同じように、考古学はこの厄介な思い込み、深層心理に影響されていることを示す論文がドイツチュービンゲン大学からNatureに報告された。タイトルは「Similar cranial trauma prevalence among Neanderthals and Upper Palaeolithic modern humans (ネアンデルタール人と旧石器時代の現生人類での頭蓋骨の障害頻度に変わりはない)」だ。
専門外の私たちが、頭蓋骨折したネアンデルタール人の骨格を見せられると、まず争いが絶えなかったのではと考えてしまう。そして、現在より遥かに寒い氷河期に命をかけてマンモスを追いかけている姿を想像しながら、食べるために厳しい生活を強いられていたのではと考えてしまう。しかし、このような思い込みは、専門家にもあったようで、ネアンデルタール人の骨が損傷を受けている確率が高いことから、彼らが厳しい生存環境での生活を強いられていたと言うのは通説だったようだ。
今日紹介する論文の著者らはこの通説の根拠を検討し、多くの論文が骨格に残る損傷の跡から大きな怪我をする頻度を科学的に推察したわけではなく、研究者の限られた経験の中から導き出された個人的印象に過ぎないことに気づく。さらに、比較の対象も、ずっと時代が進んだ後の狩猟採取民で、同じ時代に同じ場所で暮らしていた旧石器時代の現生人類ではないことも指摘している。
この研究では、文献で記載されているユーラシアから出土したネアンデルタール人と、旧石器時代の現生人類のデータを集め、損傷だけでなく、死亡時の年齢、性、保存されている骨格の割合、出土地域など詳細に調べ上げ、層別化した頭蓋損傷率を計算している。
その結果、ネアンデルタール人では14/295、現生人類では25/541が全骨格から計算した頭蓋損傷の頻度で、大きな違いがないことが分かった。さらに、集めたデータを性別、あるいは年齢などで層別化してさらに両者を比較している。
さて結果だが、基本的にネアンデルタール人と、現生人類の間に、頭蓋障害を受ける頻度は変わらないという結論だ。とはいえ、現代人からみると、5%に近い人が損傷を受けているというのは過酷な生活だったのではと思う。
統計的な優位差は強くないのだが、一つだけ両者で異なる点が面白い。すなわち、損傷を持ったネアンデルタール人は若い年代で死亡している人が多く、一方現生人類は年齢での差がない。ネアンデルタール人は損傷を受けると、生存する機会が少ないためにこのような結果になっているのか、あるいは若い年代だけが危険な状況にさらされていたのか、様々な可能性が考えられるが、答えを知るには、他の場所の骨折の解析や、損傷部位の医学的分析も含めたさらに詳しい解析が必要だろう。
いずれにせよ、通説を信じないで、もう一度当たり前と思っていることを問い直してみるだけで、特に何か新しいテクノロジーを使わなくともNatureに掲載されるたことは、若い研究者の励みになるだろう。
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