カテゴリ:論文ウォッチ
8月19日:病をもって病を制す(8月13日号Science Translational Medicine掲載論文)
2014年8月19日
ガン治療と言うと手術、放射線、薬剤、そして免疫療法が中核だが、これとは全く違う病原菌を用いてガンを治療する試みがあることを知った。今日はこのジョーンズ・ホプキンス大学からの論文を紹介する。タイトルは「intratumoral injection of clostridium novyi-NT spores induces antitumor response(毒素を除去したガス壊疽菌の腫瘍内注入は抗がん効果がある)」で、8月13日号のScience Translational Medicineに掲載されている。ここで使われているclostridium novyiは家畜の肝臓に感染して増殖してガス壊疽を起こす強烈な嫌気性菌だ。クロストリジウムの仲間には他にも、ボツリヌス菌、破傷風など強烈な菌が多い。この菌を直接腫瘍内に注射してガンを殺そうと言う、一見乱暴な研究だ。勿論このまま菌を注射すると毒素で宿主に影響がある。このため遺伝子操作で毒素を除いた細菌を使っている。普通の嫌気性菌は酸素のある状態では死んでしまう。ところがこのクロストリジウムは酸素の多い環境では芽胞を形成して生存することが出来る。注射しているのはこの芽胞だ。治療のアイデア次のようだ。芽胞を腫瘍内に注入すると、元々低酸素の腫瘍内でクロストリジウムは再活性化し増殖しだす。しかし酸素の多い正常組織になると自然に増殖を止める。こうして腫瘍内だけで細胞と競合し、あるいは炎症や自然免疫を引き起こすことで腫瘍を殺すと言う考えだ。かなり長い研究の歴史があるようで、最初は静脈投与のように全身投与を行っていたようだが、イヌのような大動物を使った治療実験で頓挫してしまっていた。そこで腫瘍内に直接萌芽を注入する方法に変え、小動物で効果を確かめた後、この論文ではペットとして飼われているイヌに自然発生した軟部組織の肉腫の治療に用いている。結果はまずまずで、16例の腫瘍に注入して、完全に腫瘍が縮退したのが3例、部分縮小が3例、病態が安定したのが5例で、全く効かなかったのが3例だった。これに励まされ、実際の患者さんへの治験が始まっているようだが、この論文では1例の平滑筋肉腫の患者さんの治療例について報告している。2006年8月に治療を始めて、腫瘍は縮小したままで、現在も軽作業は可能な状態を保っているようだ。また心配される副作用も対応可能なレベルでとどまっている。勿論一例の話で効果を判断するのは危険だが、期待を持てる結果だ。バイオプシーされた組織などよく見てみると、細菌と細胞が競合して細胞が死ぬよりは炎症や免疫反応の影響が大きいようだ。とすると、現在ガンの免疫増強治療として行われているCTLA4やPD1に対する抗体治療と組み合わせて転移がんに注入するなど、色々さじ加減も可能な治療に発展する可能性がある。先ずもう少し大きなスケールでの治験結果を見たい。
8月18日:睡魔が集中を妨げる理由(8月14日発行Cell誌掲載論文)
2014年8月18日
今日本に帰って時差に悩まされている。寝れないのもしんどいが、向こうなら寝ていた時間に、起きて本や論文を読んでいるとなかなか集中できない。眠いと言っても意識はある。何が集中を妨げるのか?そんなことを考えながら論文を見ていたらぴったりの論文に当たった。NY大学からの論文で8月14日号のCell誌に掲載されていた。タイトルは「State-dependent architecture of thalamic reticular subnetworks(視床網様核のサブネットワークが持つ状態に応じた構築)」だ。視床は視覚や聴覚などの感覚神経と大脳皮質をつなぐ役割を持つとされている。ただこれまでは自由な生活を送っている動物で視床の機能を調べることは困難だった。この研究では、まず普通に寝起きしているマウスの視床の活動を記録し、またそこでの神経活動を操作する実験系の構築を行っている。これによって、覚醒時と睡眠時での視床の活動を記録できるようになった。詳しい方法は全て省略して話を進める。