11月6日 腸内細菌がインシュリン抵抗性を誘導するメカニズム(11月1日号Cell掲載論文)
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11月6日 腸内細菌がインシュリン抵抗性を誘導するメカニズム(11月1日号Cell掲載論文)

2018年11月6日
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何度も繰り返すが、これまで細菌の種類が上がったり、下がったりと現象論に終始していた細菌叢研究は、現在急速に具体的な因果性を明らかにするための研究に転換している。例えば、これまでは2型糖尿病の細菌叢と、正常の人の細菌叢の比較で終わっていた研究が、細菌叢の違いが糖尿病につながるメカニズムを明らかにする研究へと転換しつつある。そのおかげで、細菌叢に対する具体的な介入方法も徐々に明らかになるのではと期待が持てるようになってきた。

今日紹介するスウェーデン ヨテボリ大学からの論文はまさにこのトレンドを代表する研究と言っていいだろう。2型糖尿病でのインシュリン抵抗性が2型糖尿病患者さんの細菌叢が分泌するイミダゾール・プロピオン酸によって誘導されるメカニズムを明らかにしている。タイトルは「Microbially Produced Imidazole Propionate Impairs Insulin Signaling through mTORC1(細菌叢により合成されるイミダゾール・プロピオン酸はmTORC1を介してインシュリンシグナルを阻害する)」だ。

この研究では、最初から2型糖尿病の患者さんの腸内細菌叢から分泌されるアミノ酸の代謝物が、糖尿病のインシュリン抵抗性を誘導するという仮説を持って、これをどう証明するかに焦点を当てて研究を行なっている。腸内細菌叢で分泌される分子はまず肝臓へ門脈を通って移行することがわかっているので、まず門脈で特に上昇しているアミノ酸代謝物を肥満で糖尿病の人と、正常で比べている。もちろん、門脈採血などは普通できないが、この研究では腹腔鏡下の手術の機会を利用して、採血を行っている。その結果、イミダゾール・プロピオン酸(ImP)が糖尿病の人と門脈て高いこと、そして、糖尿病の患者さんの細菌叢のみがヒスチジンを加えたときにImPを作ることを明らかにする。すなわち、糖尿病の細菌叢特異的なアミノ酸代謝物としてImPを特定する。この研究のハイライトは、この発見に尽きる。あとは動物実験で、ImPを注射した時、糖尿病を誘導できるかどうか順々に調べれば良い。

実際、ImPをマウスの注射すると、いわゆるインシュリンへの反応性が低下するインシュリン抵抗性が誘導される。すなわち、インシュリンのシグナルが阻害される。あとは、インシュリンシグナルが阻害される過程を探索し、

1) ImPの作用でp38γ分子の自己活性化が起こる。
2) 活性化されたP38γはp62をリン酸化する。
3) リン酸化されたp62はmTORC1を活性化する。
4) mTORC1はS6K1をリン酸化により活性化する。

5) リン酸化S6K1はインシュリン受容体下流のIRSをリン酸化して、分解する。

という、シグナルカスケードの結果、インシュリンシグナルを阻害することがわかる。 そして何よりも重要なのは、多くの細菌の代謝経路を調べ、ヒスチジンがImPへと代謝される中間過程ウロカニン酸からImPを作れる経路を持つ細菌で2型糖尿病の細菌叢に濃縮されている種類を28種類特定できている点だ。そしてその例としてStreptococcus mutansとEggerthella lentaなどが挙げられている。詳細は省くが、このような細菌が高カロリー食により誘導される可能性についても考察しており、今後この過程をコントロールできれば、少なくともインシュリン抵抗性を改善できる可能性がある。

いずれにせよ、腸という大きな発酵タンクをどう調整するか、あるべき方向が徐々に見えてきている。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月5日 CDK9のガン標的分子としての可能性(11月15日号Cell掲載論文)

2018年11月5日
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最近は癌治療というと免疫療法という話になり、分子標的の話は少なくなった気がするが、もちろん今も開発は進んでいる。薬剤開発というと、スクリーニングで効果が見られる化合物が見つかればいいと思ってしまうためか、メディアでも、「XXX過程に効果がある化合物が2種類見つかった」という報道をよく見かけるが、実はChemical Biologyといって、化合物から考えもしなかった新しい生化学過程が明らかになる可能性があり、それが最も面白い。

今日紹介するテンプル大学からの論文はその典型で、これまで誰も気づかなかった新しいガン化に関わる過程を教えてくれる面白い研究で、11月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Targeting CDK9 Reactivates Epigenetically Silenced Genes in Cancer (CDK9を標的にすることでガンでエピジェネティックに抑制されている遺伝子を再活性することができる)」だ。

骨髄異形成症候群をはじめとする多くのガンで、遺伝子発現が強く抑えられることが癌の増殖に寄与していることがわかり、DNAメチル化阻害剤や、ヒストンアセチル化阻害剤など、エピジェネティック修飾に介入する化合物が実際に治療に用いられ、またさらなる開発が続いていることはこれまでも紹介してきた。このグループは、直腸癌細胞株を用いてDNAメチル化により抑制されるプロモーターに蛍光タンパク質遺伝子を結合させ、抑制が外れたら光が発する実験系で化合物スクリーニングを行っていた。この系では、当然DNAメチル化阻害剤や、ヒストン脱アセチル化阻害剤は効果があり、エピジェネティック抑制機構に関わる分子探索に最適化されている。

