3月27日 性決定の共通性と多様性(3月22日号 Science 掲載論文)
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3月27日 性決定の共通性と多様性(3月22日号 Science 掲載論文)

2024年3月27日
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生物学的な性の定義は遺伝子情報の交換が個体間で行われることで、大腸菌でも性は存在する。すなわち、遺伝子組み換えを通して、個体の持っている遺伝情報を交換することが、多様性を高めて種の保存を保証している。

単細胞動物では比較的簡単な性の維持も、高等動物になるにつれ複雑になり、精子や卵子といった配偶子だけでなく、オスとメスの分化が必須になってくる。今日紹介するドイツチュービンゲンのマックスプランク研究所からの論文は、褐藻類の性決定機構を調べることで、オスとメス決定の進化を展望した研究で、3月22日号 Science に掲載された。タイトルは「Repeated co-option of HMG-box genes for sex determination in brown algae and animals(褐藻の性決定に HMG BOX 転写因子が繰り返し流用された)」だ。

褐藻は巨大ケルプを含む海藻の仲間で、この研究ではその性決定に関わるマスター遺伝子を探すところから始めている。この時、他の生物での性決定に関わる遺伝子の共通性に着目している。すなわち、我々哺乳動物では SRY のような HMG ボックスを持つ転写因子で、おそらく褐藻も同じ HMG ボックス分子を持つ筈だと、オスとメスの配偶子を調べ、予想通り新しい HMG ボックスを二つ有する転写因子(MIN)を特定する。すなわち、褐藻は我々オピストコンタから10億年近く離れているが、その性決定に HMG ボックス分子が使われていることになる。

次に、この遺伝子のノックアウト実験を通じて褐藻の性がどう変化するか調べている。結果は期待通りで、我々の SRY と同じで、オスを決めるマスター遺伝子であることが示される。といっても、褐藻の形態はオスも、メスもほとんど違わない。ただ違いは配偶子がメスの配偶子のフェロモンを察知して融合する機能が欠損することで、オスの機能とはこれだけかと寂しくなる。それでも、MIN の下流では280種類の遺伝子の転写が変化している。

以上が結果で、あとは生物進化の過程で性決定メカニズムを HMG ボックスとの関わりで見直している。ここが一番面白いのだが、酵母から褐藻、そして我々まで HMG ボックス転写因子をマスター遺伝子として使うのは共通している。しかし、進化過程を辿ると、ひとつの先祖 HMG 遺伝子が進化するのではなく、それぞれの進化でオスメスが生まれる時、独立して HMG 遺伝子が使われることがわかる。実際、褐藻の進化でも今回 明らかになった MIN とは全く別の、しかし HMG 転写因子が使われていることもわかる。

以上のことから、HMG ボックスという特殊な機能を持つ転写因子は、性決定という多くの遺伝子を同時に変化させる必要性に合致しているため、性決定の進化で何度も何度も、流用が繰り返されたことがわかる。性決定を考える面白い切り口が示されたようだ。

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3月26日 AI を用いて鳥の鳴き声を解読する(3月20日 Nature オンライン掲載論)

2024年3月26日
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Bird song learningは、我々の言語発達にもつながると、さまざまな研究が行われる面白い分野だが、これまで2回ぐらいしかこのブログでは紹介できていない。というのも、鳴き声のパターンや複雑性についてはわかっても、言語としての意味をほとんど理解することができないからだ。

今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医学センターからの論文はニューラルネットを用いて Zebra Finch の鳴き声を、シラブルが組み合わさったセンテンスとして解析し、人間ではわからない違いを解読し、メスの好む人工的泣き声を合成するところまで行った画期的な研究で、またまた AI パワーに驚かされる研究で、3月20日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The hidden fitness of the male zebra finch courtship song(オスのZebra finchの求愛ソングに隠れた適応)」だ。

まさに Large language model ならぬ Large song model を作る話で、Zebra finch(ZF) の鳴き声をまず18個体から集め、これを15万近い分離したシラブルに分け、このシラブルを我々の言語での単語と見立てて、様々な特徴(ピッチ、強さ、などなど)を多次元パラメータで表し、これらを Siamese convolutional neural network と呼ばれるニューラルネットモデルに学習させ、シラブルが分布する多次元モデルを作成している。そして、それを次元圧縮して表現している (UMAP) 。LLM で言えば単語同士の位置関係を二次元で表示した UNAP と考えればいい。

