11月23日:外洋魚の保護色(11月20日号Science掲載論文)
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11月23日:外洋魚の保護色(11月20日号Science掲載論文)

2015年11月23日
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数の限られた職業的科学者だけでなく、一般の人も参加して科学を新しく作り直すことの重要性を説いた本にMichael Nielsenの「Reinventing Discovery」がある。この本では、主に科学者側の問題を、分野外の科学者や一般の人が参加して解決する話が紹介されているが、このようなcollective intelligenceは、科学者が思いつかない、あるいは無視している素朴な疑問を科学にリクルートするためにも重要だ。今日紹介するテキサス大学からの論文はプロの仕事だが、私には考えもつかないがダイビングを楽しむ人なら誰でも持つ素朴な疑問を扱った研究だ。タイトルは「Open-ocean fish reveal an omnidirectional solution to camouflage in polarized environments (外洋の魚は偏光環境でカムフラージュするために全方向的解決策を持っている)」だ。色とりどりのサンゴ礁の魚は目を楽しませてくれるが、しかしサンゴ礁という環境で身を守り、また認識し合うために時間をかけて進化してきたはずだ。事実外洋に住む魚はと考えると、確かに色彩に乏しい。この研究では、銀色一色に見える外洋に棲む魚(この研究ではアジ科の仲間が対象になっている)にも進化で獲得された保護色があるのではないかという問題が検討されている。外洋の表層を回遊する魚にとって、青い海が環境になる。釣りをする人ならよく知っているが、この環境は単純に見えて、実は太陽光とその偏光で視覚的に複雑な背景を形成している。そこで、外洋に棲むアジ科の魚は実際にこの偏光に富む環境に対する保護色を持っているのか、鏡と散乱板をコントロールにした時の魚の見えやすさを特殊な写真機で調べている。期待通り、同じアジ科の魚でも水辺に住む魚と比べると、外洋に棲む魚は周りの光に溶け込んで見えにくいことを確認している。すなわち、銀一色に見えても、カムフラージュ能力を進化させている。さらに、太陽の位置や見るアングルなどを変化させて調べ、かなり様々な光の条件でこのカムフラージュが機能することを確認している。最後に、このような光環境でのカムフラージュを可能にする構造を追求し、グアニンプレートレットと呼ばれる皮膚に重なって存在するグアニンが板状に結晶化した構造が、上からの光と横からの光を別々にうまく他方向に散乱させて保護色になっていることを突き止めている。一見楽しいだけの仕事に見えるが、この保護色の起源をグアニンプレートレットと特定できると、保護色研究としては将来先をいく研究になる気がする。面白ついでに、最小の昆虫を扱った紹介しておこう。10月にZooKeysに発表された最小の昆虫は何かについてのモスクワ大学からの論文で、結論はScydosella musawasensisが現在計測された中では最小で、大きさは0.3mmであるという話だ(http://zoobank.org/E38CA5AE-0C65-45D0-9116-E74A1E889BDE Äi0)。しかしこんなサイズの虫をどうして探せばいいのか、人間の注意力とは素晴らしいものだ。私が顧問をしているJT生命誌研究館にもぜひ展示したい。
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11月22日:アメリカで早期膵臓癌の予後を決める社会的因子( 11月18日号JAMA Surgery掲載論文)

2015年11月22日
