2017年11月11日
昨年は無生物から生命が誕生するシナリオを考え続けていたが、ある程度整理がついたので、今年になって言語の誕生について考えている。思い余って来年1月27日エンジン01の主催するオープンカレッジin大分で、脳科学の茂木さん、情報科学の原島さん、サントリーホールの真鍋さんと言語と音楽の始まりについて語り合うことになった(
http://enjin01.com/program.html)ので、近くの方は是非聞きに来ていただきたい。
言語の面白い点は、脳の産物であるにもかかわらず、独立している点で、私たち個人の脳とinput・outputを繰り返すという制限の中でコミュニケーションに使われるためには、個人の脳構造と延長と、集団で共有する部分の2重構造を維持して進化を続けている(言語の2重構造としてJT生命誌研究館のブログにまとめておいたので是非お読みいただきたい:(
http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000015.html)。だた、専門外の人間が直接言語進化を分析した論文を読む機会はそうない(本当は努力すればいいのだが)。ところが今週発行のNatureに英語を対象に、言語の進化研究の入り口と言っていいような論文がペンシルバニア大学から発表されたので紹介することにした。タイトルは「Detecting evolutionary forces in language change(言語の変化での進化の牽引力を検出する)」だ。
学校で英文法を学ぶ時、現在最もよく使われている断面を切り取って習うわけだが、実際には様々な単語の使い方が行われている。特に、時制を表す時、規則変化と不規則変化があり、work/workedとlight/lit, do/didの差がどのように生まれているのかはわかっているようで、わかっていない。実際diveについては現在でもdivedとdoveと両方が使われている。これがどちらかに収束するのが言語の進化の一つだが、この変化を200年近くにわたり描かれた文章を集めたビッグデータの解析から追いかけることができる。
これを行ったのが、この研究で、生態学や集団遺伝学で選択圧を特定されるため使われるnull model(帰無モデル)を用いてどの使い方が選ばれるのかを分析し、例えば規則変化へと収束する選択圧(wove-weaved, smelt-smelled)と、不規則変化型へ収束する(lighted-lit, waked-woke, sneaked-snuk, dived-dove)などが、null modelから見て明確な選択圧の結果だとしている。規則変化型への収束は、楽に覚えたいという私たちの脳から考えると当然だが、不規則型に収束する場合は様々な要因が見えてくる。例えば、自動車が普及して、driveという単語が使われ、droveという単語が頻繁に使われると、divedも引っ張られてdoveになるような例だ。
これ以外に、doの使い方の選択圧(say not—do not sayなど)や、フランス語型のIc ne secgeからI say notへの変化の選択圧の分析も行っているが省略する。
期待を持って読んだ後の感想としては、まだまだだなという印象だ。結局、言語だけをnull modelなどで分析して分かるのは、何か選択圧がありそうだという点だけで、この選択圧を特定する方法については明確ではない。この選択圧とはまさに文化や文明そのもので、今後バイアスをかけずに文明や文化との相関を調べるような新しい数理の開発とデータの整備が必要な気がする。とはいえ、コンピュータによりそれが可能になるエキサイティングな時代が来たことはわかる。
2017年11月10日
ガンのゲノム情報に基づきガン増殖のドライバー分子を特定し、それに対する分子標的薬でガンを制圧するのが、いわゆるプレシジョンメディシンのゴールだが、慢性骨髄性白血病などの一部の腫瘍を除くと、分子標的薬に耐性のガンが発生して根治を阻まれるという大きな問題がある。この原因の一つは、ガンの中に最初から治療抵抗生のプールがあり、この中から最終的に薬剤耐性ガンが生まれることによると考えられる。従って、最初の段階で、治療抵抗性のプールごと制圧してしまえれば根治が可能になるのではないかと考えられている。
今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、EGFRやHER2をドライバーとするガンの標的役抵抗性のプールが活性酸素が高いため鉄依存性のフォロトーシスを起こしやすいことを発見し、この性質を使えば治療後も残存するガン細胞を根こそぎ叩けることを示した研究で昨日発行のNatureに掲載された。タイトルは「Drug-tolerant persister cancer cells are vulnerable to GPX4 inhibition(薬剤に耐性の残存ガン細胞はGPX4阻害に弱い)」だ。