ZF では親から歌を習った場合と、習わなかった場合で鳴き声が異なる。習った場合は、親の歌を真似した歌で、メスはこちらの声を好む。習わなくても鳴くのだが、習っていないパターンではメスに好かれないことが知られている。

まず面白いのは、親に歌を習った鳥の鳴き声(イミテート声)に存在するシラブルと、習っていない鳴き声(即興声)のシラブルは UMAP 上の異なる領域に分布している。すなわち単語レベルでまず異なっている。

そしてイミテート声と即興声を区別するのは、一つのセンテンスとしてシラブルを繋いだ時、UMAP 上でのセンテンスの長さがイミテート声で長いことだ。すなわち、習わない場合より複雑なシラブル構成をとっていることがわかる。

次は、こうしてなんとか解読した鳴き声の違いが、そのままメスを惹きつける効果に繋がっているかを調べるため、人工的にイミテート声と即興声を作成し、それぞれを別の場所から流した時、メスがどちらに引きつけられるか調べると、イミテート声の方に惹きつけられる事を確認している。すなわち、メスにとって魅力のあるセンテンスを人工的に作れる。

さらに、親の声と、習った子供の声を比較してそれぞれのセンテンスの UMAP 上の距離を調べると、ほとんどの子供はまだまだ未熟で、距離が短いが、一部の子供では親を超えるケースも現れている。このように、単純な分析ではわからない鳴き声の違いがり、一旦 Siamese convolutional neural network と呼ばれるニューラルネットに媒介させることで、親の声を習うことの難しさが明らかになった。

以上が結果で、動物のコミュニケーション手段を解析するためにいかに AI がパワフルかが明らかになった。

余談になるが、いつもお願いしているバードウォッチングガイドさんが、この AI で区別する違いをコマで区別できるのか知りたいと思う。おそらくガイドさんの脳はメスドリの境地に近づけているのではないかと推察する。いずれにせよ、様々な動物の声を翻訳できる時代に近づいた。

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3月25日 骨髄造血の全像(3月20日 Natureオンライン掲載論文)

2024年3月25日
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増血研究では、骨髄移植、in vitro コロニー法と長期培養、表面マーカーとセルソーターなどを組み合わせて観察が行われるが、実際の骨髄は骨に閉ざされて観察が難しい。それでもさまざまな工夫を重ね、骨髄の切片を作成する組織学的検討は繰り返し行われてきた。ただ、どうしても単一の造血幹細胞に焦点が当たるため、造血ダイナミックスを観察することは難しかった。

今日紹介するシンシナティ子供病院からの論文は、主に胸骨骨髄を用いて、そこで起こっている造血全体を観察することで、試験管内で観察するのとは全く異なる造血ダイナミックスが存在することを示した研究で、3月20日、Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Resilient anatomy and local plasticity of naive and stress haematopoiesis(定常およびストレス下での造血は高い解剖学的安定性と局所的可塑性に支えられている)」だ。

この研究では247種類の細胞表面マーカー、セルソーティング、骨髄移植、コロニー法など、従来の造血研究を組み合わせて各種造血幹細胞特定法を確立した後、表面マーカーの多重染色により、それぞれの幹細胞の骨髄中での分布をまず調べている。

その結果、細胞に焦点を当ててみるともちろん全ての幹細胞を特定することができ、白血球や赤血球造血は類洞で、リンパ球造血は小動脈に近接して起こっているのが確認される。そしてこの研究のハイライトと言えるのが、それぞれの幹細胞は局所でコロニーを形成していないと言う発見だ。これは各系統へ分化した幹細胞でも同じで、この結果それぞれの系統は骨髄の別の場所で独立して形成されることになる。

幹細胞は当然増殖を続けている。なのに幹細胞が単独で存在し、局所的なコロニーを作らないと言う事実は、分裂した相手側がすぐにその場所を離れる事を意味する。実際、これを確かめるために、頭蓋骨にラベルした幹細胞を一個だけ導入し、24時間後に観察すると、分裂した娘細胞はその場所から移動している事を確かめている。