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膵臓ガンは現在も外科手術以外にほとんど治療する手段のない腫瘍で、全体で5年生存率が8%を切る。ただがんセンターの統計を見ると、リンパ節に転移せず大きさも2cm以下のステージ1では35%、同じ2cm以下でも転移が見つかる、あるいは転移がなくても大きさが2cmを超えるステージIIの場合は16%になっている。また、日本膵臓学会からの統計では、ステージI/IIでは5年生存率が44%になっており、手術が可能なステージについての我が国の統計は、医学国際誌で見かける数字と比べるとかなり良いという印象がある。これと比較する良い統計がないかと見ていたら、今日紹介するボストン健康管理室からの論文に行き当たった。タイトルは「Association of socioeconomic variables with resection, stage, and survival in patients with early stage pancreatic cancer(早期膵ガン患者の手術率、ステージ、生存率と社会・経済状態の関連)」で、11月18日号のJAMA Surgery に掲載されている。この研究の目的は、アメリカ全土の早期膵ガンの統計をまとめ直し、人種、健康保険を含む様々な社会・経済状況別に生存率を調べ、政策的に治療成績をあげる手段がないか調べることだ。しかし、アメリカで2004-2011年に発生した膵臓ガン患者のうち、転移がないと診断された17000人を超える患者さんの統計で、その意味で我が国の治療成績との比較対象としては十分だ。転移のない膵ガンで手術を行った場合の米国の5年生存率はグラフから目算すると大体20%で、手術を受けなかった場合が5%以下であるのと比べるとはるかに良い(論文では半数の人が生きている時点で計算しおり、手術した場合21ヶ月、手術をしない場合6ヶ月)。また、手術に放射線を組み合わせた方が予後の良いこともわかる。そのまま比較は難しいが、この論文に見るアメリカの数字は日本膵臓学会の数字と比べるとずいぶん悪い。これを見ると、我が国では早期発見さえできれば、治療成績は極めて良いと期待できるのだが、本当にそう思って良いのかは実は統計からだけではわからない。この研究ではアメリカを4地域に分け、南東部は他の地域と比べると生存率が低いことをはじき出している。すなわち、予後は、ガン自体の性状に加え、地域の医療水準、様々な社会・経済的要因が合わさった結果になる。この論文では、健康保険のグレードは言うまでもなく、人種、独身か既婚かなどの社会経済状態、および地域の医療状況など詳しく調べられ、予後との関係が調べられている。実は、自分が病気になった時の治療期待度を知るためには、このような詳しい統計が必要になる。しかしこのような様々な状態を把握するための全国的なガン登録は我が国でまだ始まっておらず、ようやく来年から始まる。確かに論文からだけではアメリカの医療はひどいと思ってしまうが、このようにガン登録後進国とも言える我が国の状況を考えると、学会から出された統計がそのまま他の国と比べられないのが問題だ。ガン登録は来年1月から始まる。一刻も早くガンの予後を決める様々な社会的要因について、全国統計に基づく研究が我が国から生まれることを期待したい。
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11月21日:脂肪組織炎症によるメタボリックシンドロームの抑制(11月16日号Nature Medicine及びNatureオンライン版掲載論文)

2015年11月21日
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腸内細菌叢と肥満やメタボリックシンドロームとの関係が注目されている。このホームページでも何回か取り上げた。便移植による肥満の話や(http://aasj.jp/news/watch/424)、果ては遺伝子操作した細菌によるダイエット(http://aasj.jp/news/watch/1755)まで、研究は広がりを見せている。この効果についてもメカニズム研究が進み、細菌叢から分泌される因子による食欲調節、そして炎症を介した糖や脂肪代謝の変化が特定されている。今日最初に紹介するスイス・ジュネーブ大学からの論文は、抗生物質で腸内細菌叢を完全に除去した時に見られる糖代謝改善についての研究で11月16日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Microbiota depletion promotes browning of white adipose tissue and reduces obesity (腸内細菌叢の除去により白色脂肪組織が褐色脂肪組織に変化し肥満が改善される)」だ。以前からこのグループは無菌マウスや抗生物質投与マウスの糖代謝を、高インシュリン・正常血統クランプ法と呼ばれる厳密な検査を用いて調べ、腸内細菌がないと耐糖能とインシュリン感受性が高まることを報告していた。この研究では、アイソトープを用いてクランプ状態でブドウ糖の取り込みが上昇する組織が鼠蹊部と生殖器官周囲の脂肪組織であることを突き止める。そして細菌叢除去による糖代謝の改善が、脂肪を溜め込む白色脂肪組織から、脂肪を燃やす褐色脂肪組織への転換によることを発見する。最後に、この転換の原因が脂肪組織に存在するマクロファージが炎症型に変化することを示している。まとめると、腸内細菌叢は脂肪組織の炎症を抑えて白色脂肪組織を維持しているが、抗生物質で除去するとこの作用が弱まり、白色脂肪組織は褐色脂肪組織に変わり、耐糖能やインシュリン感受性がよくなるという結果だ。