この中でヒットした化合物の中にアミノチアゾールを核とする化合物が5種類リストされてきたが、この構造はこれまでエピジェネティック過程の様々な阻害剤とは全く相同性がなく、検討を加えた結果、これが細胞増殖や、RNA鎖伸張など細胞の基本過程で重要な働きを持つリン酸化酵素CDKに対する阻害剤、その中でもCDK9に対する作用が強いことが明らかになった。詳細は省くが、この結果に基づき同じ構造を持つ化合物から最終的にCDK9抑制効果が最も強い化合物も特定している。 CDK9はRNAポリメラーゼのセリン2をリン酸化することでRNAの伸長に関わる重要な分子であることはこれまで知られていたが、エピジェネティックな過程に関わることは全く知られていない。そこで、この効果の生化学的背景を検討し、CDK9は染色体を調節する大きな分子複合体SWI/SNFの中のBRG1と呼ばれるATP-依存性DNAヘリカーゼを標的にしていることを明らかにしている。実際CDK9をノックダウンすると、全ゲノムに渡ってそれまで抑制されていた様々な遺伝子の発現が再活性化されることが明らかになった。これらの遺伝子は、DNAメチル化を抑制した時に再活性化される遺伝子とよく似ている。また、染色体構造をATAC-seqと呼ばれる方法で調べると、CDK9抑制で染色体構造が緩んでオープンになることが明らかになった。これらの結果から、CDK9はまず染色体をオープンにし、これにより遺伝子発現を再活性化する。この時、DNAメチル化を外すメカニズムも同時に活性化され、その結果DNAメチル化も抑えられるというシナリオを示唆している。すなわち、CDK9阻害は、エピジェネティック機構に二重に介入できることがわかる。

とするとガン治療に利用することが期待されるので、いくつかのメチル化阻害剤が効果があるガンで、CDK9も効果を持つことを確かめている。また、ゲノム全体で抑制が外れると、内因性のレトロウイルスなどが再活性化することが予想されるが、実際に行くつかのウイルスの転写が上昇する。これ自体は、少し心配な話だが、著者らは内因性ウイルスにより自然免疫が活性化するため、がんの治療にはいい方向に働くと結論している。

いずれにせよ、CDK阻害剤は今や様々ながんの治療薬として使われようとしているが、この思わぬ効果を相加的に使えると、いい標的薬が可能になるかも知れない。特に骨髄異形成症候群や、骨髄移植ができない顆粒球性白血病の治療に、メチル化阻害剤と併用する可能性などは、結果を早く知りたいところだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月4日:盲腸からパーキンソン病が作られる?(11月1日Science Translational Medicine掲載論文)

2018年11月4日
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私が紹介するまでもなく、多くの論文が様々なメディアで紹介される。従って、他のメディアで紹介された論文はわざわざ紹介することもないと避けることが多い。今回紹介しようという論文もそんな一編だったと思う。タイトルは面白いので、とりあえずダウンロードして読もうかなと思っていたら、どこかが紹介したようだ。ところが、論文を表面的にだけ紹介していたようで、理事の藤本さんから「本当なの?」という問い合わせが来た。私たちのNPOはパーキンソン病の人たちとのつながりも強いので、しっかり読んで見ることにした。ミシガン州にあるファンアンデル研究センターからの論文で、Science Translational Medicineに掲載されている。タイトルは「The vermiform appendix impacts the risk of developing Parkinson’s disease (盲腸はパーキンソン病発病リスクに影響する)」だ。

読んだあとよくわかったのは、この論文はαシヌクレインとパーキンソン病の関係についてある程度理解がないと、虫垂切除でパーキンソン病の発病を遅らせるという現象だけに注目が集まるだろうということだ。アミロイドやタウタンパク質などの異常沈殿が病気の発症に強く示唆されてきたアルツハイマー病と異なり、同じ変性性疾患でも、パーキンソン病では長らく同じようなタンパク質は見つかっていなかった。しかし、タンパク質の異常沈殿をうかがわせる様々な証拠、例えばレビー小体などが存在することから、パーキンソン病で沈殿が見られるタンパク質が探索され発見されたのが、αシヌクレインだ。その後の研究で、この分子の異常沈着がパーキンソン病の発症と関連することを示唆するデータが多く示され、現在は、パーキンソン病も、αシヌクレインが沈着するαシヌクレイン症の一つとして捉えられるようになっていきた。これを認めると、パーキンソン病はαシヌクレイン症の脳の症状といってもいいかもしれない。