赤血球造血についてこの過程をさらに調べているが、分裂した細胞の片方で c-Kit の発現が低下しその場を離れる事を観察している。神経幹細胞の分裂によりできた娘細胞が上部へと速やかに移動するのと似たイメージだ。

細胞のオリジンを調べる標識法を用いてさらに確認実験を行い、赤芽球まで分化した後はクローナルな増殖がはっきりと捉えられるが、それ以前の幹細胞ではクローン増殖は見られない事を確認している。

最後に、個体が出血、感染、あるいはG-CSF投与といったストレスにさらされた時、この骨髄造血を支える構造はどう変化するのかを調べ、基本構造には変化がない事を特に幹細胞の分布から示している。すなわち分裂後娘細胞がニッチを離れると言うシステムが、造血構造の安定性を保証していることになる。ただ、骨によっては類洞や小動脈の構造が異なるため、増殖した細胞が移動する速度が変化する。そのため、それぞれのストレスに対して、腸管骨と胸骨では反応が違って見えることも示している。

結果は以上で、木を見て森を見ずというが、森全体を見ることで造血にも新たな発見がもたらされている。とはいえ、全体を見るために画像解析は欠かせない。将来さらに AI を組み合わせればさらに新しい構造を見ることができるかもしれない。

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3月24日 細胞レベルで全ゲノム解析が行われる時代になった(3月18日 Cell オンライン掲載論文)

2024年3月24日
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ヒトの全ゲノム解析が達成できたあと、個人のゲノムを1000人単位で集める目標が掲げられたのはそれほど遠い昔ではない。その後、ゲノム解析コストは下がりに下がり続け、その結果、全ゲノム解析が終わっている個人の数はいまや膨大な数に上っていると思う。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、全ゲノム解析が今や細胞レベルにまで及んできて、個体の中でそれぞれの細胞が経験する変化をゲノムのレベルで読み解ける時代が来たことをひしひしと感じる研究で、3月18日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Contrasting somatic mutation patterns in aging human neurons and oligodendrocytes(高齢者の神経とオリゴデンドロサイトの対立する突然変異パターン)」だ。

この研究では幼児、青年期、40代、そして80代の脳組織からオリゴデンドロサイト(OGL)、グリア、神経細胞を分離、トータルで150個の細胞について全ゲノム解析を行い、特に OGL と神経細胞で突然変異の起こり方を調べている。ヒト全ゲノム解析完成が高々と歌い上げられたのが2004年なので、20年でここまできたかという感慨は深い。

脳内で OGL は増殖を続けミエリン鞘を供給し続ける一方、神経細胞は原則として増殖することはない。この違いを、ゲノムに蓄積する突然変異から調べようとしている。

まず、一塩基変異で見ると、増殖する OGL は増殖しない神経に比べて2倍頻度が高い。しかし、増殖にかかわらずどちらの細胞も年齢を重ねるにつれ突然変異が蓄積する。面白いのは、Indel と呼ばれる挿入や除去といった変化は神経細胞の方が OGL の頻度より高い。ただこれも、年齢とともに増えていく。このように生きている限り、増殖なしでも我々のゲノムは変化し続ける。

突然変異の起こり方は SBS と呼ばれる変異のタイプで分類されている。いずれの細胞も生存に伴う環境からの影響で起こる SBS5 がメジャーな変異で、年齢とともに増加するが、これに加えてそれぞれ独自の変異タイプが見られる。

増殖を続ける OGL では細胞分裂依存的に増加するデアミナーゼ作用による変異が見られるが、神経細胞では全く見られない。そして、これらの変異は腫瘍化したグリオーマと完全に重なっている。

SBS5 は両方の細胞で見られるメジャーな変異タイプだが、OGL ではクロマチンが閉じた転写活性が、低い領域に集まっている。一方、神経細胞ではその逆で、遺伝子発現が活発な領域で起こっている。おそらく、DNA修復の起こりやすい領域が細胞ごとに違うからと考えられるが、単一細胞ゲノム解析から生まれた新しい問題だと思う。