腸内細菌との関わりは調べられていないが、老化に伴う脂肪組織の糖代謝変化に炎症が関わることについてのソーク研究所からの論文がNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは「Depletion of fat-resident Treg cells prevents age-associated insulin resistance(脂肪組織に存在するTreg細胞を除去すると加齢に伴うインシュリン抵抗性を阻止する)」だ。私も含めて老人になるとわかるのだが、何をしても太ってしまう。基礎代謝が落ちるせいと片付けてきたが、この研究は老化に伴い起こる脂肪組織の変化を調べ、PPARγ陽性のTreg細胞が加齢に伴い脂肪組織に蓄積することを発見する。次に、Treg細胞のPPARγ分子をノックアウトすると脂肪組織でのブドウ糖の取り込みが上がり、耐糖能やインシュリン感受性が上がりブドウ糖代謝が改善する。すなわち、加齢特有の脂肪組織でのTregの蓄積は、脂肪組織の炎症を抑え、メタボ型へ糖代謝を変化させているという結果だ。この2編の論文からわかるのは、脂肪組織内の炎症がメタボリックシンドロームの発症を抑えていることだ。「えっ!炎症がある方がいいの?」と訝しく思われるかもしれない。しかしよく考えると、飽食を経験する私たちのような人類は今もほんの一握りだ。普段は食料がないという条件に適応し、腸内細菌叢と共存し、老化に従って炎症を抑え、脂肪を蓄積するようにできていると考えればいい。従って、メタボリックシンドローム防止を基準に、炎症がある方がいいと考えるのは人類進化に逆らう先進国特有の生活から来る不条と考えれば全て納得できる。
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11月20日:若年者のガンと遺伝体質(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年11月20日
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かつて私が委員長をしていた京都賞1次選考委員会で小児の網膜腫瘍の遺伝学的解析からガン抑制遺伝子Rb1の存在を予言したKnudsonさんを選んだ話を昨年9月26日紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2216)。Knudsonさんが予想した、「多くの子供のガンには遺伝的な体質が背景にある」という考えは、次世代シークエンサーが診療に導入されるとますます検証されやすくなっている。今日紹介するセントジュード病院からの論文は20歳以下のガン患者さん1120人のゲノムを調べ(がん細胞のゲノムではなく正常細胞のゲノム)、若年者のガン患者さんがどの程度遺伝的背景を持つか調べた研究で11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Germline mutations in predisposition genes in pediatric cancer (小児ガンの素因となる遺伝子の突然変異)」。繰り返すが、この研究の対象はガン患者自身のゲノムで、ガンのゲノムではない。患者さんの正常細胞からゲノムを調整して、ほぼ半分の患者さんは全ゲノムを、残りの半分はタンパク質に翻訳される全エクソームを解読している。こうして得た配列情報から、これまで明らかにガンの素因として特定されている565個の遺伝子について、ガンの原因になる突然変異がないかをまず調べている。結果は、95人(8.5%)の患者さんが、いずれかの遺伝子の突然変異を素因として持っている。これは、ランダムに選んだ健常人で見られる頻度1%と比べるとかなり高い。