読んだあとよくわかったのは、この論文はαシヌクレインとパーキンソン病の関係についてある程度理解がないと、虫垂切除でパーキンソン病の発病を遅らせるという現象だけに注目が集まるだろうということだ。アミロイドやタウタンパク質などの異常沈殿が病気の発症に強く示唆されてきたアルツハイマー病と異なり、同じ変性性疾患でも、パーキンソン病では長らく同じようなタンパク質は見つかっていなかった。しかし、タンパク質の異常沈殿をうかがわせる様々な証拠、例えばレビー小体などが存在することから、パーキンソン病で沈殿が見られるタンパク質が探索され発見されたのが、αシヌクレインだ。その後の研究で、この分子の異常沈着がパーキンソン病の発症と関連することを示唆するデータが多く示され、現在は、パーキンソン病も、αシヌクレインが沈着するαシヌクレイン症の一つとして捉えられるようになっていきた。これを認めると、パーキンソン病はαシヌクレイン症の脳の症状といってもいいかもしれない。
次に問題になるのは、では正常神経細胞でも強く発現されているαシヌクレインが、なぜ沈殿し、異常沈着するかだが、これを説明する一つの考えがαシヌクレインに狂牛病の原因たんぱく質プリオンのような性質があるというものだ。プリオンは折りたたみが失敗して異常型が発生すると、それが正常のプリオンタンパクを異常型に変換する鋳型として働き、その結果沈殿する異常たんぱく質が増大し、神経変性が起こる。しかも、異常プリオンは神経を通って腸管から脳へと拡がり、神経変性を誘導する。同じことが、αシヌクレインでも起こるとするのがαシヌクレイン症仮説だ。そhして最近になって、脳と腸をつなぐ迷走神経を切断すると、パーキンソン病のリスクが下がることが示されるに至って、αシヌクレイン仮説はさらに力を増してきている。現在では、タンパク質の折りたたみを正常化する薬剤の開発も行われている。
このように、パーキンソン病発症にとっての腸の関わりはこの論文以前から疑われていた。しかし、パーキンソン病の人の腸に明確なαシヌクレイン沈殿の証拠が見つからず、この仮説を証明するにはパーキンソン病発症以前に腸管のどこかで、αシヌクレインの異常沈着が起こっていることを示す必要があった。
この「どこか」が、盲腸ではないかと考え追求したのがこの研究だ。この研究は2本立てになっている。まず、盲腸がたしかにパーキンソン病と関係していることを示す目的で、データベースを探索して、虫垂切除とパーキンソン病の発症リスクを比べ、期待通り中枢切除を受けた人はパーキンソン病の発病を約20%低下させ、また発症を3.6年も遅らせることを確認する。面白いことに、この差は都会の住人ではなく、田舎の住人に特に顕著に見られる。ただ、疫学データなので、原因については無用な推測はやめたほうがいいだろう。
あとは、実際に異常αシヌクレインが盲腸で生成していることを示す実験を行ない、正常人の盲腸には分解されにくい異常αシヌクレインが沈殿していること、そして恐ろしいことに、この異常αシヌクレインは、盲腸の中で正常たんぱく質が切断されることにより生成されることを明らかにしている。生化学的にはきわめて詳細な研究が行われており、αシヌクレイン仮説の研究を続けてきたグループであることが良くわかるが、詳細は省略する。
以上の2本立ての実験を合わせて、盲腸では異常型αシヌクレインの生成がパーキンソン病とは関係なく起こっている。そしておそらく、こうしてできたい異常αシヌクレインは迷走神経などを通って、あるいは血液細胞かもしれない、脳に運ばれ、パーキンソン病発症の引き金を引くというシナリオだ。もちろん、プリオンと違って、αシヌクレインの場合は脳で異常たんぱく質が蓄積したからといってすぐ病気になるわけではないので、心配することはないが、面白い話だと思う。まだまだ調べなければならない点は数多くあるが、盲腸に絞るということが確認されたので、動物実験も含めて、再現性があるかどうかはすぐに決着がつくように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