この結果、視床網様核(TRN)の神経には、視床後方の視覚などの感覚神経が投射されている領域に投射する神経群と、前方領域(辺縁系とリンクしている)に投射する神経群の2種類があることがわかった。特に挙動が面白いのは、感覚神経が投射している領域に神経を伸ばしている神経群で、睡眠時、それも脳波が遅い振幅のリズムを刻む(Slow wave sleep)熟睡した状態で、盛んに興奮している。一方、覚醒時にはその興奮は収まる。この結果は、TRNが睡眠状態を感知して興奮し、感覚神経の刺激に何らかの介入をして寝ていることを教えている可能性を示している。そこで今度は、覚醒時にRTNを興奮させてどのような行動変化が起こるかを調べている。ここで登場する技術が、これまでここでも紹介して来た光遺伝学で、特定の神経を光で興奮させたり抑制したりする技術だ。誤解を恐れず結果を私流にまとめると、RTNを興奮させると、普通ならサッと出来る課題をこなすのに、時間がかかるようになる。決して出来なくなるわけではない。課題を始めるまでに特に時間がかかるのだ。一方、RTN活動を抑制すると、課題をこなす効率が上がる。マウスを使っていても、結構人間の生理に迫れる面白い仕事だ。この仕事を読んで自分の症状がわかった様な気がした。時差で覚醒時でもふっと睡眠リズムが発生する。するとRTNが興奮して、睡眠モードに感覚がもどされ仕事の効率が落ちる。勿論脳細胞を操作する光遺伝学は使いたくないが、なんとかこのRTNの興奮を抑えられたら、時差も少しは良くなるかもしれない。ところで今も寝れず既に午前2時半、RTNは抑制されているおかげでこの紹介文を書くことが出来た。しかし寝れないのはまた別の話だ。
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8月17日:植物では思いがけないことが起こる(8月15日号Science掲載論文)
2014年8月17日
小保方さんはSTAP細胞のことを最初カルス細胞と呼んでいた。カルスと言うのは、植物を傷つけた時誘導される正常細胞が脱分化した多能性細胞の集団で、この細胞の塊から完全な植物をもう一度作る事が出来る。再性能の高い動物でも、同じように分化組織が脱分化した再生芽を作れるが、分化能は限定されており、山中iPSのように多能性段階まで脱分化するわけではない。このように植物は動物には考えられない様々な能力を持っており、カルス細胞も、なんとか動物に植物レベルの能力を与えられないかと言う願いがこもっていた気がする。今日紹介するバージニア工科大学からの論文も、動物では考えられない植物の一つの能力を示す研究で、8月15日号Science誌に掲載された。タイトルは「Genomic-scale exchange of mRNA between a parasitic plant and its hosts (寄生植物と宿主の間で行われるゲノムレベルのmRNA交換)」だ。研究の対象になった植物はネナシカズラで、種から出芽して寄生する植物が見つからないと枯れてしまう、自分では生きられない完全な寄生植物だ。寄生した植物の茎に巻き付き、栄養を吸収することで初めて生きることが出来る。研究は簡単で、ナズナに寄生するネナシカズラ、及びトマトに寄生するネナシカズラを用意し、宿主に巻き付いた部分と、巻き付いていない部分を別々に採取し、各部分に存在するmRNAを次世代シークエンサーで調べるだけだ。驚いたことに、ナズナとネナシカズラの組み合わせでは、宿主に巻き付いている部分のカズラに存在するmRNAの実に半分が宿主由来(トマトとの組み合わせでは15%)だったと言う結果だ。mRNAの移動は双方向的で、カズラmRNAも宿主に移行する。細胞と細胞が結合したなら当然とも思うが、動くmRNAには選択性があり、どのmRNAでも移行するわけではない。ナズナとカズラの間では、数千種のmRNAが、トマトとカズラの間では数百種のmRNAの移行がある。確かに寄生する植物により移行できるmRNAの数がこれほど異なるなら選択性はありそうだ。また移行できるmRNAのコードする蛋白は、代謝に関わる蛋白や、外界の刺激に対する反応に関わる物が選ばれているようだ。大量の情報を一時的に交換し合って、同化しながらしかし互いの独立性は守られるうまく出来た面白い仕組みだ。しかし残念ながら示されている結果はこれが全てで、なぜこのようなことが可能なのか、選択的mRNA移行を調節するメカニズムについて全くヒントが与えられていない。ちょっと審査が甘いなと言う気がするが、この機構が明らかになれば、今躍起になって研究が進んでいる遺伝子デリバリーの新しい方法が見つかるかもしれない。しかし動物ばかり見ていると見逃す生命の戦略は多い。