素因としての突然変異のほとんどはKnudson さんが予測したガン抑制遺伝子で、p53,APC,BRACA2と続く。しかし、明らかに遺伝的なこの素因は血縁者にガンが多いかという家族歴からは半分以下しか予測できない。従って、将来小児のゲノムやエクソーム検査を前もって行って危険性を予測することは、治療戦略にとっても重要だろう。詳細なガン遺伝子のリストを省くと話はこれだけだが、実際には8.5%の中に把握しきれていない突然変異が数多く存在し、詳しく検討すればこれらもガンの素因と特定される可能性が多い。従っておそらく10−20%の若年性のガン患者さんには何らかの遺伝的素因があるのではないだろうか。さらに、今年8月5日に紹介したように、もう少し効果は低いが、ガン体質に貢献する転写領域の突然変異も素因として働く可能性がある(http://aasj.jp/news/watch/1967)。とすると、若年性のガンの発ガン過程を理解するためには、この素因となる変異を知る必要がある。もちろんこれを知ったからといって、今有効な手立てがあるわけではない。しかし、臨床医学が科学である以上、医師として知らないで済ませる問題ではなくなると思う。    我が国も今月ゲノムを用いる医療の実用化をはかるための委員会が厚労省でスタートしたようだが、ようやく委員会をスタートさせて、また例によって議論が延々と続くと予想される状況ではおそらく10年遅れてしまっているだろう。私の友人に聞くと、個人ゲノムのエクソーム検査ならもう5万円は切っている。おそらくPCR検査よりはるかに安くなっていくだろう。そんな時、ようやく実用化のタスクフォースと聞くと、我が国がゲノム後進国であることを思い知り、暗澹たる気持ちになる。将来を見据えて政策を立案する力を役所に回復させることが最も重要な課題だと思う。
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11月19日:生まれた順序は兄弟の性格に影響を及ぼすか?(11月17日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2015年11月19日
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年下の兄弟・姉妹と比べると、第一子は共通の様々な性質を持つと長く考えられてきた。私も長男の一人だが、この通説に科学的根拠がどこまであるのか気にしたこともなかった。というのも、第一子には親も手をかけるし、第2子のように最初から競争相手がいるわけでもない。一方、年長者としての責任も子供ながらに感じるはずで、別に科学的検証がなくても、このような影響がでるのはなんとなく当たり前だと思ってしまう。しかし、この命題も検証すべきと考えた科学者は何人もいたようで、科学的検証の最初は、周りの科学者に第一子が多いことに気づいてそのことを発表したGaltonの100年前の論文にさかのぼる。その後何回もこの命題は検証されてきており、おおむね第一子は知力が高く、外交的で、責任感があるという通説が支持されてきた。今日紹介するドイツ・ライプツィヒ大学からの論文は現在利用できる出生コホート・データベースを使って統計的にこの通説を検証した研究で11月7日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Examining the effects of birth order on personality (出生順の性格に及ぼす影響を調べる)」だ。これまでの研究では、同じ家族の兄弟の性格を同じ研究者が調べていることが多く、どうしても先入観が入ること、そして対象としている人数が少ないこと、などの問題があるという反省から、この研究では英国、米国、ドイツの出生コホートからサンプルを抽出し、そこで行われた知能テストや性格検査をもとに兄弟・姉妹間の比較を行っている。また、家族内で比べる調査と、家族をこえて出生順で比べる調査の両方を行い、純粋に出生順の影響を検出しようと努力している。また対象は、家族内で比べる調査が3256人、全体では17030人と十分な数に達している。さて結果だが、知能テストの結果は出生順に低下するが、その差はたかだかIQにして1.5程度だ。それ以外は、外向性、心理的安定性、闘争性、寛容性、そして想像力全ての点で全く差がないという結果だ。ただ、家族内で比べた時、IQの差は少し広がるのと、第二子が闘争性が高いという結果になる。いずれにせよ大きな差ではないので、結論としては出生順が性格や知能に影響するという通説は支持できないことになる。この結論は子供の性を分けて調べても同じで、母親が女性であるという影響もないようだ。これまで長男であるということで少しは負い目を感じていた私だが、この統計を見て安心した。