ほかにも、それぞれの細胞は発生過程で様々な変異を蓄積した後、成熟後細胞の状態に会わせた変異が蓄積していく。これを利用して細胞系譜をたどることも可能だ。しかし、OGL は成熟後もほとんど同じペースで変異を蓄積する。これもおそらく、修復機構が変化した結果と考えられる。

外にもいろいろな可能性が示されているが、ゲノムプロジェクトが細胞レベルへと拡大していることが重要だ。発生、成長、老化を新しい視点で眺められる時代が来た。

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3月23日 閉経の進化(3月21日号 Nature 掲載論文)

2024年3月23日
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人間の女性の一生で閉経は一つの通過点で、平均して寿命の42.5%を閉経後に過ごすことになる。エストロジェンの急速な上昇などを伴う生理サイクルは身体に大きな負担をかけ、さらに乳ガンの研究でもゲノム変異の原因となることを考えると、女性が長生きするためには閉経も合理的な進化だと考えられる。

とはいえ閉経が見られない動物は圧倒的多数で、チンパンジーの閉経後の寿命は全体の2%しかない。また、GPT-4で調べると長生きするようになったペットでもサイクルが乱れることはあっても生理は続くらしい。

では人間以外に閉経は存在しないのか?これまでの研究で、シャチやクジラで確認されている。米国シアトルにある WhaleResearch センターのウェッブサイト(https://www.whaleresearch.com/orcasurvey)によると、閉経後メスが娘や孫の生存に有利に働いていること、例えばサケの餌場を教えるなどの役割を果たしていることが書かれている。

今日紹介する英国のエクセター大学からの論文は、やはり閉経が見られることが知られているハクジラ類の中で閉経が存在する類とそうでない類を比較して閉経の生存優位性を調べた研究で、3月21日 Nature に掲載された。タイトルは「The evolution of menopause in toothed whales(ハクジラでの閉経の進化)」だ。

クジラの寿命や生態については、多くのデータがあるのはよくわかるが、はて閉経の存在をどうして調べるのか興味を持ち、この論文を取り上げたが、調査捕鯨などによりクジラを解体するとき、卵巣を調べると排卵の跡が残っているようで、生理の回数と寿命を比べることで閉経の存在や、閉経後の寿命を推定できる。納得。

この方法でデータが揃っている32種のハクジラを調べると、5種類のハクジラに閉経が認められ、それぞれは独立して進化していることがわかった。この中には当然研究が進んでいるシャチも含まれている。

これまでの研究から、閉経が進化した理由として6つの仮説が提案されており、これらについて検討が行われている。

第一の仮説は長生きのために生理のストレスを抑えたという考え方で、調べてみると閉経が存在するハクジラは全て、ハクジラ全体の平均を超えて長生きする。一方、生殖可能年齢は外のハクジラと同じだ。従って、積極的に閉経を早めたという説は否定される。

ではなぜ閉経後長生きが必要かだが、シャチで示されているように、孫世代、その母親と一緒に長く生活するのが観察される。一方、娘や孫を助けることは、生殖年齢を犠牲にせざるを得ないという可能性は、閉経のあるハクジラでの生殖が他のクジラ以上に効率的であることから否定される。

しかし、長生きして生殖能が維持されると、若い世代の生殖を抑制する可能性があるので、閉経が起こる原因になる可能性については、オスの生殖相手の選択行動からも支持される。一方、オスの寿命につられてメスの閉経が始まったという仮説は、閉経の存在するハクジラでは、メスの方が長生きするので、可能性なしと結論している。

以上が結果で、シャチでの研究があるので、結論へと導かれている気がするが、しかし32種類全てを比べたのがこの研究の売りだと思う。

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3月22日 抗TNF抗体にグルココルチコイドを結合させたADC(3月20日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年3月22日
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免疫性の炎症疾患の治療に今も欠かせないのは、一般にはステロイドホルモンとして知られているグルココルチコイドホルモンだ。私も目薬や皮膚の炎症によく使用するが、内服すると一般の人に広く知られる様々な副作用が生じる。現在では、作用経路を減少させて、副作用を抑えたグルココルチコイド受容体(GR)作動薬が開発され、治験が進んでいるが、臨床利用にまでは至っていない。