次に問題になるのは、では正常神経細胞でも強く発現されているαシヌクレインが、なぜ沈殿し、異常沈着するかだが、これを説明する一つの考えがαシヌクレインに狂牛病の原因たんぱく質プリオンのような性質があるというものだ。プリオンは折りたたみが失敗して異常型が発生すると、それが正常のプリオンタンパクを異常型に変換する鋳型として働き、その結果沈殿する異常たんぱく質が増大し、神経変性が起こる。しかも、異常プリオンは神経を通って腸管から脳へと拡がり、神経変性を誘導する。同じことが、αシヌクレインでも起こるとするのがαシヌクレイン症仮説だ。そhして最近になって、脳と腸をつなぐ迷走神経を切断すると、パーキンソン病のリスクが下がることが示されるに至って、αシヌクレイン仮説はさらに力を増してきている。現在では、タンパク質の折りたたみを正常化する薬剤の開発も行われている。

このように、パーキンソン病発症にとっての腸の関わりはこの論文以前から疑われていた。しかし、パーキンソン病の人の腸に明確なαシヌクレイン沈殿の証拠が見つからず、この仮説を証明するにはパーキンソン病発症以前に腸管のどこかで、αシヌクレインの異常沈着が起こっていることを示す必要があった。

この「どこか」が、盲腸ではないかと考え追求したのがこの研究だ。この研究は2本立てになっている。まず、盲腸がたしかにパーキンソン病と関係していることを示す目的で、データベースを探索して、虫垂切除とパーキンソン病の発症リスクを比べ、期待通り中枢切除を受けた人はパーキンソン病の発病を約20%低下させ、また発症を3.6年も遅らせることを確認する。面白いことに、この差は都会の住人ではなく、田舎の住人に特に顕著に見られる。ただ、疫学データなので、原因については無用な推測はやめたほうがいいだろう。

あとは、実際に異常αシヌクレインが盲腸で生成していることを示す実験を行ない、正常人の盲腸には分解されにくい異常αシヌクレインが沈殿していること、そして恐ろしいことに、この異常αシヌクレインは、盲腸の中で正常たんぱく質が切断されることにより生成されることを明らかにしている。生化学的にはきわめて詳細な研究が行われており、αシヌクレイン仮説の研究を続けてきたグループであることが良くわかるが、詳細は省略する。

以上の2本立ての実験を合わせて、盲腸では異常型αシヌクレインの生成がパーキンソン病とは関係なく起こっている。そしておそらく、こうしてできたい異常αシヌクレインは迷走神経などを通って、あるいは血液細胞かもしれない、脳に運ばれ、パーキンソン病発症の引き金を引くというシナリオだ。もちろん、プリオンと違って、αシヌクレインの場合は脳で異常たんぱく質が蓄積したからといってすぐ病気になるわけではないので、心配することはないが、面白い話だと思う。まだまだ調べなければならない点は数多くあるが、盲腸に絞るということが確認されたので、動物実験も含めて、再現性があるかどうかはすぐに決着がつくように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症スペクトラム児の消化器症状チェックリスト

2018年11月3日
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昨年の5月 自閉症スペクトラム支援団体、Autism Speaksがまとめた、ASD児の健康問題についてまとめたレポートを紹介した時、消化器症状や摂食障害で本当に苦労しているというメールを何人かの家族の方からいただいた。このなかで、様々な消化器症状を主治医の先生に客観的に伝えることが難しいことも訴えられていた。できれば、ASDの子供を観察している家族が客観的にレポートができるよう、症状のチェックリストがあればいいなと思っていたら、10月22日号のJournal of Autism and Developmental Disordersに、ASDの消化器症状を早く診断するためのなかなか丁寧なチェックリストが発表されていたので、邦訳して紹介することにする。コロンビア大学、マサチューセッツ総合病院、ボストン大学医学部が共同で発表した論文で、タイトルは「Development of a Brief Parent-Report Screen for Common Gastrointestinal Disorders in Autism Spectrum Disorder(ASDによく見られる消化器異常の親による簡単な診断とレポート)」だ。

このチェックリストの目的は、家族による客観的な情報収集により、医師の診断を助け、治療につなげることだが、この論文では臨床で広く利用した時、どのような効果があるのかについての記述があまり明確ではない。この結果、このまま家族の人に紹介することは、対策もないのに家族の不安だけを煽る結果を招くのではないかという心配がある。また、家族の方のメールを読むと、我が国ではASDをケアする医療側の体制が、なかなか総合的になり得ないという問題もあり、自己診断が進むと、医師が取り合ってくれないと余計に家族のフラストレーションを貯める結果になる懸念もある。

このように色々考えて見たが、しかし言葉でのコミュニケーションがスムースでない子供の消化器症状を知るためのチェックリストは重要だと考え、あくまでも自分の子供を理解する一つの方法として読んでいただくようお願いして、このリストを邦訳することにした。

チェックリスト

以下のような症状を見た場合に、消化器の障害が併発している場合があります。右に示した数字は、今回調査に参加した米国のASDの子供の家族がYesと答えた割合です。

消化器異常の直接症状

この3ヶ月の間に、お子さんはお腹痛を訴えましたか?      33%
この3ヶ月の間に、お子さんは吐き気を訴えましたか?      13%
この3ヶ月の間に、お子さんはお腹の張りを訴えましたか?    17%
消化器症状による生活の変化

