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11月19日 芸術家のキャリアパスの悲しい現実(11月16日Science掲載論文)

2018年11月19日
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絵を見るのは好きだが、大学に勤めている時に自分で買うという気持ちになることはなかった。ただ、CDBに移ってからは、研究所の廊下の潤いのために絵を出血サービスでレンタルしてくれる画廊と知り合いになった機会に、レンタル料をディスカウントしてもらっている埋め合わせにと、自分でも年に1枚ぐらい気に入った絵を買うようになった。10年で我が家に飾る場所は無くなってしまったが、幸いその時は現役を退くことになり、お礼に絵を買うということも必要なくなった。ただ、買うという気持ちになることで、絵画の市場が存在し、自分もそこに参加できるのだという実感が持て、精神的満足感の高い経験だったと思う。しかも、その満足感は、毎日部屋の壁をフッと見る時、蘇ってくる。

この経験はささやかとはいえ、買い手の立場だが、画家の立場から市場がどんな役割をしているのか、すなわち鑑定の根拠は誰でも知りたい問題だ。この問題を徹底的に調べ、画家のキャリアパスがどう決まっているか調べたノースウェスタン大学からの論文が11月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Quantifying reputation and success in art (芸術での評判と成功を定量化する)」だ。

最初から金を稼ぐために画家を目指す人はそう多くないと勝手に思っているが、しかし画家を続けていこうとすると、当然、多くの展覧会のチャンスがあり、作品が高い値段で売れる必要がある。しかし、そんなチャンスをどうして作ればいいのか、画家を目指す人にとって最も重要な問題だと思う。

この研究では世界中の美術館や画廊を、特に互いに作品を交換したりするネットワークの強さで計算している。もちろんこのネットワークに、画家の展覧会なども入る。もちろん日本の森美術館など、地理的に離れている機関は必然的にネットワーク上の関係性が低下する。何れにせよ、ネットワークの強さは、扱う絵の価格や、伝統など様々な指標で行ったAからDのランキングによく対応する。Aには米国のMOMAやグッゲンハイムが入り、逆に半数はDランクになる。

このように芸術家の市場を定義した上で、どの機関で最初の5回の展覧会を行なったのか調べ、その後の活動状況や名声を展覧会や絵の価格度をもとに調べている。この研究では、1950年から1990年に生まれた芸術家で、少なくとも10回の展覧会を行った31794人について調べている。

結果だが、要するに厳しい現実がよくわかる。まず、最初が肝心で、最初の展覧会がトップ20%の画廊や美術館で最初の5回の展覧会を開催できた芸術家の40%が10年後も同じランクの機関で展覧会を行なっている。このランクの4058人の芸術家のうち59%は生涯ランクの高い機関と関連を持つことができるが、最初のランクが低いと、そこから高いランクに登れるのは10%にすぎない。最初の展覧会でのランキングが低いと、実際10年後に活動できているのは14%に過ぎない。勿論画廊のランクだけでなく、展覧会を開ける回数もトップランクでは2倍多く、外国でも展覧会を開き、絵も高く売れる。

これらのデータからモデルを作り、それぞれの芸術家のキャリアパスを予想することすらできることも示している。ほとんどの人はあまり知りたくないモデルだ。結論としては、芸術家のキャリアは最初の展覧会で決まるという話で、基本的には最初からランクの高い機関で展覧会を開催するコネを作ることが大事だということになる。従って、世界規模のランキングの高い機関が多い国ほど、画家はこの世の成功を得るチャンスが多いというわけだ。現在では当然米国が一番市場としての価値は高そうだ。

ただよく考えると、同じことは科学者の世界にも言える。特に、相互のつながりを指標にランキングをつけることで、かなり正確な機関や個々の研究室の評価ができるような気がする。もちろん芸術家にしても、科学者にしても、機関との関係だけで話が決まるわけではないが、これからキャリアを積もうという若手は、ある程度現実を知った方がいいのかもしれない。それでも、そんな世間のことを気にせず、自分の能力を信じて新しい世界にチャレンジする若手が出てくることも望む。実際、この研究で調べているのは、極めて短い期間の話で、本当の天才の評価を目的にはしていない。評価は難しい。
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