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コロナウイルス感染拡大のシミュレーションからわかること

2020年2月2日
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この前コロナウイルスの症例報告について紹介した時から1週間も経っていないが、今やメディアもコロナ報道一色になってきた。と言っても、結局人混みを避けよ、手洗いを徹底せよ以外に、なんの具体的指示は出しようがない。様々な会社が有効な薬剤の治験を進めていると思うが、多くの人は軽い症状で終わりそうなこの病気に、パニックに後押しされて予防投与が行われるような事態が来ないよう、医療側も薬剤や抗体薬などが開発された時のプロトコルについて、現在わかってきた感染者と発病者、発病者と重症者の正確な調査を元に用意する必要があると思う。

今必要なのは、ニュースよりできるだけ科学的な把握だろう。この時、将来の予測には冷静なシミュレーション研究が重要だ。その意味で、香港大学から1月31日The Lancetにオンライン発表された研究は、参考になると思う。

香港大学からThe Lancetに発表されたシミュレーション論文

シミュレーションには信頼おけるデータを集めることがまず大事だが、武漢内の発表に頼るのではなく、武漢以外の都市で発生した確実な発病者の数、実際の人の移動などから逆算する手法で計算するというスマートな方法を取っている。この時、伝染する強さを一人から2.68人、感染者数の倍加する時間を6.8日として計算すると、1月25日時点で武漢には75000人の感染者がいたと推定している。また、武漢と最も交流が多い順番に、重慶、北京、上海、広州、深圳へ、1月25日時点でそれぞれ、435人、98人、111人、80人の感染者が移動したと計算している。

その上で今後の予想を計算すると、特に感染力を落とす手立てを講じなかった場合は4月1日をピークとする大流行が起こると予想している。

これについてはいくつかのメディアでも紹介されているが、この研究の重要な点は、人の動きと感染力を抑える手段の影響を計算している点で、

  • この流行は各都市間の移動を50%ぐらい制限しても、ほとんど変化がなく、例えば他の都市での流行が一月ずれる程度で終わる。
  • しかし、もし感染性を50%減らすことができれば(隔離、早期の治療、今言われている手洗いなど様々な対策)、パンデミックのピークは起こらない。

をシミュレーションで示している。すなわち、現状では感染を抑え込む努力を限りなく進めることがパンデミックを防ぐ唯一の手段というわけだ。

もちろんインフルエンザで見られるような季節性があるか、感染源の動物は駆除できるか、など多くの不確定要素はあるが、まだ感染者の多くない我が国では、隔離と患者のトラッキング、感染しないための注意を繰り返して、ウイルスの感染性をなんとか50%落とすことで乗り切れるのではと思う。

2月2日 アフリカ人にもネアンデルタール人ゲノムが流入している(2月20日発行予定 Cell 掲載論文)

2020年2月2日
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ネアンデルタールやデニソーワ人のゲノムが解析できるようになった最も大きなインパクトは、我々の先祖がデニソーワ人と交雑をし、その時生まれた子供たちから現在の私たちにゲノムの一部が伝わっているという発見だ。この時、ネアンデルタール人のゲノムはアフリカ人にはほとんど見つからないことも報告され、アフリカで生まれたホモ・サピエンスのうち、ユーラシアに移動したグループだけがネアンデルタール人と交雑したという歴史が定着した。

今日紹介するプリンストン大学からの論文はこれまで考えている以上にネアンデルタール人のゲノムがアフリカ人に流入し定着していることを示した論文で2月20日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Identifying and Interpreting Apparent Neanderthal Ancestry in African Individuals (アフリカ人に見られる明らかなネアンデルタール人の先祖を特定し解釈する)」だ。

現代人に残っているネアンデルタール人のゲノムを間違いなく特定するため、これまで用いられていたのは、アフリカ人にはネアンデルタール人ゲノムがほとんど存在しないという仮説にたって、ネアンデルタール人に存在して、アフリカ人に存在しない部分をまず選び出すという差分操作が行われていた。しかし、これは引き算することで、実際にはネアンデルタール由来でもアフリカ人にあるからということで除外することになる。

一方、一定の長さで配列の一致するかどうか比べることで、直接先祖かどうかを確かめる方法が存在し、親戚探しに使われている。この方法なら、今生きている個人のどの遺伝子がネアンデルタールの先祖と共通化を直接計算できるので、これを使えば上に述べた問題は解決できるはずだ。ただ、間違った断片をネアンデルタール人由来とする間違いを避けるため、直接先祖かどうなを確かめる方法は試みられていなかった。

この研究のハイライトは、推計学を用いたIBDmixを開発して、直接の先祖性を調べられるようにしたという点だ。特に似ている断片が長い場合はほとんど間違いがないレベルであることを示している。

このように直接先祖と共通の遺伝子を1000人ゲノムデータと比べることで、なんとネアンデルタール人のゲノムの3−4割を再構成できる。その上で、次に私たちがネアンデルタール人の先祖と共通の断片を持っているか調べると、アジア人やヨーロッパ人で約50Mb存在するのに対し、予想に反しアフリカ人でも18M b存在することを明らかにしている。これがこの論文の最も重要なメッセージで、今後この直接調べる方法で、他の人種や古代人を比べていくことでその真価はより明らかにされると思う。