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8月16日:飢餓体験の身体的記録(8月15日号Science誌掲載論文)
2014年8月16日
妊娠中の低栄養が子供の体質を大きく変化させ、様々な障害をもたらすことがよく研究されている。この分野は、先の大戦でドイツ軍の封鎖により飢餓状態にさらされたアムステルダム近郊に住む妊婦さんから生まれた子供の何十年もにわたるコホート研究をきっかけに始まり、飢餓の影響が体質として一生つきまとい、自閉症などの中枢神経型の症状、成年以降インシュリン分泌の低下や肥満などの代謝異常を引き起こすことがわかってきた。この体質変化の背景には、遺伝子のon/offを調節するエピジェネティックスと呼ばれている分子機構の変化があることがわかり、ゲノム自体とは異なる体質の原因として研究が進んでいる。驚くべきことに、この影響が子供だけでなく、その孫世代にも及ぶケースがあることもわかって来た。動物モデルでもこのことは確かめられ、我々がまだ理解していないエピジェネティックな過程があるのではと研究が続いている。今日紹介するケンブリッジ大学からの論文もこの問題に挑戦した研究で、8月15日号のScience誌に掲載された。タイトルは、「In utero undernourishment perturbs the adult sperm methylome and intergenerational metabolism(子宮内で経験した低栄養は成人の精子のDNAメチル化様態を変化させ、世代を超える代謝障害を引き起こす)」だ。研究ではマウスの妊娠後期に強い飢餓を経験させ、生まれてくる雄の子供の精子のDNAのメチル化パターン、及びその精子を持つ親から生まれた孫世代に見られる変化について研究している。DNAのメチル化は遺伝子の発現を押さえるエピジェネティックな機構として最も重要な柱で、飢餓はこのメチル化過程に抑制的に働くことがわかっている。この研究では飢餓を経験した雄マウスが成長してから精子を採取し、精子DNAのメチル化パターンに飢餓の影響が残っているか先ず調べている。遺伝子全体で見たとき、飢餓がメチル化レベルに影響していることを検出することは出来ないが、少数の遺伝子には確かにメチル化レベルが低下していることが確認される。この研究ではメチル化レベルの低下している約100個の遺伝子を特定し、その中から17遺伝子を飢餓に影響される遺伝子として選んでその後の研究に用いている。精子のメチル化状態は、胎児発生時に一度ほとんど完全に消去されてから妊娠後期に再メチル化される。従って、これら特定の遺伝子で見られる低メチル化状態は、この再メチル化が飢餓により特異的に阻害される遺伝子があり、こうして生まれた状態が次の孫の世代に影響する可能性があることを示している。実際、この精子によって生まれた孫世代では、インシュリン分泌低下や肥満が見られる。この研究では、この異常は既に胎児期の肝臓に見られることも確認している。ではこの孫世代の異常はメチル化の異常によるのだろうか?予想に反して、精子で見られた低メチル化状態はこれらの組織で完全に元にもどっている。しかし、精子で低メチル化されていた遺伝子の発現は確かに変化している。わかりにくいかもしれないが、受精前の精子の低メチル化状態が、その遺伝子のエピジェネティックな状態をメチル化とは異なる機構で変化させ、胎児期から続く体質として決めてしまうことが明らかになった。残念ながら、なぜこんなことが起こるのかこの研究では答えられていない。様々な可能性が想像されるが、今後エピジェネティック研究の重要な課題になるだろう。しかしこれまでの研究は、妊婦さんにはくれぐれも無理なダイエットをしないよう警告を発している。