この1年、お子さんはひどい腹痛が2時間以上つづいて何もできなくなったことはありますか?     15%
消化器異常を示す客観的兆候

この3ヶ月、お子さんの便通はどうでしたか。
週2回以下                           13%
週3回(一日3回の場合も含む)                 80%
週3回以上                           2.4%
この3ヶ月、お子さんの排便はどんな感じでしたか。
硬い、とても硬い                        25%
とても硬いわけでも柔らかいわけでもない             46%
大変柔らかい、形がない、あるいは水のよう            18%
この3ヶ月、お子さんの排便時に、粘液や痰のような塊が出た事はありますか?                             15%
この3ヶ月、お子さんのパンツが汚れていたことはありますか?   48%
  これまでお子さんの便が黒かったり、コールタールのようだったことがありますか?                              9.3%
お子さんの便に血が混じっていたことや、排便後に出血が見られたことがありますか?    8,9%
この3ヶ月、お子さんが1日2回以上吐いたことがありますか。   9.6%
この3ヶ月、お子さんが吐き気を訴えたことがありますか?      9.8%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を口まで戻してそれをモグモグ噛んでいたことがありますか? 7.4%
この3ヶ月お子さんの体重が増えないということはありませんか?   8%
上記の兆候や症状の結果起こる活動の変化

この3ヶ月、お子さんの活動が以下の理由で制限されたことはありますか?
腹部の痛み、違和感                      11%
嘔吐                             10%
便通異常                           10%
腹部の大量のガス                        9%
消化管の運動障害

この3ヶ月、お子さんが便通時に痛がっているように見えたことがありますか?                             17%
この3ヶ月、排便のためにトイレに駆け込んだことがありますか?  25%
この3ヶ月、お子さんが便を出そうとして足を固く踏ん張ったり、お尻から足へと手で絞るような行動を見せたことがありますか?           28%
この3ヶ月、頭を横に曲げて背中を反らせる動作を取ったことがありますか?                                   5%
この3ヶ月、自分や他の人の手でお腹を押さえたり、お腹を家具などに押し付けたりする動作を見たことがありますか?              21%
この3ヶ月、胸や首を叩いたり、口に拳を突っ込んだり、理由なしに手や腕を噛んだりしたのを見たことがありますか?              16%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を飲み込む時やその後に、息を詰まらせたり、咳き込んだりしたのを見たことがありますか?            21%
この3ヶ月、お子さんがこれまで食べていた食物の多くを急に食べたがらなくなったことはありますか?     4%


以上、子供の声にならない訴えを聴くための助けになれば幸いです。

11月3日:脊髄損傷の大きなステップ:生理学の勝利(Natureオンライン掲載論文)

2018年11月3日
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9月26日、脊髄損傷の小さなステップというタイトルで、硬膜外電気刺激とリハビリを繰り返すことで、硬膜外の電気刺激を自分の脳である程度コントロールすることで、大地を歩けるようになった症例報告を紹介した。ただ、論文を読んで、例えば体性感覚が欠損している分を目で補っているなど、どんな患者さんでも確実に歩けるようにできるのかについては説得力がなかったため、「脊髄損傷の小さなステップ」というタイトルで紹介した。

ところが、まだ一月しか経っていないのに、今度はNatureに同じく外科手術で脊髄の硬膜外に留置した硬膜外刺激装置で3人の慢性期の頸椎脊髄損傷患者さんが自力で歩行することを可能にした研究が報告された。膨大な生理学的データを示して、なぜ歩けるかというプロセスを段階的に説明した論文で、素人の私にも説得力が高く、これはかなりいけると、今度は「脊髄損傷の大きなステップ」というタイトルで紹介することにした。ローザンヌにある工科大学EPFLからの論文でタイトルは「Targeted neurotechnology restores walking in humans with spinal cord injury (標的を定めた神経テクノロジーが脊髄損傷患者さんの歩行能力を回復させる)」だ。

この研究も、9月に紹介した研究も、筋肉と直接結合している末梢運動神経を脊髄に埋め込んだ硬膜外電極で刺激して運動を回復させる点では同じだが、この研究では生理学的な詳しいデータを集め、足を動かすための多くの筋肉が空間、時間的によりよくコントロールできるようにした上で、それぞれの患者さんのデータを重ねて調整が図られている。例えば、股関節を曲げる時、上部腰椎の脊髄が活性化されるが、足首を伸ばす時は上部仙骨の運動神経を支配する神経細胞集団を活性化するといった組み合わせが、それぞれの神経に伝わるようにプログラムする。また、神経刺激のパターンと屈筋、伸筋の関係についてさまざまな例を示して、ただ単純に刺激すればいいというものではなく、生理学的なデータに基づく刺激が重要であることを示している。

その上で、以前紹介した方法と決定的に違うのが、足を動かそうとしてもらって、全く動かない場合、硬膜外刺激を弱く加えてそれを残った神経で脳で感じてもらい、それぞれの筋肉をコントロールできる回路を開発できるようにしている。これにより、筋肉を動かすタイミングと強さを自分の頭でコントロールできるようにしている。この結果、驚くことに硬膜外刺激のないときでも、足を動かすことができるようになっている。また、治療開始5日で、吊り下げてもらいながら歩行訓練ができるようになる。

