ファイブロブラストは身体中に散らばって存在しており、傷口の修復に関わるだけでなく、炎症に伴う線維化による瘢痕形成の主役だ。一般の人なら、当然脳にもファイブロブラストが存在して、他の組織と同じ様な働きをしていると考えるのが普通だ。事実、卒中で神経が失われた空隙と脳組織の間には瘢痕ができているし、炎症が起こるとコラーゲンが沈着する。
ただ、少し脳のことを習うと、脳にはファイブロブラストはいないと思ってしまう。確かに、脳組織を描いた組織図譜には線維芽細胞はほとんど記載されていないし、何よりも私も2018年6月の論文紹介で「脳には間質の中心となる線維芽細胞が存在しない」などと口走ってしまっていた(https://aasj.jp/news/watch/8550)。
しかし、これは勝手な思い込みで、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、脳にも髄膜周囲に線維芽細胞がちゃんと存在し、脳の炎症が起こるとそこから移動してきて線維化が誘導されることを示した研究で2月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「CNS fibroblasts form a fibrotic scar in response to immune cell infiltration (中枢神経系に存在するファイブロブラストが免疫細胞の浸潤に反応して線維性瘢痕を形成する)」だ。
この研究では、マウス多発性硬化症の実験モデルで、脳に炎症細胞を浸潤させ、それに対する組織反応で出てくるコラーゲン合成細胞を追跡している。まず、様々な細胞マーカーで調べると、PDGFRα/β共に陽性のまさにファイブロブラストがコラーゲンを作っている。
次に、様々な細胞系列をラベルする実験を行い、炎症部位の線維化に関わる細胞の系列を調べると、アストロサイトは言うに及ばず、これまで考えられていた様に血管周囲の平滑筋由来でもなく、正常時にコラーゲンを発現しているまさにファイブロブラスト由来であることを確認している。
さらに、正常時及び炎症時に脊髄に存在するコラーゲン陽性細胞をsingle cell RNA seqで調べ、そのほとんどが細胞系列としては全てファイブロブラストと定義できることを確認している。
最後に、コラーゲンを発現している細胞を遺伝的に導入したチミジンキナーゼを用いて除去する実験を行い、ファイブロブラストの移動と増殖を抑えると、線維化が抑制され、炎症組織にグリア細胞が集まりやすくなっていることを示している。すなわち、ミエリンを修復する細胞が集まりやすくなってはいるのだが、実際のミエリン化は進んでいない。従って、ファイブロブラストの増生を抑制することは重要だが、さらに正常のミエリン修復を高めるには壁が残っていることを示している。
最後に、炎症時にファイブロブラストがインターフェロンγ受容体を強く発現していることに着目し、インターフェロンγを炎症時に抑制すると、線維化を抑えることができるので、神経炎症でファイブロブラストの活性を調節する主役は、免疫細胞由来のインターフェロンγではないかと結論している。
結果は以上で、脳内での炎症に、繊維化を抑制するため開発された様々な方法や、インターフェロンγシグナル阻害が利用できる可能性を示唆している。しかしなんといってもこの研究は、私の先入観を完全に取り去ってくれた。
脳にはリンパ管もあるし、ファイブロブラストもある。