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11月18日:人間はいつからハチミツを使っているのか?(11月12日号Nature掲載論文)

2015年11月18日
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これまで考古学は新しい科学的手法の導入のたびに大きく変化してきた。アイソトープの年代測定に始まり、今ではアイソトープの比を用いて、古代の人の食べ物や住んでいた場所まで推測が可能になってきた。それに加えて、古代DNA配列の解読は当時の住人の身体的性質や関係を教えてくれる。これまでわが国では「考古学は歴史学か人類学か」などの議論が行われてきたが、おそらく馬鹿げた議論で「考古学」は人類の過去についての科学として位置付けられていくだろう。今日紹介するブリストル大学を中心に欧州全体で進められた共同論文は石器時代にハチミツが使われていたかどうかを科学的に検証した研究で11月12日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Widespread exploitation of the honeybee by early neolithic farmers (ハチミツの利用は新石器時代前期には広く行われていた)」だ。例えば熊のようにハチミツを探して食べる動物もいるし、そもそもハチミツが何千年も保存されていることはありえない。そんな状況で、いかに人間が生活の中でハチミツを利用していたことを証明するかがこの研究の課題だ。たしかにハチミツは保存されないが、幸い蜜蝋に含まれる脂肪成分は長期に保存されているようだ。研究の中心になったのはブリストル大学の有機地球科学部門で、古代の有機物の分析が専門だ。研究では微量サンプルから、ガスクロマトグラフと質量分析器を組み合わせて、蜜蝋に含まれるアルカンなどの複雑な脂肪酸を特定する技術を開発して、新石器時代の陶器に蜜蝋の痕跡が残っていないか調べている。ギリシャ・ローマで蜜蝋が陶器の水漏れを防ぐ目的で使われていることをヒントにすると、多くの陶器に蜜蝋の痕跡があるということは、明らかに生活の中でハチミツが使われていたという証拠になる。さて結果だが、蜜蝋の痕跡が見つかった最も古い陶器はトルコ、アナトリア地方のチャタル・ヒュユク遺跡から出土した陶器で、今から9000年前になる。ただこの遺跡で蜜蝋が検出できる陶器の数は少なく、検出された脂肪酸も特異性に難がある。結局、遺跡に残る蜂の巣の絵を合わせて、実際に生活に使っていたと結論している。まさに、文理融合の典型だ。加えてもう少し後、8000年前のトルコのトプテペ遺跡には複数の陶器に蜜蝋が見つかることから、アナトリア地方では新石器時代前期からハチミツが生活に使われていたと結論していいだろう。その後、8000年前ぐらいから急にヨーロッパ全土にハチミツの利用は広がり、中石器時代になるとハチミツ利用の北限デンマークに到達してしている。この背景には当然気候変化も存在する。この研究では、ヨーロッパだけでなく、北アフリカにもハチミツ利用が進んでいたことを明らかにしている。話はこれだけで、何だということになるかもしれない。しかし、典型的な従来の考古学の対象である陶器と化学を組み合わせた新しい文理融合型考古学の重要性を教える研究だ。考古学は若かったら、やってみたい分野の一つになってきた。
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11月17日:人畜共通ウイルスの起源としてのコウモリ(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2015年11月17日