今日紹介する米国の創薬企業 AbbVie 研究所からの論文は、GR作動薬を免疫性の炎症に使われる抗TNF抗体に結合させ、TNFを細胞膜に発現した細胞だけにGR作動薬を作用させ副作用を抑えられないかを調べた研究で、3月20日号 Science Translational Medicine にオンライン掲載されている。タイトルは「An anti–TNF–glucocorticoid receptor modulator antibody-drug conjugate is efficacious against immune-mediated inflammatory diseases(抗TNF 抗体にグルココルチコイド受容体作動薬を結合させた抗体結合薬は免疫性炎症疾患に効果を示す)」だ。

開発されたのは抗TNF抗体に2個のアラニンをスペーサーにしてGR作動薬を結合させた薬剤で、現在ガン治療によく使われるADCと呼ばれるグループに入る。抗TNF抗体はリュウマチなどの免疫性炎症で広く使われており、こうして開発された ABBV-3373 はまさに抗体とGR作動薬を合体させた効果を期待している。

まずTNFを発現する細胞に ABBV-3373 を作用させると、TNFとともに細胞内に取り込まれ、そのあと2個のアラニン部位が切断され、細胞内に放出されることを確認している。そして、試験管内でLPS刺激による末梢血の IL-6 産生を、TNF抗体のみと比べると、強く抑制できることを示している。

後はマウスの接触性皮膚炎、及びリュウマチ関節炎モデルで ABBV-3373(マウス型に変えている)の効果を調べている。

接触性皮膚炎でTNF抗体のみと比較すると濃度比で30倍ぐらい活性が高い。重要なのは、GR作動薬に見られる副腎皮質抑制効果がかなり抑えられている点で、グルココルチコイド薬から離脱するためのテーパリングというプロセスを必要としない。

マウス関節リウマチモデルでもテストしている。このモデルでは、TNF抗体は効果が低いが、GR作動薬は強い関節炎抑制効果を持つ。ABBV-3373 も同様の効果を示すが、関節炎だけで見ると両者の効果に差はない。ただ、GR作動薬ではマウス体重の低下を抑えることが出来ないが、ABBV-3373 では体重減少は全く認められない。

さらにリウマチの炎症がピークに達してから投与する実験を行い、既に確立した炎症でも抑えられることを示している。

最後に、ボランティアに投与して副腎抑制効果がほとんど見られないこと、また ABBV-3373 投与されたボランティアの末梢血ではTNFを発現した単球の数が低下していることを示している。

以上が結果で、ADCをGR作動薬と結合させて免疫性炎症抑制をさらに高めるというアイデアは面白い。今後、現在開発中のGR作動薬との比較になると思うが、副作用だけでなく、副腎機能抑制を抑えられるのはアドバンテージになる。

驚いたことに、リウマチ性関節炎に対する ABBV-3373 の第二相試験が昨年先行して発表されている。治験論文が先というのは創薬ベンチャーらしいが、効果で見るとTNF抗体のみと比べると、寛解率は高い。ただ、ベースにグルココルチコイドホルモンが投与されているので、今後はグルココルチコイドホルモンを使わない条件での治験が重要になる。

実際、小児のネフローゼなど、グルココルチコイドホルモンを使う副作用が問題になる病気は多い。その意味で、グルココルチコイドの副作用を抑える目的のADCは期待したい。

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3月21日 アルツハイマー病は脂肪代謝病か?(3月13日 Nature オンライン掲載論文)

2024年3月21日
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アルツハイマー病(AD)に何らかの形で脂肪代謝が関わることは、APOE4 が AD のリスク因子になっていることからわかる。このブログでも APOE4 が AD に関わるメカニズムに関する研究を何度も紹介してきた。問題は、研究が進んだ結果、特定のメカニズムに集約するのではなく、現在のところ神経細胞が直接 LDL に結合する説、血管説、アストロサイト説、さらにはオリゴデンドロサイト説が発表されている。おそらく、中核となるメカニズムの様々な表れを見ているのではと思うが、まだまだ手探り状態と言えるだろう。