この研究はHer2をドライバーとする乳がん細胞の中に常に存在するHer2に対する分子標的剤ラパチニブで叩ききれない細胞を殺す薬剤のスクリーニングから始まる極めてオーソドックスなものだ。Her2で増殖中の細胞には影響がなく、Her2を抑えたときに残存する細胞だけに効く薬剤という基準で選ばれたのはRSL3とML210の2剤で、ともにGPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ)の阻害剤だった。
このGPX4は脂肪が鉄依存性に分解されて活性酸素を生産し細胞死に至る、最近注目の鉄依存性細胞死フォロプトーシスを抑える酵素で、この阻害剤がスクリーニングで引っかかってきたことは、標的薬治療後に残存する細胞がフェロトーシスに陥りやすくなっていることを示唆している。
そこで同じことが他のがんでも言えるのか調べるため、Her2やEGFRで効果がある肺がん、メラノーマ、卵巣癌で調べたところ、全てGPX4阻害で殺すことが明らかになった。これらの結果は、うまく治療プロトコルを設計すれば、これまでの再発の問題をかなり解決できる可能性を示唆している。
実際にはここまでがこの論文の重要なメッセージの全てで、あとは残存ガン細胞では抗オキシダント活性が低下しているため、GPX4依存性が高まっていること、細胞死がアポトーシスやネクローシスではなく、正真正銘のフェローシスであることを証明しているだけだ。
確かに、抗がん剤治療でも残存する細胞を叩く新しい標的が見つかったという点では評価できるが、結局この研究からは臨床応用には程遠い既存の阻害剤の有効性が確かめられただけで、治療に使えそうなリード化合物のヒントすらない。また、様々なガンに効くと言っても、調べられているのはEGFR系のシグナル抑制で残存する細胞だけで、一般的な治療でどうかはわからない。論文投稿からほぼ1年半かかっていることを考えると、レフリーも根負けした気がする。メッセージは重要でも、読み終わってフラストレーションが残った。
2017年11月9日
今最も研究の進展が早い分子の一つがMECP2だろう。機能欠損(レット症候群)及び機能亢進(MECP2重複症)と立ち向かうべき両方の病気があるし、MECP2の機能についても、研究者の心をそそる謎が多い。実際、この分子の周りの研究はトップジャーナルで目にすることが多く、4日前にも生後の神経発達時にDNMT3aのCAメチル化によりMECP2が遺伝子と結合することを示した重要な貢献を紹介した(
http://aasj.jp/news/watch/7619)。このようにMECP2の発現異常は最終的に生後の神経細胞の分化異常を誘発するのだが、皮質神経細胞には様々なタイプが存在し、それぞれ別々に調べることは簡単ではない。
今日紹介する米国ペンシルバニア大学からの論文は今後MECP2の機能をさらに詳しく調べるための新しいモデルマウスを作成した研究で10月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Biotin tagging of MeCP2 in mice reveals contextual insights into the Rett syndrome transcriptome(MeCP2分子を生きたマウスで標識することでレット症候群を細胞の条件に応じて調べることが可能になった)」だ。
この研究では、MECP2遺伝子の末端にビオチン化の標的になるタッグをつけ、ビオチン化酵素を任意の細胞で誘導することで、細胞内のMeCP2を生きたままビオチン化標識できるようにしている。さらに、同じ標識を2種類の機能低下突然変異にも導入することで、突然変異による変化を調べられるようになった。この結果、細胞を集めて核を取り出し、ビオチンに結合する蛍光アビジンで染めると、MECP2を発現している細胞の核だけを集めることができる。さらに、核膜に存在するNeuNを指標にすると、興奮性の神経と、抑制性の神経の核を分けて取り出せることを明らかにしている。
正常のMECP2と突然変異型のMECP2で核の染まりを比べると、突然変異型はクロマチンへの結合が弱いため、明確に正常のMECP2と分けることができる。この結果のおかげで、X染色体不活化で片方のMECP2しか発現していないメスの細胞を、突然変異型を発現している細胞と、正常型を発現している細胞に分けることができる。