もちろんこんな説明では到底足りないほどの、記録や調整が行われた上の話だと思うし、このために患者さんも大きな努力を払ってコントロールを取り戻すためのリハビリを行ったと思う。そして最終的に、タブレットPCを通して、立つ、歩く、サイクリングなど、声で命令するとその動作に最適の刺激が与えられるようにしたコントロールシステムにより硬膜外刺激を与え、その刺激のタイミングと強さを自分の脳でコントロールすることで、3人ともかなりの運動能力を取り戻すのに成功している。

結局講釈は後にして、結果を見てもらったほうがいいだろう。次の2種類のビデオをみれば、これが大きなステップであることはわかっていただけるのではないだろうか。 https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fs41586-018-0649-2/MediaObjects/41586_2018_649_MOESM8_ESM.mp4

このビデオを見るだけで私の説明など無意味であることがわかる。まさに生理学と電気工学の融合の勝利だと思う。また、ETHやEPFLのように工学と基礎科学が常に同居するシステムで教育研究を行うスイスの伝統の勝利と言えるのかもしれない。そして、我が国でも例えば脊損で政界を引退した谷垣さんを中心にして、この治療法をどう導入していけばいいのか、議論するときがきたように思える。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月2日人類はいつからチョコレートを食べているのか(Nature Ecology & Evolutionオンライン版掲載論文)

2018年11月2日
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少し専門的な論文が続いたので、ちょっと息抜きと思っていたら、うってつけの論文を見つけた。人類がチョコレートの原料カカオ豆をいつから栽培植物として利用し始めたのかという問題についての論文だ。しかしアフリカ由来のコーヒに南米由来のチョコレートは息抜きになる。

これまでカカオTheobroma cacaoの栽培は中米で始まったとされていたが、最近ゲノム研究が進み、遺伝的に大きな変化、すなわち栽培化がアマゾン上流で始まったのではないかという可能性が示唆されていた。今日紹介するカナダアルベルタ大学考古学教室からの論文は、少なくとも5450−5300年前には、エクアドルでカカオがすでに栽培されていることを示した研究で、アマゾン源流でカカオの栽培植物化が始まったとする説を支持する論文だ。タイトルは「The use and domestication of Theobroma cacao during the mid-Holocene in the upper Amazon (カカオの利用と栽培は完新世中期、アマゾン上流で起こった)」だ。

この研究の手法は単純で、2002年にフランスとエクアドルの合同チームにより発見され、放射線同位元素の年代測定から5300年前と年代特定できたマヨチンチべ文明の最古の遺跡(エクアドル)から見つかった陶器にカカオの痕跡がないか3種類の方法で調べ、すべての方法で栽培植物化されたカカオと考えられる残滓を特定できたという話だ。この遺跡は、当時の陶器の生産所として機能しており、複雑な形のツボまで様々な陶器が見つかっている。

具体的には、陶器にこびりついている煤けた食物残渣を19種類の道具から採取、その中の6種類の陶器から現在のカカオに似たデンプンが回収された。これらは野生種のカカオとは区別される。

次にこれを液体クロマトと質量分析器で調べ、カカオ由来のTheobromineを検出している。

最後に残渣のDNAを回収し、配列から栽培化された他のカカオや野生のカカオのDNAと比べている。カカオのDNAをトラップして濃縮する方法により得られた5種類のDNAサンプルのほとんどが栽培化されたカカオの配列由来で、野生型のDNAが混じっていたのは2種類だけで、それもほんの一部で、全て栽培化されたカカオを代表していることが明らかになった。また、他の栽培かカカオとの関係では、アマゾン上流のプルス川、エクアドルのクラレー川のカカオに、エクアドルで栽培されているチンチぺ種より近いこともわかった。以上のことから、この遺跡で食べられていたカカオはすでに栽培化されたカカオに近いことから、おそらくここにたどり着く前に栽培化が行われたのではと結論している。たかだか19種類の多型を用いた系統解析で、これだけで完全にカカオ栽培の歴史をたどるのは難しいが、、アマゾン上流のエクアドルで最初栽培化され、それが中米からメキシコで独自に新しい種に改良されたとする考えを示している。

もちろん、塩基配列の一致を見たからといって、実際にこびりついいていたサンプルが、当時のものかどうかはわからない。あとからつく可能性も十分ある。これについては、回収したDNAに5000年分の変性が起こっていることを示して、確かに後から混入したものでないことが示されている。ただ、この点については問題にする研究者も多い気がする。まあ、ここでは一応著者の結論を受け入れよう。

しかし、コーヒーといい、カカオといい、人類は結構苦いものをわざわざ栽培化して利用していたことになるが、実際その時から、これほど美味しい食べ物として発展すると考えていたのだろうか。その予見能力には脱帽する。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月1日:自然免疫細胞の遺伝子発現の細胞間、及び種間の多様性(10月24日号Nature掲載論文)