今日紹介するスタンフォード大学の論文は、もともと AD による炎症誘導の主役として研究されてきたミクログリアと脂肪代謝について再検討を行い、ミクログリア由来の脂肪が神経細胞に伝達され、神経変性を誘導する可能性を示唆する研究で、3月13日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「APOE4/4 is linked to damaging lipid droplets in Alzheimer’s disease microglia(APOE4/4はアルツハイマー病のミクログリア内の傷害性脂肪滴と関連する)」だ。

この研究では、APOE4/4 タイプと、APOE3/3 タイプの AD 患者さんの脳細胞を single cell RNA sequencing で解析し、特に APOE4/4 のミクログリアで脂肪滴形成に関わる ACSL1 遺伝子が上昇していることを発見する。そして、ACSL1 陽性細胞が AD で指摘されてきた脂肪滴形成ミクログリアであることを組織学的に確認している。また、脂肪滴形成ミクログリアの数と AD 症状とが比例することも示して、ミクログリアでの脂肪形成こそが AD の進行を決めると結論している。

次に、Aβ プラークから神経細胞死までの過程とミクログリアでの脂肪形成を調べるため、ミクログリアを沈殿 Aβ で刺激する実験を行い、Aβ 刺激により ACSL1 を始め様々な脂肪代謝に関わる分子発現が誘導されるとともに、自然炎症に関わる分子が発現することを明らかにしている。

この研究のハイライトはここからで、このように Aβ で活性化した APOE4/4 ミクログリアの培養上清を神経細胞に加えると、Tau 分子のリン酸化が起こり、さらに神経細胞自体に脂肪滴が現れるとともに、細胞死が誘導されるという結果だ。

すなわち、ミクログリアで脂肪滴が合成されると、LDL 粒子が形成されミクログリア外に分泌され、これが神経細胞に取り込まれて、Tauリン酸化や直接の毒性を介して、神経変性を誘導するというシナリオだ。そして、APOE4/4 はこの LDL分泌を促進する役割を演じていることになる。

以上が結果で、これが正しいと、APOE4 リスクの神経説、アストロサイト説などとも矛盾はないので、なんとなく集約してきたかなと言う感じがする。いずれにせよ、ミクログリアの脂肪形成自体は PI3K 阻害剤などでも抑制できる創薬標的になるので、期待したい。

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3月20日 肝臓再生を促進するが、ガン細胞は抑える薬剤の開発(3月14日 Cell オンライン掲載論文)

2024年3月20日
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肝臓は2葉に分かれているが、生体肝移植のドナーでは、大きい方の右葉を切除してレシピエントに提供する。凡人ならドナーを優先して左葉にしておこうと躊躇するのを、過小グラフト症候群を防ぐためにも右葉と決意した開発者の田中先生はさすがだと思う。いずれにせよ、この時ドナーもレシピエントも、肝臓の再生が促進できれば、術後の肝不全の心配は大きく減る。

移植だけでなく、肝臓再生を促進する方法の開発は最も重要な課題の一つだが、今日紹介するドイツ・チュービンゲン大学と米国メイヨークリニックからの論文は、MKK分子阻害剤を開発し、肝切除に伴う問題解決に大きく近づいた研究で、3月14日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「First-in-class MKK4 inhibitors enhance liver regeneration and prevent liver failure(MKK4阻害剤として最初に認可された薬剤は肝臓の再生を促進し肝不全を予防する)」だ。

元々このグループは肝臓特異的に存在する map-kinase の一つ MKK4 に着目して研究し、全身でこの分子の発現を siRNA で阻害すると、他の臓器や正常肝臓には全く影響なく、肝臓再生だけが促進されることを明らかにしていた。

MKK4 はキナーゼなので当然阻害化合物を開発できる可能性がある。そこで、MKK4nと結合し機能を阻害する、現在メラノーマの治療に使われている B-Raf 阻害剤 vemurafenib をスタートに、様々な化合物を設計し、主に NMR を用いた構造解析にもとづいて、MKK4 特異的な化合物を開発し、最終的に HRX215 と名付けた、他のキナーゼと比べて MKK4 への結合が数十倍高い、経口可能な化合物を開発している。