この新しいテクノロジーをベースに、突然変異により転写が抑制されたり、上昇したりしている分子のカタログを作っているが、何か画期的なことが明らかになったとまでは行っていないので省略する。強いてあげるなら、メスマウスの皮質神経でMECP2が正常型でも、突然変異型の細胞と同居するとストレスからか転写の異常が起こっていることを見出している。特に、神経細胞の興奮により誘導される遺伝子が強く発現していることは、周りの突然変異型の細胞を補おうと異常な働きを強いられていることがわかる。これまで、レット症候群の脳は強く刺激されていることが示唆されているが、実際には正常の細胞の反応性の変化を見ていたのかもしれない。
いずれにせよ、今回できたマウスをさらに進めて、MECP2重複型の異常細胞へと解析が進めば重要な発見が生まれることは間違いがない。特に、結合しているクロマチンを直接解析できることは大きい。その意味で、この研究のこの分野の意義は大きいと思う。
2017年11月8日
マウスの性行動時に、相手対する認識はフェロモンを感じる鼻鋤骨器官から副嗅球経て扁桃体へ投射される神経ネットワークにより行われている。すなわち扁桃体で相手についての表象が行われるわけだが、この表象がどのように形成されるかはもちろんわかっていない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は脳の奥にある扁桃体に一種のファイバースコープを差し込んで、扁桃体の内側領域全体での神経活動をカルシウムイメージングで検出しようという論文で11月16日に発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Neuronal representation of social information in the medial amygdala of awake behaving mice(覚醒し行動しているマウスの内側扁桃体の社交情報の神経的表象)」だ。
これまで性行動の相手方に対する表象が扁桃体で形成されることはわかっていたが、扁桃体は脳の奥に存在するため自由に行動させているマウスで連続的にニューロンの活動を拾うことはできていなかった。この研究は、マイクロ内視鏡と呼ばれる方法で60日以上のカルシウムイメージングを撮り続け、この間メスマウスは妊娠出産まで経験したというのがポイントだ。
研究では、オス・メスマウスにそれぞれ蛍光イメージセンサーを装着し、オスマウス、メスマウス、乳児、ラット(天敵)の床敷き、そしてフェロモンの出ない物質と出会ったときの扁桃体の反応を細胞レベルで調べている。結果は期待通りで、それぞれに対して扁桃体の個々の細胞は興奮が上昇、不変、低下など様々な反応を示すが、全体を合わせたパターンはそれぞれの対象に対して特徴的で、細胞集団として相手に対する表象を形成し認識していることがわかる。この結果は、同じマウスに様々な対象を経験させ反応を比べることができることで初めて可能になっている。また、この時のパターンは、個体は異なっても一定のパターンが存在し、それぞれに対する反応はオスとメスで違っていることから、性行動のための認識システムが成長期に完成していることがわかる。また、それぞれに同じように反応するニューロンは一塊になっているのではなく、バラバラに混じり合って存在している。そして、パターンとしては区別できるが、同じ細胞が様々な対象に反応しあいまいさも多いため、完全に表象のパターンを区別することは難しい。
ところが、一度それぞれのマウスが相手と性交に至ると、対象に対してより特異的に反応する細胞の比率が上昇し、それまで個々の細胞の反応の重なりのために区別があいまいだった神経反応が完全に分離する。すなわち、明確な表象が形成され、相手を正確に区別するようになる。この区別は一回の性交で長く続くが性交を途中で中断させると表象の分離は完成しない。この分離は相手に対してだけでなく、性交を経験したマウスはオス・メスともに乳児についての表象も他の相手の表象から明確に分離できる。
この分離を起こすメカニズムについてはまだわかっていないが、匂いを含む様々な感覚が統合され分離が完成するのだろう。面白いのは、性交の代わりにオキシトシンも分離を促すことができるが、オスだけに効果があることだ。
この研究のハイライトは、性交自体が重要なシグナルになっていることを明らかにした点で、個人的には面白い結果だと思う。この実験系では、性交から妊娠、さらには出産まで脳活動を追いかけることができることから、種の生存にとって最も重要な行動の秘密が明らかにされていく期待がある。
2017年11月7日