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8月15日:エボラウィルスが恐ろしい理由(Cell Host Microbe誌8月号掲載論文)
2014年8月15日
ヨーロッパにいる間CNNで見ていたニュースの中心は、ガザでの戦争、米軍によるイラク爆撃、そして西アフリカでのエボラ出血熱流行だった。医学に関わって来たと言っても、結局私がエボラ出血熱について知っているのは、死亡率が極めて高い恐ろしいビールス感染であること、ウィルスの電顕写真が変わった形をしている程度で、到底専門家のレベルとは言えない。そんなことを考えながら論文を見ていたらCell Host and Microbe誌になぜエボラビールスが厄介な病原体かを教えてくれる論文が掲載されていたのを見つけた。アメリカワシントン大学の研究で、タイトルは「Ebola virus VP24 targets a unique NLS binding site on karyopherin alpha5 to selectively compete with nuclear import of phosphorylated STAT1(エボラウィルスのVP24はKaryopherinα5の特異的部分に結合し、リン酸化STAT1の核内移行を競合する)」だ。いずれにせよ何も知らなかったことがよくわかった。研究者の人数は少ないかもしれないが、高いレベルの研究がこれまでも行われている。先ず驚くのは、エボラウィルスは感染した細胞の自然免疫を急速に低化させ、細胞内で自由に増殖する環境を作る能力を持つことだ。またこの結果、100を超すサイトカインが体中で分泌されるサイトカインストームと言う状態が引き起こされ、高熱を初め多様な症状を来すことだ。通常ウィルスが感染すると細胞はインターフェロンを出して、細胞内でウィルスの増殖を抑える。ただインターフェロンの抗ウィルス効果が発揮されるためには、STAT1と言う転写調節因子がリン酸化され、核内に移行する必要がある。この移行にはKaryopherinα5(KPNA5)と言う分子が必要だが、エボラウィルスのVP24分子はこの過程を抑制してリン酸化STAT1の核内への移行を抑制する結果、細胞の抗ウィルス作用が抑制されることがおおむねわかっていたようだ。今日紹介する論文はこのVP24がどのようにKPNA5と結合し、STAT1の核内移行を阻害するかを分子構造的に詳しく調べた研究だ。構造生物学の極めて専門的な論文なので結論だけを述べると、VP24は広い面でKPNA5のC端末に結合する。この結合部位はまさにリン酸化STAT1が結合する部位と重なっているため、結果STAT1はインターフェロンシグナルによりリン酸化されてもKPNA5と結合できず、核移行ができない。このため、ISREと呼ばれるウィルス増殖を抑制する分子が誘導されず、ウィルスは自由に増殖するというシナリオになる。素人ながらにVP24の戦略を見ていると、KPNA5の機能のほとんどは残したまま、リン酸化STAT1の機能を比較的特異的に押さえ、自分に都合のいい環境を作っている。もし他の蛋白の核内移行を止めてしまえば、自分の増殖する細胞が死んでしまうことを考えると、ウィルス進化の合目的性に驚嘆する。構造的にも、広い部分でKPNA5と結合しているため、薬剤開発は難しそうに思える。しかしここを突破すれば特効薬になる可能性はある。あきらめず、この構造解析を元にKPNA5とVP24の結合だけを阻害し、STAT1結合を阻害しない分子の開発が進められると期待する。エボラ流行の様な困難な課題にも、医学がなんとか対応できるようになりつつあることを実感する。
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8月14日:抗マラリア薬クロロキンの思いがけない作用(Cancer Cell誌8月号掲載論文)
2014年8月14日