この薬剤を投与すると、肝臓切除後の再生細胞数をほぼ3倍に増加させることが出来る。一方、正常肝臓に対してはほとんど増殖効果がない。また、肝臓切除だけでなく、四塩化炭素による肝障害からの回復も促進できる。

次に安全性、特に細胞増殖を誘導するので発ガン性などについて注意深い研究を行っている。正常マウスに1年半薬剤を投与し続ける実験でも、特別な副作用は認められていない。

面白いのは、脂肪肝が誘導されるシステムでこの薬剤を投与すると、脂肪肝が改善する。また、この系で発生する腫瘍や、メタピラジア(化生)を起こした前ガン状態発生を調べると、この薬剤により発生が抑えられる。

最後に、ブタでなんと85%の肝臓を切除する実験を行い、ほぼ全てのブタにおこる急性肝障害をこの薬剤が抑えることを明らかにしている。

この結果を受けて、既に安全性を確かめる第一相の試験も行っており、現在のところ副作用は認められないようだ。

以上、どのような症例で治験を行うか重要になるが、おそらく腫瘍による肝切除などを対象に、治験が行われるように思う。動物実験と同じ効果が確認されると、移植や腫瘍外科、さらには脂肪肝抑制など、これまであまり存在しなかった肝臓特異的な薬剤として大きく発展しそうな気がする。

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3月19日 中国からの細菌叢研究2題(3月14日 Cell オンライン掲載論文他)

2024年3月19日
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最近論文を読んでいて感じるのは、中国からの論文のかなりの割合が意外性を狙っている点だ。普通誰の論文か気にせず読んでいくのだが、読んでいるうちに「中国からかな?」と感じてアフィリエーションを見て納得するケースが多い

今日紹介する2編の論文は、ともに細菌叢からスタートして、病気の治療に役に立つ菌を特定し、最後にそのメカニズムを明らかにする研究だが、思いもかけないメカニズムに落ち着いている。

最初は浙江大学からの論文で、マウスの系でチェックポイント治療を助ける細菌叢を調べたら Johnsonii乳酸菌に行き当たり、さらにこの菌が他の菌と協力して合成するインドールプロピオン酸が免疫を助けるという話で、3月14日 Cell にオンライン掲載されている。タイトルは「Microbial metabolite enhances immunotherapy efficacy by modulating T cell stemness in pan-cancer(細菌由来の代謝物がT幹細胞を変化させてほとんどのガンに対する免疫治療を高める)」だ。

この研究は人間ではなく、マウスに移植したガンを PD-1 抗体で治療したとき反応した群と、しなかった群に分けて、反応した群だけに認められる細菌を探索し、少なくともヨーロッパではプロバイオに用いられている Johnsonii 乳酸菌 ( Lj ) に行き着き、実際正常マウスに Lj を投与すると PD-1 知要項かを高められることを示している。

Lj が出てきたのも意外だが、この作用機序を調べる中で、Lj によるトリプトファン代謝の結果出てくるインドールプロピオン酸(IPA)が、クロマチン変化を通じて自己再生能を持つ CD8T細胞を活性化し、キラー細胞を供給し続けることを示している。ぱっと見には不思議に感じないのだが、IPAを合成できる細菌はこれまでClostridium sporogenesに限るとされていたので驚く。

これについては、Ljが合成したインドール乳酸(ILA)をClostridium sporogenesに引き渡していると結論し、Lj によって ILA が提供されることで Clostridium sprogenes の増殖を促すというシナリオを提案している。

いずれにせよ IPA というゴールに集約している感じだが、この筋が正しければ IPA は現在アルツハイマー病など様々な病気で効果が調べられているので、プロバイオより、IPA 服用が正解という話になる。

次は中山大学からの論文で、最近のメタボライトにより高尿酸血症を直す話で、意外な目的だが、内容は面白かった。タイトルは「Alistipes indistinctus-derived hippuric acid promotes intestinal urate excretion to alleviate hyperuricemia(Alistipes indistinctus由来馬尿酸は腸管での尿酸分泌を促し、高尿酸血症を抑える)」で、3月14日 Cell Host & Microbiome に掲載された。