MRSA(Methicilin resistant staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は様々な抗生物質に対する耐性を獲得したブドウ球菌で、多くの場合病院で感染する。元々は常在菌だが、一旦発病すると治療が難しく、現在最も重要な感染症の一つになっている。このため、以前にも紹介したが(
http://aasj.jp/news/watch/2724)、世界中で新しい制圧方法の開発が進められているが、この時紹介した耐性菌が発生しない抗生物質も2年経ったがまだ実際に使えるところまで進んでいないようだ。探索を加速させるために重要なのは、MRSAの生理を理解することで、これには当然細菌学についてのプロの技が必要だ。
今日紹介するスペイン・マドリッドのバイオテクノロジー研究所からの論文はMRSAの細胞膜に注目して新しい抑制経路を調べた研究で、新しい細菌学、というよりは細菌・細胞学の粋を見ることができる研究で11月16日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Membrane microdomain disassembly inhibits MRSA antibiotic resistance(膜のミクロドメインの分解はMRSAの抗生物質耐性を阻害する)」だ。
私たちの細胞の膜は均一ではなく、細胞膜上の機能的タンパク質が濃縮した密度の高い領域が存在し、ラフトと呼ばれている。このグループは、MRSAの細胞膜を理解するにはこのラフトに対応する機能的膜マイクロドメイン(FMM)の生化学から新しい治療方法の開発が見えると考え、MRSAの細胞膜からディタージェントで分解しない領域を集めて成分分析を行い、FMMの主要脂質成分がstaphyloxanthinで、この脂質が膜タンパク質のFlotillinと結合するとその重合を促進し、その結果として分子密度の濃いFMMが形成される事を明らかにする。さらに、高解像度の顕微鏡や電子顕微鏡を用いて、FMMが生化学的解析から推定される構造と分子構成を持っていることを確認している。
次にFMMに濃縮されているタンパク質を質量分析器で解析し、FMMにペニシリン結合タンパク質のひとつPBP2が濃縮され、Flotillinと結合してPBP2が重合体を形成することを明らかにする。
このPBP2重合体形成がペニシリン耐性に関わるのではないかと着想し、コレステロールを低下させるスタチンを用いてFMMの形成を阻害すると、Flotillinと共に、PBP2の重合が阻害され膜上に散らばることを突き止める。この結果に基づき、MRSAを感染させたマウスをオキザシリンで治療するとき、スタチンも同時に投与すると、マウスの生存率を延長できる、すなわちMRSAが耐性を持っている抗生物質でも、FMMを阻害するスタチンを同時投与することで治療が可能になることを示している。
研究は、細胞膜ラフトの研究者から見ると、それほど驚く結果ではないかもしれない。しかし、スタチンとの共用でペニシリンの効果を高めることができるという結果は、今後MRSA治療を考える上で大変重要な貢献ではないかと思う。実際、すぐにでも応用可能な方法で早期の治験を期待したい。調べる気になれば、細菌をここまでの分析が可能だとよくわかった。
2017年11月6日
先週Cellのオンライン版には多くの面白い論文が掲載されていた。2週間に一回発刊なので、これから2週間にわたって幾つかを紹介していきたいと思うが、最初は生後の脳神経発達時、刺激により神経内に起こる転写レベルの変化を長期的に安定化させるプロセスに関わるDNMT3aの機能の話だ。
DNMTは新たにDNAをメチル化する酵素だが、決して闇雲にメチル化するわけではない。そのため、どの領域を特異的にメチル化しているのか、そしてメチル化の結果何が起こるのかを各細胞レベルで明らかにする必要がある。中でも注目されているのが脳発達でのDNMT3aの役割で、生後の脳発達期に上昇し、CGではなくCAをメチル化することがわかっている。さらにこの分子を脳神経細胞特異的にノックアウトするとMECP2が欠損するRET症候群と似た症状を示すことから、脳発達に重要な役割を演じていると考えられている。
今日紹介するハーバード大学からの論文はDNMT3aの脳発達での機能に正面から取り組んだ力作で11月16日号のCellに掲載予定になっている。タイトルは「Early-life gene expression in neurons modulate lasting epigenetic states(発達初期の神経細胞での遺伝子発現は長期間続くエピジェネテイック状態を変化させる)」だ。