2018年11月1日
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ガンの免疫療法を考えると、現在実用化されているチェックポイント治療は、ガンを殺すのに必要な免疫反応の強さの閾値を下げて効果を高める方法といえるが、他にも多くの標的過程がある。中でも、がんの免疫を成立させる入り口の増強は極めて重要だ。この時、昔ならガン特異的な免疫反応だけが問題になったが、今では自然免疫系の関与の重要性が十分理解され、これを活性化させるのがアジュバントや腫瘍溶解性ウイルスになる。この系は、種差や人種差が大きいことが知られており、大きな多様性が生まれるメカニズムを理解することは、この系を標的にする治療法開拓には重要な問題だ。

この自然免疫の種間の多様性の問題を、 Poly I/CやLPSのような自然免疫刺激剤を異なる動物に注射し、それに対する線維芽細胞やマクロファージの遺伝子発現の差として正確に定義し、多様性のメカニズムを調べたのが今日紹介する英国サンガー研究所からの論文で10月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「Gene expression variability across cells and species shapes innate immunity(遺伝子発現の種間の差と、細胞間の差が自然免疫を形作る)」だ。

極めて直線的でシンプルな実験が行われている。目的は自然免疫反応の多様性を理解することで、このため人間を含む様々な動物を準備し、その皮下に刺激物質を投与、同じ種類の細胞の転写レベルでの反応の多様性を調べている。また同時にsingle cell transcriptome を行い、個々の細胞での遺伝子発現の多様性も調べている。

実験は、人間、猿、げっ歯類にPoly I/C を注射し、ファイブロブラストの遺伝子発現を調べただけの、直接的で単純な実験で、単純とはいえ好感が持てる。ただLPSを注射してマクロファージの反応を調べる実験は、流石に人間を対象にはできなかったようで、代わりにウサギ、ブタを使って調べている。

この結果、インターフェロン、TNF、IL1など、全ての種で共通に上昇する分子も多く存在するが、ウイルスの処理に関わる数多くのサイトカインやケモカインの発現の強さは種により大きく変動する。同じ多様性は、マクロファージのLPSに対する反応でも見られる。

次に、これらの遺伝子発現の強さの違いが、プロモーターのエピジェネティックな状態と対応しているのかどうか、遺伝子発現が活性化された遺伝子に結合しているH3K4me3の結合を調べると、種間の多様性が大きな遺伝子ほど、予想とは逆に活性型のヒストンと結合していることがわかった。さらにこれらの遺伝子のプロモーター領域は、遺伝子発現で大きな種差があるにも関わらず、配列が保存されているという、少し進化の常識から外れた結果が示された。

この原因を追求して、種差の大きな遺伝子は、TATA型のプロモーターを持つが、メチル化の標的になるCpG islandが抜けているという特徴を持っていること見出している。そして、この種差が大きくなるプロモータを持っている遺伝子の多くが、サイトカインやケモカインをコードしていることがわかった。 炎症に最も重要なサイトカインやケモカインの発現の種差が、逆に大きいというのは、予想に反するが、それぞれの種で、細胞間の遺伝子発現を調べると、種差の大きなサイトカインやケモカインの遺伝子が、細胞間の発現でも、大きな多様性を示すことがわかった。すなわち、細胞間、種間を問わず、発現に大きな多様性が生まれるようなプロモーターの構造が多くのサイトカインやケモカインで維持され、もともと細胞レベルでも発現の多様性が構造的に高く、この結果進化速度も上昇することが示唆された。実際、発現の種差の大きいサイトカインほど、遺伝子配列の多様性も大きい。

話は以上で、結論は少しわかりにくいかもしれないが、多様な外界のストレスに対応して、迅速に進化できる自然免疫のエフェクター分子の多様性を支えるのが、発現レベルでの多様性をを積極的に生み出すように進化したプロモーターの特殊な構造にあり、これが種間で自然免疫系が多様化する原動力になっていると結論している。 人間を含め異なる動物を直接比べた点は評価できるが、本当にこれが正しい解釈かどうか完全に納得というわけにはいかない論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月31日 時間をカウントする脳回路(Nature Neuroscienceオンライン掲載論文)

2018年10月31日
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私たちの海馬の嗅内野と呼ばれる領域に、場所を記憶するグリッド細胞が存在する事はノーベル賞に輝いたオキーフやモザーさんの研究によって明らかにされた。実際、外部の空間的位置に対応して反応する細胞が、脳内で一種の空間的地図を形成しているのをみると、本当に感動する。一方、空間と並んで重要な時間はどのようにカウントしているのか?これについては、9月1日に同じモザーさんの研究室から、マウスが10−20秒間隔で規則正しく興奮を繰り返して、行動に時間の情報を統合している神経回路が示された。ただ、この時間は行動と密接に関わり形成されるリズムのようなものだ。しかしこれ以外にも、私たち人間はじっとしていても、頭の中で時間の経過を感じることができる。

