様々な組織に常在型のマクロファージの存在が知られている。例えば肝臓ではクッパー細胞、脳ではミクログリア細胞、そして皮膚ではランゲルハンス細胞などがこれに当たる。これらは骨髄造血からの供給とはほぼ独立して存在しており、炎症やガンなどで、血液からリクルートされる単球と異なる機能を持つと考えられ、研究が進んでいる。最近になって、乳腺にもこのような常在型マクロファージが存在する可能性が示されている。個人的印象で何の根拠もないが、乳腺症やパジェット型乳ガンなど、炎症との関わりが強い印象があるので、この細胞に注目していた。
今日紹介するフランス キューリー研究所からの論文は乳腺の常在型マクロファージを特定する分子マーカーを開発し、これがガン免疫誘導に重要な働きを示したことを示す研究で、3月31日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Tissue-resident FOLR2 + macrophages associate with CD8 + T cell infiltration in human breast cancer(組織常在型FOLR2陽性マクロファージは人間の乳ガンでCD8T細胞の浸潤と関わる)」だ。
個人的には、常在型マクロファージはガンを助けるのではと考えていたが、この論文を見て予想は全く外れていることがわかった。この研究では、最初から乳ガン組織で常在型マクロファージ(TRM:tissue resident macrophage)を他の集団から分離できるマーカー探しを行っている。私たちの現役時代と異なり、この目的にはsingle cell RNAseq(scRNAseq)という強い味方が存在する。ヒト乳ガン腫瘍組織とリンパ節転移サンプルからマクロファージを取り出し、これをscRNAseqを用いてグループに分けていくと、最終的に葉酸受容体(FOLR2)が、常在型マクロファージの分子マーカーとして利用でき、FOLR2陽性マクロファージが、これまでマウスで示されてきたマンノース受容体陽性の乳腺常在型マクロファージと同じであることを明らかにしている。一方、骨髄造血から乳腺にリクルートされたマクロファージはCADM1やCCR2の発現によりTRMと分離できることも示している。
この結果に基づき、TRMはガンの味方か敵かを調べている。結論は「TRMはガンの敵で、ガンに対する免疫を高めてくれる」と言うことだが、それを示すため、以下の結果が示されている。
- まず、FOLR陽性TRMは、正常組織に血管に接着して存在し、ガンが出来るとガンから少し離れたストローマに存在するが、相対的に数が減少する。
- 切除後の病理検査で、FOLR陽性TRMの密度が高い患者さんでは予後がよい。
- 組織中でTRMは常にCD8陽性キラーT細胞と同じ場所に存在し、組織内でキラー細胞と相互作用しているのが観察できる。
- TRMは卵白アルブミンペプチドを抗原とした試験管内検査で、CADM1陽性マクロファージと比べ、強いT細胞刺激効果を示す。
- TRMは免疫抑制機能は低い。
結果は以上で、少しゴチャゴチャした実験が多い研究で、もう少しストレートに出来ないかとは思うが、本当ならいくつか重要なポイントが示されたと思う。
まず、乳ガンで腫瘍組織のキラー細胞を増幅するときは、マクロファージはFOLR陽性細胞以外を除去して増幅した方がいいと思われる。さらに、腫瘍自体は血中からCADM1陽性マクロファージをリクルートしてTRMを外へ追い出している可能性があり、このリクルートを止めることも治療可能性になる。このように地道な研究が進むと、免疫治療が難しいとされる乳ガンもその対象に必ずなると期待している。