我が国の大隅さん達により発見されたオートファジー現象は今ガン研究から熱いまなざしが注がれている。オートファジーが抑制されるとガン化を促進することが明らかになる一方で、出来てしまったガンの薬剤治療抵抗性をオートファジーが促進することがわかり、ガン治療の標的としても注目されている。特に既にマラリア治療に長く使われた歴史を持つクロロキン(CQ)がオートファジーの阻害剤として使えることがわかり、抗がん剤と併用することでガン治療効果を促進できるか可能性を確かめる臨床治験が進んでいる。今日紹介するベルギーVIBからの論文は、CQがオートファジーを抑制してガンの増殖を抑えるだけでなく、腫瘍血管の質を変化させてガンの悪性化を抑制すると言う思いがけない効果を持つことを報告している。タイトルは「Tumor vessel normalization by chloroquine independent of autophagy (クロロキンに夜腫瘍血管の正常化はオートファジーに依存しない)」で、8月号のCancer Cell誌に掲載された。研究はCQの抗がん作用をマウス皮下でのガン細胞増殖モデルで調べると、CQ投与がガン中心部の細胞死を抑制する一方で、ガンの浸潤や転移を押さえることを見いだしたことから始まる。元々この論文の責任著者Carmelietは血管研究では世界をリードして来た研究者だ。彼はこの現象がCQの腫瘍血管への効果によるとにらみ、血管の状態を詳しく調べた。その結果、正常血管構築と比べた時、階層生が失われ、内皮細胞と周囲細胞との相互作用が未熟な腫瘍血管が、CQ投与により、普通の組織血管と同じ階層性を持つ成熟した構造に回復すること発見した。中心部の細胞が死ななくなることは、血管が正常化し、酸素や栄養がガンの内部まで十分運ばれるようになったことを意味する。とすると、血管が成熟し正常化することはガンを助けてしまうように思えるが、実際にはがん周囲に酸素が行き渡ることで、低酸素によっておこるガンの悪性化を止める効果がある。更に、血管周囲細胞によりしっかり裏打ちされた血管構造が回復される結果、ガンの血管内への侵入を食い止めて転移を押さえる効果がある。実際血管が正常化することで、ガンの血管への侵入が止まるという結果も示されている。これらの結果は、CQが持つ抗がん作用の一部が腫瘍内血管の正常化を介していることを明らかにした。加えて、血管構築が正常化し、内皮細胞が成熟すると、薬剤がガンに届き易くなり、抗がん剤の効果を促進するというデータも示されている。ではCQの腫瘍血管に対する効果はオートファジーを介しているのか?結果はNoで、遺伝子操作を用いて血管内皮のオートファジーを止めると、CQ処理とは全く違い、腫瘍血管構築は回復するどころか、秩序がより失われる。従って、CQの血管内皮への効果はオートファジーを介してはいない。少し専門的になるが、Carmelietたちは、この効果が細胞内に存在するエンドゾームと呼ばれる小胞体の動きが低下し、Notch1と呼ばれるタンパク質が小胞体に蓄積してシグナルを送り続けることで血管が正常化することによることを示した。この現象の分子メカニズムはこのように複雑だが、結論は明瞭で、CQは、1)オートファジーを抑制しガン自体の増殖を抑え、2)血管構築を正常化させて浸潤転移を抑制し、3)抗がん剤のガンへの到達を促進する、3拍子揃った薬剤であることを示している。これは全て、マウスを使ったモデル系での話だが、おそらく現在治験が進む患者さんから、この点についても今後多くの情報がもたらされると期待している。CQについては私も大きな期待を抱いている。
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8月13日:細菌が抗体を味方につける(Journal of Experimental Medicine誌オンライン版掲載論文)
2014年8月13日
