今日紹介するロンドン王立大学からの論文は私の間違った思い込みを覆し、マウスの脳内でヒトiPS由来の神経のシナプス形成や剪定を長期間観察できることを示した論文で11月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「In vivo modeling of human neuron dynamics and Down syndrome(体内でのヒトニューロンの動態およびダウン症候群のモデリング)」だ。
研究は極めてシンプルで、iPSから皮質の興奮型神経細胞を誘導し、これをそのまま大人のマウス大脳体性感覚野に移植しているだけだ。実際には、分化誘導後36−38日目の神経細胞なので、未分化な細胞が50%含まれている。これによりマウス脳内には、iPS由来のグリアや興奮性ニューロン、抑制性ニューロンが確認される。ちょっと気になるのは、多くはないがミクログリアまで存在していると言うので、試験管内の分化がどこまで進んでいたのか怪しい気がする。
とはいえ、神経細胞はしっかりできており、様々な場所にアクソンを伸ばしている。しかも、マウスの体性感覚野の神経細胞と同じ場所に軸索を伸ばしている。この標識されたiPS由来のヒト神経細胞の動態を顕微鏡で追いかけているのがこの研究のハイライトで、この間に興奮性、及び抑制性のシナプスが形成された後、軸索が退縮してバラバラになるところまで観察することができる。
ではiPS由来神経はどの細胞とシナプスを形成しているのかと調べると、ほとんどがヒトの神経同士でのシナプス結合だが、7.5%は確かにマウスの神経とシナプス形成をしており、しかも感覚刺激により人ニューロンが興奮することまで確認している。これが本当だとすると、ヒトvsマウスシナプスの構造や組成をさらに詳しく調べる必要があるだろう。
ヒトvsヒトであっても、ヒトvsマウスであっても、ともかくシナプス形成やその剪定まで持続的に観察できることは、この系で複雑な遺伝的変化の神経細胞への影響を調べる可能性がある。この研究では、ダウン症の人から得られた線維芽細胞から21番染色体がトリソミーのままのiPSと一本の染色体が失われて正常化したiPSを作成し、これらを用いて同じ実験を行なっている。
そして、トリソミーを持つダウン症の神経細胞は、軸索に沿って形成されるスパインとよばれるシナプスが、正常細胞に比して安定で剪定されにくいため、スパインの密度が増えていることを発見する。ところが、ニューロンの活動は強く低下していることが明らかになった。
もちろんこの結果だけから、ダウン症候群の神経について議論することは時期尚早だと思う。しかし半年以上移植した神経が観察できること、また移植した場所に応じた神経細胞ができること、さらに遺伝子導入が簡単であることから光遺伝学が容易に使えること、そしておそらく何箇所にも人間の細胞を移植できるだろうことから、人間の神経細胞同士の相互作用の研究にかなり流行るのではと予感している。しかしなんでもやってみることだと思う。
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