同じようなじっとしている時の時間をマウスはカウントすることができるのか、もしできるとしたらその回路はどんな特性を持っているのかを研究した論文がNorthwestern 大学の神経生物学部門からNature Neuroscienceに報告された。タイトルは「Evidence for a subcircuit in medial entorhinal cortex representing elapsed time during immobility (動かないでじっとしているときに経過する時間を表象する内側嗅内野の下部回路が存在する証拠)」だ。

人間でも、例えば黙祷を捧げている時、時間をカウントしようとすると、「一、二、三、四」と頭の中で実際の数をカウントするのが普通だ。マウスも、本当にそんな芸当ができるのだろうか。この研究では、マウスを自分の足で回すことができる踏み車の上にのせ、前には3面スクリーンで周りの景色を変化さセル装置を用いて、直線で門の前まで走ってから、6秒待って、門が開くときすぐに中に入って進むと餌にありつけるというバーチャルな課題を作り、この課題を行わせながら、内側嗅内野に蛍光センサーを設置して、領域内の神経細胞の活動を記録している。

この研究のミソは、門の前まで来た後、止まって正確に6秒数えて走り出した時だけ門の中に入って餌にありつけるようにして、じっとして6秒カウントする行動が取れるよう訓練している点だ。これにより、体の動きや場所の認識とは全く別に、時間だけをカウントする神経回路があるかどうか調べることができる。この課題では、もちろん目から景色の変化や、門の開け閉めがインプットされるようになっており、当然場所に反応する神経も記録される。

まず驚くのは、訓練すればマウスでも6秒を正確に数えることが50%以上の確率でできるようになる。すなわち、時間をカウントすることができる。そしてこの時活動する神経細胞を調べてみると、じっとして時間をカウントする時にだけ興奮する細胞が確かに存在する。すなわち、場所とは無関係に時間のカウントを行う神経回路が存在する。

これら時間カウント細胞の興奮を記録すると、驚くことに、時間の経過に合わせて、異なる神経細胞が順番に興奮することで6秒という時間を計っていることがわかった。言い換えると、6秒の間に細胞の興奮がリレーのように伝わることで時間が図られていることがわかった。そして、この時間の経過を表象する細胞群はこの領域内でも互いに近接してサーキットを作っている。この発見が、この研究のハイライトだ。

あとは、カウントが短すぎたり、長すぎたりした失敗時の神経活動を調べ直し、細胞間の連携の正確さが時間カウントの正確さを決めていることを明らかにする。また課題自体は同じだが、目に入る景色をまるっきり違う景色にスウィッチして、時間のカウントに関わる同じ細胞が、新しい課題に対しても、最初から同じように使われていることも明らかにしている。

結果は以上で、ともかく時間の経過とともに、違う神経があたかも興奮をリレーしているように(実際にはそうだと思うが)、順々に興奮している図を見せられるとそれだけで納得する研究だ。もちろん、まだまだ現象論にとどまっていることは間違いない。今後ぜひ、このリレー回路のメカニズムと、それがどのように行動の命令へと統合されるのかなど、明らかにして欲しいと思う。モザーさんの実験も考えると、様々な時間が私たちの脳の回路として維持されているのがわかる。概日周期並みの大きな研究領域に発展する気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月30日オーガニックフードでガンは防げるか(10月22日号JAMA Internal Medicine掲載論文)

2018年10月30日
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随分前からヨーロッパでは、BIOとかOrganic をうたったスーパーマーケットが街角で多く見られるようになった。最初見たとき、店に全てオーガニックを集めて、その由来を店が保証するシステムはなかなか合理的だと思った。我が国でも、行くところに行けばあるのかもしれないが,街を歩く限り同じような業態はまだ普及していないように思う。少々値段が高くても、オーガニックを徹底したいと思う人たちが生まれ、それが一定数を超えると、それを支えるアクセスしやすいマーケットができることは間違いないので、我が国ではそこまで徹底したいと思う人間の数はまだまだ多くないのだろう。

しかし、オーガニック、すなわわち肥料、農薬、抗生物質など人工化合物を全く使わない食品に変えれば、ガンなど病気の発生を抑えることはできるのか?今日紹介するフランス・ソルボンヌ大学疫学・統計学研究所からの論文はフランスでオーガニックな食品を使っている人を、平均4年観察して、がんの発生を一般食と比べた論文で、10月22日号のJAMA Internal Medicineに掲載された。タイトルは「Association of Frequency of Organic Food Consumption With Cancer Risk (オーガニック食品を食べる頻度と癌のリスク)」だ。

研究では、まずウェッブで集めた6万人近くの人を、オーガニック食品を食べる頻度(例えば全ての食事でとか、週に2回)に参加者をオーガニック度を1−4段階に分けている。Q1はオーガニックに無頓着という人々で、Q4はオーガニック度が最も高い。

このような方法の最大の問題点は、オーガニック度だけが違うという人たちを集めるのが難しい点で、実際Q4の人は他のグループより当然健康に注意している人で、所得も高く、タバコを吸っている率は低く、肥満も少ない集団になっている。ただ統計学的には比較を妨げるほどではないと、統計の専門家である著者らはこのまま比較を続けている。ただ驚くのは、月給が1200ユーロ以下の人たちの中の13%の人が最も高いオーガニック度の生活を続けている点で、所得をにかかわらず、意思を徹底させている人達がいるのを知って、この生活スタイルが定着していることに感心する。