これまでの研究でDNMT3aの発現は生後の脳発達の初期に高いことがわかっているので、著者らはまず脳皮質や海馬でDNMT3aが結合しているゲノム領域を調べ、1)生後2週間目の脳でDNMT2aは広くゲノム領域に結合しているが、この結合は8週目になると低下していること、2)強い遺伝子発現に関わるプロモーターやエンハンサー領域、また逆に完全に発言が抑制されている領域にはほとんど結合がなく、低いレベルの転写が起こっている場所に結合していることを明らかにする。
次にDNMT3aが結合していた領域の成熟マウス脳でのDNAメチル化状態を調べると、結合部位に一致してCAのメチル化が進んで、結果遺伝子発発現が安定的に低下していることを見出す。
これらの結果から、発達期での神経刺激による変化を安定化する役割がDNMT3a依存性のCAメチル化にあるのではと考え、グルタメート受容体刺激実験を行い、刺激によりDNMT3a結合が低下すること、この低下が刺激により遺伝子発現が上昇する結果であることを明らかにする。
すなわち、刺激で上昇した遺伝子はDNMT3aの結合から免れ、CAメチル化が起こらず、長期的遺伝子発現の抑制が回避されることを示している。また、この刺激依存性のCAメチル化パターンの変化は、抑制性ニューロンと興奮性ニューロンでは異なる遺伝子で起こることから、発生初期にそれぞれの神経系の運命がCGメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな調節により決まった後、生後の刺激に応じて細胞ごとにさらに詳細な遺伝子発現のエピジェネティック調節のためにDNMT3aが働いていることを示している。そして最後に、比較的低い発現を示す遺伝子のCA領域にはMECP2遺伝子が結合してDNMT3aをガイドしていることも明らかにしている。
DNAメチル化の記憶や神経可塑性に関する機能だけでなく、MECP2欠損によるRETT症候群についても大変勉強になった論文だった。
2017年11月5日
息抜きの最後は宇宙人の話だ。
最近の天文学の発展により私たちの住む銀河だけでも1兆個を超す惑星が存在することがわかってきた。最近では、地球に似た環境を持つ惑星の存在まで確認されている。とすると、我々が生命と呼べる存在はどこかにいるはずで、どんな形をしているのか、知性はあるのかなど考えてみることは面白い。もちろん、ウェルズの宇宙戦争から、スピルスバーグの未知との遭遇まで、エイリアンの姿を想像するのは自由だ。しかし、その姿に現実味があるのかは判断が難しい。地球上の生物でも、人間の想像力を超える姿が多く存在する。
今日紹介するオックスフォード大学動物学教室からの論文は、未知の生物を科学的に想像することが可能か議論した一種の意見論文で11月2日号International Journal of Astrobiologyに掲載された。タイトルは「Darwin’s ailien(ダーウィンのエイリアン)」だ。
科学的に演繹するとどんなエイリアンの姿になるのかと期待される方のために種を明かしてしまうと、結局ダーウィンの進化論以外にこの問題に答える考え方はなく、現存の生物を自然選択による複雑化という観点から見たとき、これに必要な最も重要な選択要因を満たした生物ならどんな姿もありうるという結論になっている。
論文では、地球上の生物は、1)遺伝、2)形質レベルの多様性の獲得、3)多様性の中からの成功者の選択可能性、を満たすことで多様性と複雑性を獲得したと定義した上で、エイリアンも複雑化するためには必ずこの条件を満たすべきと断じている。例えば、多様性が起こらない正確な複製機構が存在してしまえば、同じ生物が延々作られるだけで複雑化は起こらないというわけだ。
ではどうして進化は複雑化を伴うのか?これに対して、著者らは独立に異なる機能を進化させた部分を統合させてしまうような変革(例えば2種類の単細胞生物が一緒になってミトコンドリアや葉緑体が生まれたり、異なる細胞が集まる多細胞動物の誕生など)が生殖優位性をもたらす結果、複雑化するとしている。要するに、機能を多様化させることで、環境とのギャップを埋めることができるが、これを実現するためにはそれぞれの必要性を調整する大きなジャンプが必要だと結論している。
とすると、複雑化したエイリアンは必ず、1)部分が統合され協力し合う構造を持ち、2)異なる機能を調整する統合が行われており、3)これを可能にしているボトルネックと言えるポイントがある存在だろうと結論している。要するに、どんな姿を描いてもいいが、その姿を進化論に基づく複雑化の原理で説明する必要があるというのが結論だ。