細菌やウイルスに対する抗体反応は私たちの抵抗力にとって最も重要だ。しかし抗体が出来ているのに炎症が慢性化し、治療が難しい医者泣かせの病気がある。私が臨床医として働いていた胸部内科では、緑膿菌感染を伴う気管支拡張症はそんな病気だった印象がある(40年近く前の話で、現在については把握していないのであしからず)。というのも、治療の中心になる抗生物質が効かない場合が多かったからだ。今日紹介する英国バーミンガム大学からの論文は、当時の疑問の一部に答えてくれる研究だ。タイトルは「Increased severity of respiratory infections associated with elevated anti-LPS IgG2 which inhibits serum bactericidal killing.(血清の殺菌作用を抑制するLPSに対するIgG2抗体の上昇により肺感染症が重篤化する)」で、Journal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。論文では多くの実験が示されているが、結論は極めて単純だ。気管支拡張症で慢性的緑膿菌感染症を伴う患者さんの血清を調べると、緑膿菌を殺す抗体を持つグループと、持たないグループに分かれる。持たないグループは抗体が出来ないのではなく、出来た抗体がなんと細菌を守る作用を持つ結果、細菌が殺せないことを示したのがこの研究のハイライトだ。この細菌を守る抗体の正体を追求した結果、細菌の細胞壁にあるリポポリサッカライド(LPS)と呼ばれる分子の一部O抗原に対するIgG2抗体であることがわかった。通常、細菌抗原に反応して血中に流れてくる抗体は、IgM, IgG1, IgG2, IgG3,と呼ばれる生物活性の異なるサブクラスに分かれる。その中で、IgG2は殺菌作用が一番低い。一方、細胞膜成分LPSのO抗原は膜から最も離れたLPS分子の末端に位置し、それに抗体が結合しても、次に続く補体によって細胞壁を破壊等の殺菌反応が起こりにくい。この2つの要因が重なると(O抗原に対してIgG2抗体が出来ると)、O抗原に対するIgG2抗体が細菌を取り囲んで、殺菌作用を発揮する代わりに、他の抗体を細菌に近づけなくして細菌を守ることになる。実際緑膿菌感染を合併する気管支拡張症と診断されていても、O抗原に対するIgG2抗体を持つグループのほうが、肺機能検査の値がはるかに悪く、病気が重篤化していることがわかった。今後症例を増やして、この結果が確認されれば、治療に手こずる気管支拡張症の患者さんの血清にO抗原に対するIgG2抗体があるかどうかは重要な検査になると思う。また、ワクチンの設計を行う場合も、O抗原を外してワクチンを作ることが重要になる。治療に手こずった経験を持つ身から見ると、納得の研究だ。興味を惹くのは、抗体が細菌を殺す代わりに守ってしまうと言う可能性は古くから着想されていたようだ。この論文の著者達は、1966年に発表された論文をヒントにしたと正直に述べ、引用している。半世紀も前の考えは無視されることが多いのに、過去を正しく評価し、引用しているこのような論文の読後感は清々しい。
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8月12日:進化を巻き戻す?(8月7日号Nature掲載論文)
2014年8月12日
18世紀、それまでのキリスト教に合わせた生物観が自然史思想絵と大きく変換する力となったのが化石の発見だ。最初は神が意図的に化石を置いたなどと無理な解釈を続けていたようだが、その後各国の自然史博物館を訪れれば必ず見ることになる、英国のウイリアムス、ヘニング、フランスのキュビエたちにより、動物は長い時間をかけて(急な変化が起こったと考える説もあった)進化すると言う思想が普通になる。しかし今存在する私たち動植物が過去の化石として残る動植物とつながっているとしても、その関係を如何にして決めればいいのか?残念ながら現在、全ゲノムが解読できている化石は70万年前の馬が精々で、それ以前になると骨の形態の比較をもとに関係を探ることになる。これに対し、現代の骨の形を出発点に時間を逆戻しして進化を研究できないかという可能性にチャレンジしたのが今日紹介するヘルシンキ大学からの研究で8月7日号のNature誌に掲載された。タイトルは「Replaying evolutionary transition from the dental fossil record (化石に見られる歯から現代の歯への進化過程を巻き戻す)」だ。先に言ってしまうが、研究自体は器官培養による歯の形成研究で、高々EdaとSHHという二つの分化増殖因子の効果を確かめた仕事だ、ただこの話を化石と結びつけ、時間の巻き戻しと言うタイトルをつけた点がこの著者のセンスで、これがNature掲載につながったと思う。