関わる細胞がBCG接種によりエピジェネティックな変化を起こして、これにより様々なサイトカインが誘導されやすくなり、これが免疫反応の誘導に関わると考えられる。ただ、どのエピジェネティックな変化が重要なのかについてはほとんど明確になっていない。

今日紹介するオランダ・ナイメーヘンにあるRadboud大学からの論文は、なんとヒストンに乳酸が結合することが免疫トレーニングを担う重要なエピジェネティック変化であることを示した研究で、5月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Long-term histone lactylation connects metabolic and epigenetic rewiring in innate immune memory(長期のヒストン乳酸化は免疫記憶で代謝とエピジェネティックなプログラム書き換えをつなぐ)」だ。

ヒストンアセチル化やメチル化など、一般的なエピジェネティックな変化が起こる場合は、メチル基やアセチル基を調達する必要があり、主にTCAサイクルから調達される。グリオブラストーマでで見られるIDH変異によるエピジェネティック変化はその典型的な例だ。

おそらくこのグループもBCG接種によりTCAサイクルを経由するエピジェネティックの変化が起こらないのか調べたのだと思う。ところがBCG接種により免疫トレーニングが誘導されると、マクロファージの代謝をGlycolysisの方に引っ張り、その結果、乳酸が多く合成されることを発見する。これはLPS刺激では観察できない。

Glycolysisではメチル化やアセチル化の原料を調達することはできないので、この場合のエピジェネティックの変化はヒストンを乳酸化することで起こっているのではないかと着想している。私はこの論文を読むまで、ヒストンに乳酸が結合してエピジェネティックな調節を起こすなど考えたこともなかったが、これまでいくつかの報告があったようだ。

そこで試験管内でBCGにより免疫トレーニングを誘導したときにヒストンの乳酸化が起こるか調べると、BCG刺激後多くのクロマチンでヒストンの乳酸化が起こっていること、そしてこの乳酸化はglycolysisによる乳酸合成を止めるLDH阻害剤、及び本来はヒストンのアセチル化に関わるp300の阻害剤で阻害されることから、glycolysis で合成された乳酸を使ってp300がヒストンを乳酸化することで起こるエピジェネティック変化であることを突き止める。 

以上の結果から、BCGによる免疫トレーニングでは、glycolysisを中心とするエネルギーの利用の変化が起こり、ここから生まれる乳酸をエピジェネティック変化に使っていることが明らかになった。

あとはこうして生まれたヒストンの乳酸化が免疫トレーニングに関わる遺伝子発現調節に関わっていることを、乳酸化ヒストンの免疫沈降などで徹底的に調べているが詳細は割愛する。BCG刺激による免疫トレーニングでは、自然免疫の中核IL-1βが特に強く誘導されることも確認される。この誘導がヒストン乳酸化が関与していることは、LDH阻害剤やp300阻害剤で抑制されることから確認できる。

ただ、ヒストンのメチル化やアセチル化と違って、乳酸化によるクロマチン調節と遺伝子発現メカニズムについては完全に解明されているわけではないが、Atac-seqで調べたオープンクロマチンのなかに乳酸化ヒストンが多く含まれているので、遺伝子発現にとってポジティブに影響していると考えられる。面白いのは、染色体の3次元構造形成に関わるCTCF結合部位にも乳酸化が認められている点で、遺伝子発現調節には様々なメカニズムが使われていると考えられる。

最後に人間でBCG接種後、人間の単球のゲノム上で乳酸化が広く誘導され、この修飾が長期間続いて免疫トレーニング状態が維持されることを示している。

結果は以上で、遺伝子特異的に乳酸化が起こるメカニズムなどまだまだ解明すべき点は多いが、ヒストン乳酸化という思いもかけない仕組みが免疫トレーニングに関わっているを知り、免疫システムの深さを実感した。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月5日 真菌のなかには非アルコール性脂肪性肝疾患から守ってくれる種類が存在する(5月1日号 Science 掲載論文)