結局エイリアンをネタにして、著者らの進化についての考えを述べた論文で、特に部分が機能を多様化させることによる衝突を調整することが複雑化の基礎にあることを強調している。ただ、この点については地球上の生物でも説明しきれていないため、説得力には欠ける気がする。しかし、エリアンの姿を想像してみるということを進化学の問いにすることで、新しい想像(創造)が生まれるかもしれないという期待はある。
2017年11月4日
クラッッシック音楽ファンでなくてもショパンの音楽を聴いたことがないという人はいないと思う。映画でいえば、古いところで溝口健二や木下啓介から黒澤明、そして山田洋次など多くの監督が彼の音楽を使っている。熱情溢れる音楽から、静かな心に染み入る音楽まで様々なバリエーションがありいろんなシーンにフィットするのだろう。
このショパンは1810年ポーランドで生まれ1849年パリで39歳の若さで世を去るが、30歳になる頃から咳、呼吸困難、全身倦怠に悩むようになり、10月17日母国ポーランドから呼び寄せた妹夫妻や友人に見守られ世を去る。この時の死亡診断書には「肺及び喉頭の結核」と記載され、彼が結核にかかっていたことは通説になっている。
この時ショパンの希望で、彼の心臓が取り出されワルシャワの聖十字架教会に祀られるが、この行為が後の科学論争の種になるとは、ショパンも想像できなかっただろう。2008年この通説に対して、ワルシャワの分子細胞生物学研究所のWitt博士らが、ショパンの病気はのう胞性線維症ではないかと疑いを持ち、政府にDNA検査の許可を申請する。理由は彼の姉妹の2人にも同じような症状が見られることがわかったからだが、残念ながらこの時の申請は拒否されるが、その後2014年、ショパンの心臓の保存状態を調べる決定がなされ、この時Witt博士らに組織を調べる許可がついに出され、その結果がThe American Journal of Medicineオンライン版に掲載された。
残念ながらFigureにアクセスできないので、文章だけを紹介するが、結局結核だったと結論づけている。なぜ心臓を見ただけで結核と判断できるのかと疑問に思われるかもしれないが、ブランデーに浸して保存されていたショパンの心臓を包む心膜には多くの結節とヒアリン化が認められ、結核の中では最も深刻な結核性心膜炎にかかっていたことがわかった。さらに、著明な右心室肥大が認められることから、肺に慢性の疾患を抱えていたことがわかり、心膜炎から見ても肺結核と診断して間違いがないという結果だ。
Witt博士らが調べようとしたのう胞性線維症については全く言及がないので、おそらくネガティブだったのだろう。ひょっとしたら、いつか論文として現れるのかもしれない。あるいは全ゲノム解析の論文かもしれないなどと期待してしまう。
この論文を読んで初めて知ったのが、自分の心臓を母国に送りたいというショパンの熱情には感銘を受ける。是非一度聖十字架教会を訪れてみたいと思った。
2017年11月3日
今日から連休なので、一般の生命科学論文ではなく、ちょっと変わった論文をいくつか紹介したい。多くの研究者の方に情報源として読んでいただいているが、数日はちょっとした息抜きぐらいに考えて、気楽に楽しんでほしい。
さて、The New England Journal of Medicineと言うと、The Lancetと共に臨床家や臨床研究者が一度は論文を載せてみたいと思う最もプレステージの高い雑誌だ。私は全くその機会がなかったが、現役時代再生医学の実現化プロジェクトを率いることになった時、メンバーとして選ばれた皆さんにこのプロジェクトではNatureやCellの論文より、The New England Journal of Medicine (NEJM)やThe Lancetに臨床結果についての論文を掲載してほしいとお願いしたのを覚えている。
この格式が高い NEJMでも短いコレスポンデンス論文なら息抜きになる内容を掲載してくれるのだという例が、今週号にオランダ・アムステルダム大学、ドイツ・オルデンブルグ大学、そして英国・ケンブリッジ大学のチームから発表された。タイトルは「The success of sinister right handers in baseball(右投げ左打ちが大リーグで最も成功する)」だ。なぜNEJMが大リーグでの成功率を掲載し、またなぜヨーロッパの大学チームがこの研究を行ったのかは不思議だが、右投げ左打ちのイチロー選手を輩出した日本人としてはなるほどという論文だ。
研究は単純で1871年から2016年までに大リーグでプレーした野手9230人の選手を右投げ右打ち(63%)、右投げ左打ち(11%)、左投げ左打ち(16%)、右投げ両打(5.5%)、左投げ右打ち(3.2%)、左投げ両打(1.%)に分類し、ピッチャーを除いた後、3割打者になった確率、野球殿堂入りを果たす確率を調べている。