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  中国で急に勃発したSARS騒ぎを今も覚えている人は多いと思うが、この原因となったコロナウイルスは今も動物宿主の中で進化を遂げていると考えられており、厳重なサーベーランスの対象になっている。このウイルスが進化するための宿主として注目されているのがコウモリで、最近将来の世界的流行につながるかもしれないSARSに似たウイルスが中国に住むコウモリに感染していることがメタゲノム解析から明らかになり、これが実際ヒトへの病原性があるのかなど検討が必要になっていた。今日紹介するノースカロライナ大学を中心とする国際チームからの論文はメタゲノム解析から発見された新しいコロナウィウルスの感染性や病原性についてキメラウイルスを再構成して調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence(コウモリの末梢血中に存在するコロナウイルス集団は将来人間にも流行する可能性がある)」だ。この研究では2013年Natureに発表された中国に住むコウモリから分離されたSARSに似たコロナウイルスに注目して研究している。ただ、これまで示されたのは、メタゲノム解析で見つかった遺伝子配列だけで、ウイルスが分離されたわけではない。ただ、ウイルス分離には時間がかかるのと、分離中により毒性の高いウイルスを作成したりする可能性があるので、今回は遺伝子情報をもとにキメラウイルスを作成してウイルスの性質を明らかにする方法について検討している。RsHC014と呼ばれるコロナウイルスが持つヒトへの感染に必要とされるアミノ酸配列は、これまでのSARSによく似ている。そこで、新しくマウス細胞で増えるSARSウィウルスの骨格に、新しいウイルスの感染に必要な部分を置き換えたキメラウイルスを作成し、ヒト気管上皮細胞に感染させると、細胞内に感染し、ウイルス増殖も見られる。また、死亡には至らないが、感染させたマウスは体重が減少し、症状を伴う感染症の原因になる。次に、現在存在するSARSに対するモノクローナル抗体で新しいウイルスを防げるか調べたところ、全く効果がない。また、現在利用できるワクチンも利用できないことが明らかになった。幸い現在のところ、新しいウイルスは気管上皮内で増殖するうち弱毒化され、SARSのような強い病原性はないようだが、コウモリから人間や動物に感染しているうちに強い病原性を獲得する可能性は十分あると予想できる。また、この研究から、コウモリ内で人間への感染性が生まれ、直接人間に感染できるウイルスが存在する可能性が高くなった。これらの結果は、メタゲノムのデータから、ウイルスの感染性や病原性を調べ、将来の流行へ備えるワクチンの開発などが可能になることを示している。ただこの段階で、サルに感染させる研究まで進んでいいかどうかについては、キメラウイルスを作る今回の方法が予想しない病原ウイルスが生まれないという確かな保証がないと、強い病原ウイルスを人工的に作成するという最悪のシナリオになる可能性があることから慎重に行うべきであると強調している。しかし新しい感染に備える地道な研究が進んでいることがよく理解できた。
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11月16日:神経芽腫の体質(11月11日号Nature掲載論文)

2015年11月16日
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発ガンに関わる突然変異の検索が進み、現在ではほとんどの腫瘍で発がん性突然変異のカタログ化が進んでいる。しかし、同じ突然変異を持っていても、個人の遺伝的体質の違いで病気になりにくかったり、あるいは悪性度に差が生まれたりする。こういった体質の差を明らかにしようと、遺伝子多型(SNP)が精力的に調べられてきた。しかしSNPと病気との相関は見つかっても、なぜそのSNPががん発生を促進するのか明確になっている例はまだまだ少ない。今日紹介するフラデルフィア子供病院からの論文は小児の神経芽腫の発症率や悪性度と強く相関しているSNPが神経芽腫発生に関わるメカニズムを調べた研究で11月11日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Genetic predisposition to neuroblastoma mediated by LMO1 super-enhancer polymorphism (LMO1 のスーパーエンハンサー多型が神経芽腫の遺伝的体質を決めている)」だ。これまでの研究でLMO-1遺伝子領域に神経芽腫発生や予後と強く相関するSNPが存在することが知られていた。この研究では、様々なゲノムデータベース、特にENCODE計画と呼ばれる遺伝子発現に関するデータベースを使って、このSNPがGATA3の結合するエンハンサー部位に一致することを見出す。