器官培養で歯を再生する研究は普通に行われている。このグループでは歯の形成異常を示すEda欠損マウスの歯牙を試験管内で培養するとき様々な濃度でEdaを加えた時に試験管内で起こる異常から正常への変化を研究していたようだ。おそらくこの実験途上で、Edaの量によって出来て来た歯が、1994年中国で発見された5−6千万年前のげっ歯類Tribosphenomysの歯に似た形態が得られることに気づいたのだろう。中途の実験は全て省略するが、最終的にEdaの欠損したマウスの歯牙をSHH分子阻害剤と培養することでTribosphenomysに極めて近い歯を作れることを示し、実験的に進化過程の巻き戻しができると結論している。目の付け所がよく、豊富な知識があって、面白いストーリーが語れるなら、同じデータでも人を惹き付ける論文になることを示す典型だ。ただ、欲を言えばもう少し系統進化学の視点を入れて、このストーリーの遺伝的可能性を調べて欲しいと思った。現在形態と遺伝子を符合させられるのは系統進化学だけだ。様々な歯の形を持つほ乳動物ゲノムを比較して、EdaやSHHの発現や機能の変化が歯の形態を決定するのか是非知りたい。このグループのことはこの論文で初めて知ったが、なかなか優れた研究者達に思える。
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8月11日:SOD1変異によるALSの治療可能性(Science Translational Medicine 8月号掲載論文)
2014年8月11日
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は進行性に筋肉の運動を司る運動ニューロンが失われる病気だ。誰もがこの病気にかかる可能性があり、一旦病気が始まると進行を止めることが出来ない。この病気は別名ゲーリック病と呼ばれるが、ルー・ゲーリックの様な運動能力に優れた大リーグのスターでも病魔に襲われることを教えるための名前と言える。私自身は専門家ではなく全て論文からの知識だが、ALSに関する論文は多く出版されており、最近の研究の進展は著しいように感じる。ここでも2月25日、ALSの一部のタイプでは、プリオン病と言われる状態に似たメカニズムで運動神経が失われることを示したカナダの研究を紹介した。この説では、異常な蛋白が増えることにより神経が自ら死んで行くと考える。一方、京大の漆谷さんや、今日紹介するScience Translational Medicine8月号に掲載された論文の責任著者ハーバード大Kevin Eganは、運動ニューロンは異常タンパク質によって活性化された周囲のグリア細胞のアタックをうけて死ぬと言う説を唱えている。この説が正しいと、異常グリア細胞からのアタックを防ぐことが出来ればALSを治療することが可能になる。「Genetic validation of a therapeutic target in a mouse model of ALS (ALSモデルマウスの標的治療の可能性を示すための遺伝的研究)」というKevin Egan達の論文はこの可能性を追求した研究だ。これまでEgan達はSOD1と呼ばれるタンパク質の遺伝的変異によって起こるマウスALSモデルマウスでは、プロスタグランジンD2を介して、活性化されたグリア細胞が運動ニューロンを特異的に傷害することにより病気が進行することを報告していた。この論文では、先ずES細胞から誘導したヒト運動神経と変異SOD1を持つマウスグリア細胞を共培養してグリア細胞の細胞障害性を調べる実験系で、プロスタグランジン受容体のうちDP1がこの障害性に関わることを突き止めた。そしてDP1特異的に阻害する化学化合物を使うことで運動ニューロン障害性を強く抑制できることを示した。次に、この試験管内で突き止めた治療標的が、ALSマウスモデルでも標的として考えられるか調べる目的で、DP1分子の機能が抑制されたALSマウスを遺伝子操作で作ると、DP1を持つマウスよりは少しだけだが病気を遅らせる事が出来ている。