この研究も、まず高尿酸血症の患者さんで特異的に上昇している細菌としてAlistipes indistictus(Ai)を特定し、これを無菌マウスに投与して高尿酸血症を誘導すると、Aiを投与された群は血中尿酸値が低下することを発見する。

次に Ai 感染により起こる便中の代謝物の変化を調べ、馬尿酸に行き着く。驚くことに、馬尿酸を投与するだけで、高尿酸症を抑えることが出来る。すなわち、馬尿酸を飲むことで血中尿酸が下がるという意外な結果だ。

代謝経路をたどると、Aj は馬尿酸を直接合成するわけではなく、Benzoate と Glycine をフェニルアラニンとケトグルタル酸から合成し、これが肝臓へ移って馬尿酸になる。

そして馬尿酸濃度が高まると小腸上皮の 0PPARγ 転写因子が活性化され、尿酸をくみ出すシステムの小腸上皮の内腔面での発現が高まり、尿酸をくみ出す。マウスの話だが、実際 Aj 投与や馬尿酸投与で血中尿酸は大きく下がっているので、馬尿酸の毒性がないとすると、高尿酸血症の新しい治療になる可能性はある。

Aj の場合、benzoate とグリシンが供給され馬尿酸が作られるが、同じ量の馬尿酸なら投与可能ではないだろうか。

いずれにせよ、このような意外な筋を示す論文は中国からの確率が高い。

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3月18日 ヒストンのアルギニンメチル化の膵臓ガン悪性化(3月19日号 Cell Reports Medicine 掲載論文)

2024年3月18日
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ガンゲノム解析でほとんど違いはないのに、同じ治療の効果が全く違うという症例は多い。当然、エピジェネティックな違いがこの違いを決めていると思われるが、まだまだよくわかっていない。

今日紹介する韓国テジョンのKAISTからの論文は、膵臓ガンの悪性化に手を貸すエピジェネティックメカニズムに、ヒストンのアルギニン部位のメチル化酵素が関わる可能性を示した研究で、3月19日号 Cell Reports Medicine に発表された。タイトルは「PRMT1 promotes pancreatic cancer development and resistance to chemotherapy( PRMT1 は膵臓ガンの発生を促進し化学療法への抵抗性に関わる)」だ。

私の頭の中はヒストンメチル化というと、リジンのメチル化がインプットされてしまっているが、実際にはアルギニンもメチル化され、基本的にはクロマチンをオープンにする働きがあるらしい。

この研究では多くのガン、特に Ras変異によるガンでアルギニンメチル化酵素が上昇していることに注目し、マウス膵臓ガンモデルで single cell RNA sequencing を行い、特に PRMT1 の上昇が著しいこと、人間のガンで PRMT1 の発現が高いと予後が悪いこと、そして PRMT1 阻害剤で膵臓ガン細胞の増殖が抑えられることを明らかにしている。

次に、膵臓ガン発生を誘導するモデルで、膵臓特異的に RPMT1 ノックアウトマウスと正常マウスを比べると、PRMT1 ノックアウトマウスではガンの発生が遅れることも示している。

このように PRMT1 はガンの状態を最適に整える役割を演じているようで、そのメカニズムを遺伝子発現やクロマチン構造変化の解析を用いて調べると、GLUT1 やヘキソースキナーゼなど、グルコース代謝を高める酵素の遺伝子のクロマチンをオープンにすることでガンの増殖を助けることを示している。

最後にこの結果の臨床応用への可能性を調べる目的で、膵臓ガンに処方される率の高いゲムシタビンとPRMT1 阻害剤フラミジンを組みあわせた治療効果を、マウスに移植した膵臓ガンモデルで調べている。

結果は、それぞれ単独では得られない高い腫瘍抑制効果が見られるが、用いられた実験系ではガンの増殖を完全に止めるまでには至っていない。

以上が結果で、完治を望めないとはいえ、ゲムシタビンとの併用剤としての PRMT1 阻害剤の可能性を示している。最近では、膵臓ガンの患者さんからオルガノイド培養が可能になっており、実際の治療経過をもう一度試験管内で確かめることも可能なので、症例ごとに解析してみるのも重要だと思う。阻害剤は存在するようなので、是非臨床応用の可能性を追求して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ
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