どちらの調査項目でも達成可能性のオッズ比が最も高いのがイチローの右投げ左打ちで、3割達成率がオッズ比で18.43で、右投げ右打ちの0.14、左投げ左打ち3.67と比べても群を抜いている。左打者は当然有利と考えられるが、それでも18.43はすごい。さらに野球殿堂入りの確率から見ても、右投げのスウィッチヒッターと比べてもオッズ比が倍になっており成功率が高い。要するに、右投げの選手が左打ちに転向することで野手としての成功率が上がるという結果だ。
話はこれだけで、これが科学かと疑問を感じる人も多いだろう。例えば英国の雑誌The Lancetなら掲載しただろうか。メカニズム解析という点ではほとんど何もわからないが、しかしデータを見ると現象としては面白い。すなわち、普通の人(右投げ)が、もう一方の脳を使う訓練をすると効果が上がることは、プロの運動を支える脳のキャパシティーを考える上では面白い。また、逆に左投げの野手が左打ちなるよう訓練した場合、成功率が極端に低いという結果はさらに面白い。まちがいなく、科学の芽があることは間違いない。
イチローの場合、お父さんが最初から左打ちを指導したらしいが、なぜ左打ちに改造しようという動機や、いつそれを始めたのか、その時の指導者の判断など、他の要因についての情報が得られないと、このまま結果を鵜呑みにするわけにはいかない。この辺は、ヨーロッパの学者にはわかるまいと思ってしまうが、なぜ彼らが野球に興味を持ったのか、それが私には一番不思議だ。
2017年11月2日
昨日はNautreの姉妹紙Nature Human Behaviourに掲載された論文を紹介したが、Nature自身もこれまで科学としては扱われてこなかった問題を扱う論文の掲載を意図的に進めているという感触を持つ。特に、南北問題についての政策へ提言につながる論文を積極的に掲載している印象がある。これは、20世紀に未解決のまま残された問題の解決には科学が最も重要だという信念があるからだろう。
今日紹介するオックスフォード大学動物学教室からの論文はまさにそんな例で、様々な要素についてのデータをもとに動植物の多様性を維持するための最も有効な政策を打ち出せる回帰モデルを提案した研究で今日発行のNatureに掲載されている。タイトルは「Reducition in global biodiversity loss predicted from conservation spending(保護に対する支出から予測される世界規模の生物多様性の低下)」だ。
統計学的にどこまで妥当か判断するほど知識はないが、この研究では生物多様性の保護条約に参加する各国のデータをもとに各国が何をすれば生物多様性を守れるのか予測できる独自の多変量回帰モデルを作成している。具体的には、自然保護国際連合から各動植物に関して報告された1996年から2008年までのデータを集めたRed Listを元に人間要因の影響と生物多様性保護政策を統合した多変量回帰モデルを作成して、生物多様性減少スコアを算出し、それぞれの国の問題点が浮き上がるようにしている。
この解析によると、アメリカ、オーストラリア、中国、インド、パプアニューギニア、マレーシア、インドネシアでは明確な生物多様性の低下が著しい。一方、モ−リシャス、セイシェル、フィジー、サモア、トンガ、ポーランド、ウクライナではこの期間に生物多様性は増加している。
詳細は省くが、一般的に最も影響の強い変数は、やはり生物保護のための支出だが、この影響も、経済発展速度や、農地への転用速度などに影響される。また、経済指標である一人当たりのGDPでは、中規模国で成長が高いと生物多様性の失われる速度が速くなる。一方、農地転用の影響を見ると、利用率が低い国で転用が進むと最も悪い影響があることが具体的数値として計算できる。
これらの結果をもとに各国の抱える条件に合わせた詳細な予測が可能で、例えばペルーでGDPなど経済要因が2003年レベルとすると生物多様性減少を50%にとどめるためには4.6百万ドル必要だが、社会経済学的状態が2012年レベルで計算すると5.7百万ドルが必要になるといった計算を示している。以上の結果から、このモデルはそれぞれの国についてかなり正確な予測が立てられると結論している。今回の研究は、各国の内的条件だけを変数にしているが、今後例えば中国での象牙の需要がアフリカ各国に及ぼす影響などを加えたさらに正確な推定が可能になることについての期待も述べている。
話は以上で、科学としての実感をあまり感じないが、政策への影響力が発揮できるなら、Natureに掲載する意味もあると思う。