いずれにせよアンケート調査に応じた人たちを、平均で4年以上追跡し、がんの発生率をそれぞれのグループで確かめ、Q1-Q4各段階のがんにかかるリスクをオッズ比として算定している。

さて結果だが、かなりの効果がある。すなわち、Q1―Q4へとオーガニック度が上がるに従い、ガンのリスクオッズ比は下がり続け、 Q4段階でのオッズ比はなんと0.7にまで低下している。まだ、フォローの期間が短いため、ここのガンについて統計学的に何か言えるまでにはいっていないが、母数が十分な乳がんを取り出してみても、同じ傾向、すなわちオーガニック度の高さと、ガンの発生リスクのオッズ比と相関させる、見事にオーガニック度が上がるとリスクが下がる。

もしこの結果をそのまま受け入れれば、やはり私たちはがんの原因になる多くの化学化合物に囲まれて生きており、オーガニックに変えることで大きな効果があるという結論になる。著者らの頭の中にあるのは、農薬やホルモン類似物質だが、もちろんこのような調査では単一の物質に特定することはできない。あまり気にせずこの歳まで生きてきた私たちにとっては、もう手遅れだが、若い世代にとっては重要な問題だろう。さらに多くの調査研究が行われることを望む。しかし、このような調査が難しい問題をClinical Trial Govに登録して、真正面から取り組む疫学者がいるのにも脱帽。
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10月29日:アホロートルの四肢再生過程のsingle cell transcriptome解析(10月26日号Science掲載論文)

2018年10月29日
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たまに幹細胞の話を若い人にすることがあるが、再生現象を教える時、プラナリアとアホロートルの四肢再生は、解析が最も進んだ系の例として取り上げている。その時、プラナリアの再生はES細胞型、アホロートルの四肢再生はiPS型と教えている。というのも、プラナリアの場合、体の全ての細胞に分化できるES細胞とも言える幹細胞が身体中に存在し、障害を察知するとその細胞から分化を誘導して成熟細胞を作る。一方、アホロートル四肢再生の場合は、すでに分化していた間質細胞が多能性の幹細胞へとリプログラムされ成熟細胞をリクルートすることから、iPS型といっていい。

さて、これらのプロセスは現在single cell transcriptomeで詳しく解析が始まっておりプラナリア再生時の細胞分化のダイナミックスについては以前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8430)。今日紹介するオーストリア分子病理学研究所からの論文はアホロートル四肢再生にsingle cell transcriptomeを組み合わせて解析した研究で10月26日のScienceに掲載された。もちろん、責任著者の一人はこの分野の開拓者Elly Tanakaさんだが、ドレスデンからウィーンに移っても着実に研究が進んでいる。

以前紹介したプラナリアの研究とは違って、この研究ではこれまでTanakaらが開発してきた細胞系譜を追跡するためのトランスジェニック個体が使われており、これにより再生芽だけを解析したり、再生組織に存在する細胞の元々の起源を確かめたりできる。すなわち、single cell transcriptomeを統合した、総合的再生研究を行なっている。

研究では、これらのツールを使いながら、再生前の間質細胞が再生芽へと発展し、その後筋肉や骨にボディープランに合わせて分化していく様子を詳しく解析している。膨大なデータなので、詳細は割愛するが、ほぼ完全にこれまでTanakaらが提案していた仮説が正しいことが示された。しかし、この一言で終わってしまうのも、あまりにそっけないので、今回確認された重要な点だけ列挙しておこう。

四肢再生では、もちろん皮膚や血管は再生能力があるため、そのまま新生が起こればいい。問題は、骨や筋肉、そしてそれをつなぐ腱などをどう再生させるかが問題になる。これが組織中の間質細胞によってリクルートされることはわかっていたが、今回single cell analysisが行われた結果、間質細胞の中に特に幹細胞として再生に働くものがあるわけではなく、どの間質細胞集団からも刺激に応じて再生芽細胞ができることが明確に示された。また、筋肉や骨細胞から再生芽ができるわけでないこともはっきりした。

また、手を切断するとすぐに細胞外マトリックスを分泌するシグナルが間質に入っているが、このような炎症型の刺激により始まり、その後成熟型の間質が形成されると同時に、ボディープランに関わる分子の発現が見られる。このように、間質が再生をどうガイドするのかは、これからの問題になる。

どの細胞からできてきても、再生芽は極めて均一な集団で、この細胞へのリプログラム過程の解析は今後の重要な課題になると思う。しかし、腕の先と根元の方の再生に関わる細胞の起源は別々で、先の方は骨格近くにある間質細胞、根元の方は皮下の間質細胞に由来することを示している。

以上細胞レベルの解析により、仮設の大枠はそのままでも、さらに新しい課題とそれに挑戦するための道筋がはっきりと示されたと思う。基本的には、現象論だが、これがより分子メカニズムを対象にした研究に進む大きな後押しになったと確信した。
カテゴリ:論文ウォッチ