2025年5月5日
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腸内には細菌だけでなく様々な真菌も存在していることがメタアナリシスからわかっている。ただ、それぞれの真菌が腸に存在することの意味はそれほど明らかではない。ただ、最近の紅麹騒ぎからもわかるように、カビのなかには様々な毒性因子を分泌するものがあり、カビの生えた食べ物をむやみに食べることが危険であるとされている根拠になっている。

今日紹介する北京大学からの論文は、人間の大便のなかに含まれている真菌類の腸内への定着について詳しく調べ、その中から非アルコール性肝炎の発症予防能力のあるFysarium foetensを分離することに成功した研究で、5月1日 Science に掲載された。タイトルは「A symbiotic filamentous gut fungus ameliorates MASH via a secondary metaboliteCerS6–ceramide axis(共存関係にある糸状真菌は二次代謝物-CerS6-セラミド経路を介して非アルコール性肝炎を軽減する)」だ。

この研究の前半は、大便中に存在する真菌類を特異的にキャプチャーする方法を開発し、大便中から55種類の真菌を特定している。ただ、多くの真菌は空気中から大便サンプルに混じることが多く、腸内に定着しているかを決めるのは難しいことが多い。ただ、体内温度と同じ条件で増殖できるか、あるいは嫌気性条件で増殖できるか、そしてマウス腸内への移植実験から実際に腸内へ定着できるかなどから腸内真菌として考えて良い真菌リストを作成している。

ただ、この研究のハイライトは、嫌気性の大腸に間違いなく定住しており、それを裏付けるようにマウスに口腔から摂取させると腸内に確かに定着できるFusarium foetensに焦点を当てて研究を進めている。おそらく最初からこの種に絞っていた感がある。なぜ非アルコール性肝炎 (NASH) との関連を調べることになったのか理由ははっきり示されないが、NASHモデルでこの真菌を腸内に移植すると、脂肪肝を強く抑えることを発見する。すなわち、真菌の一つFusarium Foetensを食べさせることで、高脂肪食によるMASHの発生を抑えることができる。

この抑制メカニズムをさらに探索した結果、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下することをあきらかにしている。メカニズムだが、この真菌が存在すると腸内や血中のセラミド濃度が低下する。

これまでの研究でセラミドはNASH成立に大きな役割を演じていることがわかっており、今回の結果はこの真菌により腸の細胞によるセラミド合成が抑制された結果であることがわかった。そして、この背景にある分子メカニズムとして、この真菌によって分泌される分子がCer6と結合し、セラミド合成を阻害していることが明らかになった。

そして有機化学的方法を駆使して、この真菌により合成されCer6を阻害する代謝中間物を特定している。そして、この真菌でなくてもFF-C1と呼ばれる化合物を投与することで、腸内でのセラミド合成を阻害し、NASHが発生するのを阻害できることを示している。

以上が結果で、これまで明確な治療方法がなかったNASHを、この真菌を定着させたり、あるいはFF-C1代謝物を投与して抑える可能性が生まれたことは重要だ。例えば真菌入りヨーグルトでメタボによる肝炎発症を抑えるというような使い方もあるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日 同じ遺伝子変異が起こってもガンへと進む細胞と進まない細胞の差が生まれるメカニズム(4月30日 Nature オンライン掲載論文)

2025年5月4日
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ガン遺伝子やガン抑制遺伝子の概念が確立してからは、ガンが発生するためには様々な遺伝子変異が重なることが必要であるという多段階説が広く受け入れられている。その結果、例えば正常の細胞がガンと同じセットのガン遺伝子変異を持っていても、まだハードルが越えられていないだけだと、不思議に思わなくなっていた。

今日紹介するカナダトロントにあるMount Sinai病院からの論文は、発ガン遺伝子セットが揃ってもガンにならない細胞がもつ共通メカニズムをしつこく調べ、ちょっと意外な結論に到達した研究で、4月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Cell cycle duration determines oncogenic transformation capacity(細胞周期の長さがガンへの転換を決める)」だ。