すなわちこの分子が結合するGATA(G型)部位がTATA(T型)に変化している人では神経芽腫の発生率は低く、悪性度も低い。このことから、GATA3結合性が消失すると、LMO1の発現が低下し、神経芽腫になりにくくなることが予想される。これを確かめるため、G型とT型の神経芽腫細胞株を用いて、遺伝子発現やエンハンサー活性を調べると、G型のSNP部位だけがGATA3と結合することでスーパーエンハンサー活性を発揮し、LMO1やGATA3など様々な遺伝子発現を上昇させていることが明らかになった。事実G型神経芽腫のGATA3発現を阻害すると腫瘍増殖は低下するが、T型の腫瘍は影響を受けない。以上の結果から、G型のSNPが神経芽腫の悪性度と相関する理由は、この部位が神経芽腫のスーパーエンハンサーとして機能するためであることを示した。今後このスーパーエンハンサー活性に神経芽腫の原因遺伝子の一つMYCNがどう関わるかなど研究が進むと思うが、スーパーエンハンサー活性を標的にする阻害剤がすでに開発されていることから、悪性の神経芽腫でスーパーエンハンサーを狙った治療が進むと期待できる。また、神経芽腫にかかった子供がG型かT型かを調べることは治療方針を立てたり予後判定に重要な情報になっていくだろう。   
誤解して欲しくないのは、この研究で扱われたSNPは神経芽腫特異的ではなく、誰もが持っている。もともと人類は神経芽腫になりやすい方のG型だったと考えられ、黒人のほとんどはG型だ。従って、人類進化の過程でT型の神経芽腫になりにくい人たちが生まれたと考えられる。事実T型の人がほとんどいない黒人の神経芽腫の予後は悪いことが知られている。   
スーパーエンハンサーはガンだけでなく発生にも重要な働きを演じているが、このSNPが感覚神経節の発生異常と関わるという報告はなく、この部位が感覚神経節の発生時にスーパーエンハンサーとして機能している可能性は少ないように見える。このように、ガンになりやすい体質を追求することから、新しい治療法が開発される可能性もある。これまで特定されたSNPの機能的意義を明らかにする地道な研究が進むことを期待する。また、多くのデータベースがそれを可能にするところまで来たことをこの研究は示している。
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11月15日:血小板を使うガンの診断(11月9日号Cancer Cell掲載論文)

2015年11月15日
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血液を用いてガンを早期に診断する試みはこれまでも長く続いてきた。ガンで特に多く作られ血中に分泌される分子を利用する腫瘍マーカー検査は現在臨床応用され、ガンの進行を知るための重要な検査になっている。しかし、ガンの有無を診断する検査としては特異性や感度の面でなかなか決定的な腫瘍マーカーは現れていない。代わりに腫瘍から血中に出てくる核酸を利用して、ガン化に直接関わるガン遺伝子を検出する試みが進んでいるが、現在の技術段階では臨床検査として定着するには至っていない。今日紹介するアムステルダム自由大学からの論文はガン発生によって血小板に誘導される変化を使ってガンの有無を検出する方法の開発研究で11月9日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「RNA-seq of tumor educated platelets enables blood based pan-cancer, multiclass and molecular pathway cancer diagnostics (腫瘍の影響を受けた血小板のRNAはガンの有無、種類、そしてガン化の分子経路を診断できる)」だ。タイトルにもあるように、この研究は、血中の血小板に発現しているRNAは、巨核細胞の骨髄内での分化、血小板への成熟、血中に循環する間に起こる血小板内でのスプライシングなどの変化など、もともと長い複雑な過程を反映しているため、様々な疾患の影響を受け易く、このRNAの種類や量を調べることでガンの診断が可能ではないかという着想に基づいている。研究では他の方法で診断のついた様々なガンと正常者の血中から血小板を調整し、その中に含まれるRNAを次世代シークエンサーで調べ、RNAの発現パターンからガンと正常を比べることで、ガンの存在を予測できる推計的手法を開発している。