その上で、ではアフリカ人とネアンデルタール人はどのように交流したのかをシミュレーションと実際のデータを比べて調べている。この時、合致する長さ、合致した断片の分布などすべてを、アフリカ人、ヨーロッパ人、東アジア人と詳しく比べて、アジア人とヨーロッパ人が分かれる前にホモ・サピエンスのゲノムがネアンデルタール人に流入し、それが現在共有されている部分と、アジア人とヨーロッパ人が分かれたあと、ヨーロッパ人がアフリカへ新たに持ち込んだネアンデルタール人ゲノムが存在することを示している。特に驚いたのが、現代人のゲノムがネアンデルタール人に入った時期が10-15万年前と計算されている点で、ネアンデルタール人はすでにアフリカにいないとしたら、ホモ・サピエンスはどこでどのように交流したのかぜひ知りたいところだ。

面白いのは、こうして新たに持ち込まれたネアンデルタール人のゲノムは、アフリカ人とヨーロッパ人で別々に淘汰圧にさらされることで、特に免疫系の遺伝子については、今後ますます面白い物語が聞ける気がする。

もともと数理に疎い私だが、直接先祖性を比べることの重要性はよくわかる。IBDmixの活躍に期待したい。昨日述べたようにアフリカ人のゲノム多様性は高い。その意味で、民族の関係を仮説なしに直接調べることの重要性は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 アフリカコサ族の統合失調症ゲノム解析(1月31日 Science 掲載論文)

2020年2月1日
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現在様々な理由から、アフリカ人のゲノム解析が精力的に進んでいる。まず何よりも、アフリカでホモ・サピエンスは誕生し、多様化した。ユーラシアに移動したのはそのうちの一部で、その時生まれた遺伝子多様性はアフリカに残っている。すなわちユーラシアに移動した人種に比してゲノム多様性が高い。しかも、ネアンデルタール人など他の人類との交雑程度が低い。これまで主にコケイジアンで進んできたゲノム研究では見落としてきた新しい事実が、アフリカ人ゲノムからわかるのではと期待される。そこで、今日明日とアフリカ人ゲノムに関する論文を紹介することにした。

最初の今日は、ワシントン大学を中心とするグループからの論文で、南アフリカコサ族の統合失調症のゲノム解析研究で1月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetics of schizophrenia in the South African Xhosa (南アフリカコサ族の統合失調症患者の遺伝学)」だ。

タイトルを見てコサ族は統合失調症が多いのかと勘違いしてしまったが、そうではない。中央アフリカから南アフリカへと移住して、独自の言語と文化を持つコサ族の統合失調症患者でゲノム解析を行い、他の民族とは異なる事実を発見しようとした研究だ。

コサ族とは南アフリカ黒人解放をリードしたマンデラさんが属する民族で、アフリカでは2番目に人口が多い。この民族の統合失調症患者さんと、正常人それぞれ約900人をリクルートし、エクソーム(ゲノムのタンパク質へと翻訳される部分)を解読し、両者の違いを比べている。

まずエクソームレベルでの配列多様性を比べると、予想通りアフリカ人の多様性は群を抜いている。しかも、民族間の交雑程度は少ない。

エクソーム解析で得られた様々な変異から、機能欠損につながる変異をリストし、それを患者さんだけで見られる稀な変異と、正常人でだけ見られる変異に分けている。例えばCNTNAP1(シナプス形成に関わる分子)の変異は4人の統合失調症で見られたが、正常人にはなかったが、これを症例変異と呼んでいる(実際にはもっと数を増やせば正常人でも見つかる可能性はある)。

こうして、正常人変異と、症例変異を比べた結果、

  • 機能欠損変異は統合失調症患者さんの方により多く発見される。一方、機能に無関係な変異で見ると、そのような偏りは見られない。
  • 統合失調症に偏る機能欠損型変異の3割はシナプス機能に関わる分子で占められる。
  • 今回リストした統合失調症で偏って欠損していた遺伝子の多くは、これまでのデータベースを検索すると、統合失調症や自閉症で発現が低下しており、逆に双極性障害では発現が上昇している遺伝子が多い。
  • 今回の結果は、スウェーデン人で調べたデータと共通しており、コサ族特異的ではない。

結果は以上で、結論はこれまでと変わることはない。すなわち、統合失調症は一つの遺伝子で決まる病気ではなく、複数の遺伝子が絡み合って形成される。統合失調症になると、生殖可能性は低下するので、おそらく症例に関わる遺伝子は常に淘汰圧に晒されており、その意味で新しく発生する遺伝変異が発症には重要になる。そして、病気のメカニズムとしては、シナプス伝達と可塑性が障害されることが考えられる。

コサ族で調べたことの意義がまだ明確ではない研究で終わってしまっているが、アフリカ人のゲノムを調べる重要性はよく理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ
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