この研究の設定が面白い。網膜芽腫の発生頻度からRb1遺伝子がガン抑制遺伝子として働いていることを分子生物学がまだ進んでいなかった時代に突き止めて、ガン抑制遺伝子研究のきっかけを作ったのは京都賞を受賞したKnudsonさんだが、このグループもマウスでRb-1遺伝子を欠損させたときに網膜細胞で起るガンの発生をモデルにしている。ただ、人と違ってマウスの場合、Rb-1だけを欠損させてもp107と呼ばれる分子が発現して穴を埋めるので、実験では両方を完全欠損したマウスを使っている。このマウスでは100日後にほとんどのマウスではっきりとしたガンが網膜に発生する。

しかし生まれてから経時的に網膜を調べると、異常増殖はすでに生後8日目から始まっている。しかも、網膜を形成するほとんどの神経細胞で同じように異常増殖が起こる。ところが、ガンへと伸展するのはアマクリン細胞だけで、他の神経細胞はこのセットが揃っていてもガンにならない。

これまでこの違いは、例えば細胞死の起こりやすさ、免疫感受性、など様々な説明がされており、私自身も納得していた。

この研究は異なる細胞をそのまま比べるのではなく、アマクリン細胞のガン化を抑制する遺伝子操作を行い、この操作で変化する過程を調べている。Rb-1/p107 両方が欠損したマウスに、細胞周期調節に関わるp27-CDK経路を調節しているskp2ユビキチンリガーゼを欠損させるとガンが起こらないことが知られている。さらに、skp2の発現量が半分に低下させたマウスでも発生率が低下する。Skp2はp27を分解するので、この結果はRb-1欠損による発ガンにp27が必須であることを示している。

そこで、p27経路が欠損してガン発生が防止されるとき、細胞のどの過程が変化しているのか詳しく検討している。例えば、ガン遺伝子セットが発現しても細胞が死んでしまってガンにならない可能性を生後すぐの網膜で調べると、他の細胞と同等にアマクリン細胞もアポトーシスを起こしているし、skp2が欠損したマウスでもこの状態は変わらない。同じように、細胞老化も、免疫サーべーランスも、あるいはDNA損傷などこれまでガン化を阻止している要因として知られている様々な過程も、調べる限り決定的な要因ではないことを確認している。

その上で、skp2ノックアウト網膜アマクリン細胞で起こっている変化を調べると、細胞周期に関わる遺伝子の発現が目立って変化していることがわかった。そこでDNA合成の速度を調べる目的でEdUを30分間取り込ませたあと、2.5時間後に今度はBrdUを取り込ませ、両方がラベルされる頻度から細胞周期全体の長さとS期の長さを調べる凝った方法を用いて、ガン化が防がれている細胞ではS期ではなく細胞周期全体が延長していることを明らかにしている。即ち、細胞周期の短い細胞で発ガン変異セットが起こったときだけガン化することを明らかにしている。実際、Rb-1/p107欠損マウスで網膜の様々な細胞の細胞周期を調べると、ガン化するアマクリン細胞が他の細胞に比べて大きく細胞周期の時間が短い。

S期の長さは変わらず、しかもp27/CDK2の活性が落ちると細胞周期全体が延長することから、おそらくG1/S期が延長していると考えられるので、ガンの変異セットがCDK2活性が高くG1/Sへの移行が早い細胞で発生すると、ガン化すると考えられる。

残念ながらこれ以上のメカニズムは調べられていないが、代わりに他のガン化変異セットでも同じことが言えることを、脳下垂体、肺ガンなどで明らかにしている。結果は以上で、これまで考えもしなかった要因がガン化を決めるというので驚いた。もし本当だとすると、遺伝的にガンのリスクの高い人は、間欠的に細胞周期を延長する薬剤を摂取することでリスクを下げる可能性もある。

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