最後にこのALSモデルマウスで、試験管で観察された変異SOD1により活性化されたグリア細胞による運動ニューロン障害が身体の中でも確かに起こっていることを確認している。この結果かから、特異性や効果の高いDP1受容体阻害剤が得られればALSの進行を遅らせることが可能になると期待される。幸い、この研究では使えなかったようだが、この条件を満たす阻害剤が既に2010年Merckで開発されている。臨床に向けた取り組みがどこまで進んでいるか把握していないが、もし他の症状に対する治験が進んでおれば、ALS にも早期に使える可能性がある。是非Kevin Egan達の予想が当たって欲しい。
話は変わるが、Kevin EganはJaenischの愛弟子で、若山さんのマウスクローンの論文が発表されてすぐクローン研究に加わり、iPSが生まれる前には、核移植クローンのトップの研究者に成長していた。しかしiPSの発見以後研究方向をがらっと変え、ALSなどヒト神経疾患の治療法の開発に絞って優れた研究を出し続けている、まだ40歳になったばかりの若手研究者だ。神経細胞分化へ転向したこともあり、笹井さんを尊敬しており、親交も深かったはずだ。この意味で、若山、笹井両方を知るKevinが笹井さんの自殺に至ったSTAP問題をどう思っているのか、次に会う機会があれば是非知りたいと思っている。
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8月10日:ガンは周りの組織を味方にする(7月31日号Cell誌掲載論文)
2014年8月10日
ガン細胞と言うと、どんな条件でも増え続けるように思うが、試験管内でガン細胞を増殖させることはそう簡単ではない。実際にはガンも周りの組織に支えられて増殖する。一番わかり易い例が血管新生だ。ガンが大きくなるには血管が必要で、多くのがんは血管新生を誘導する因子を分泌する。この分泌因子の機能を抑制する抗体薬(アバスチンなど)は既に臨床で利用されている。今日紹介するMITからの論文は、ガンが周りの組織を自分の都合のいいように再組織化する分子機構の一つを明らかにした研究で7月31日号のCell誌に掲載された。タイトルは、「The reprogramming of tumor stroma by HSF1 is a potent enabler of malignancy (HSF1による腫瘍周囲の間質のリプログラムが悪性化に関わる)」だ。このグループは元々細胞が高温などのストレスにさらされた時発現する熱ショック蛋白HSF1に興味を持っていた。またHSF1を発現したガンは悪性度が高いことも既に知られていた。この研究は、、正常の間質と比べるとガン周囲の間質細胞でHSF1発現が高いという発見から始まっている。モデル実験系で間質のHSF1発現とガンの増殖の関係を調べると、HSF1遺伝子発現とガンの増殖とが相関することがわかった。更に実際のガン患者さんでHSF1はガンの悪性化に関わっているのかも調べている。乳がんや非小細胞性腺癌の組織を調べ、間質のHSF1発現が高いガン患者さんの予後が悪いことを明らかにしている。研究では、間質細胞でHSF1が誘導されると、遺伝子発現のパターンが大きく変化し、これに伴い間質細胞から様々な増殖因子が分泌され、ガンの増殖を助ける可能性を示している。また、その中のTGFβ分子やSDF1分子がガンの悪性化を促進する分泌因子として最も疑わしいことも実験的に明らかにしている。ガンが自分の周囲の間質の性質自分の都合のよいようリプログラムするとは恐ろしいことだ。しかしもしそうなら、血管新生を止める治療法と同じように、HSF1が誘導される過程を止めてやればガンの増殖を止めることが可能になる。ただ残念ながら、この研究ではなぜガンに反応して間質細胞のHSF1が誘導されるのか、なぜTGFβやSDF1がガンの悪性化につながるのかなど、この発見を治療につなげるための肝心の手がかりが不明なままだ。この点が明らかになれば、ガンの新しい治療法が生まれる可能性は大きい。是非治療を目指した研究が後に続くことを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