こうして開発した方法を使ってガンと正常を区別すると、96%という正確さでガンの存在と相関することがわかる。さらに推計学的方法を進化させると、RASやEGFRなどのドライバーになっている発ガン遺伝子や、ガンの種類も一定程度推定が可能になるという結果だ。このアプリケーションは経験数を増やせば増やすだけそれを学んで発展する学習型アプリケーションなので、例えば現段階で膵臓癌と特定するのは6割程度で、直腸ガンの2割も同じように膵臓癌と判断してしまうが、インプットの数を増やせば診断率は上がると述べている。着眼点はよく、ぜひこのままうまく発展してほしいと願う。しかし一方で、この研究だけからはあまり期待しないほうがいいとも感じる。雑誌がCancer Cellということで、レフリーもガンと正常の区別だけを念頭に置いて審査しているようだ。しかし、複雑な血小板の一生は当然炎症や変性疾患など他の多くの病気の影響も受けるはずだ。とすると、比べなければならないのは正常とガンではなく、ガンと他の病気だ。それがまったく行われず、また議論もしないままこの論文が通るのは問題だと思う。もちろん着想は評価する。早く他の疾患との鑑別が可能か論文を出してほしい。
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11月14日:膵臓癌を助けるT細胞(Nature Medicine 11月号掲載論文)

2015年11月14日
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最近有名誌に掲載される膵臓癌についての研究論文が増えているように思える。今週だけでも、Natureに膵癌のEMT(上皮間質転換)とガンの化学療法抵抗性の研究、GastroenterologyにCD44阻害による膵癌抑制、Nature Medicineに個別の膵癌を動物に移植して抗がん剤の影響を調べる大規模試験、そして同じ号のNature Medicineに掲載された今日紹介する論文を目にした。おそらくこれは、膵臓癌の発症率が増加傾向にあるにもかかわらず21世紀に入ってほとんど治療成績に改善はなく、最も死亡率の高いガンであるという認識から、米国政府が予算を増加させている結果ではないかと想像している。今日紹介する米国NIHからの論文は膵臓癌自体ではなく、膵臓癌の周りに起こる炎症を起こすT細胞についての研究で、タイトルは「Selective inhibition of the p38 alternative action pathway in infiltrating T cells inhibits pancreastic cancer progression(p38迂回経路を介する浸潤T細胞の活性化の選択的抑制による膵癌進展の阻害)」だ。膵臓癌の最も著明な特徴は、周りに線維化を伴う強い炎症を伴うことで、この炎症が膵臓癌の増殖を助けているのではと考えられている。この研究ではこの強い炎症の引き金を引くのが様々な炎症性サイトカインを分泌するT細胞ではないかと着想し、サイトカイン分泌に関わるシグナルp38が活性化されたT細胞の比率を膵臓癌の手術組織で調べ、炎症とp38の活性化が相関していることを明らかにしている。また、p38の活性化されたT細胞の比率が、膵臓癌の悪性度とも関わることを示し、膵臓癌の悪性度はガンだけでなく、周りのT細胞の反応性にも左右されることを明らかにしている。次に、p38の上流に位置するシグナル経路を検索し、迂回路として知られているシグナル経路がこれに関わることを確認したうえで、この経路を選択的に阻害するGADD45分子由来のペプチドを設計し、このペプチドの効果をマウスモデルで調べている。結果は期待通りで、このペプチドを投与すると、T細胞のp38活性化を抑え、結果としてガンの増殖を抑制することができる。まとめると、膵臓癌の進展には周りに浸潤したT細胞のp38迂回路を介した活性化が深く関与しており、これを抑制するとガンの増殖も抑えられるという結果だ。なんといっても、ペプチド薬とはいえなんとか薬剤開発にまで進んだ点が評価できる研究だ。幸いこの経路は今注目されているガンのキラー細胞活性には関わっていないようで、炎症だけを抑えられるようだ。今後この方法にに、血管の増強、そしてガン自体に対する様々な治療法が組み合わさったプロトコルの開発が進むだろう。つぎはぜひ延命だけでなく、根治を目指した治療法の開発を期待したい。
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