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4月9日 肺の細気管支から新しい幹細胞が発見された(3月30日 Nature オンライン掲載論文)

2022年4月9日
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臓器の細胞構成を再現するオルガノイド培養の普及は著しい。おそらく最も古く有名な方法は、ES細胞の分化に用いるembryo body培養だと思う(植物のカルスは別にして)。その後、亡くなった笹井さんと永楽さんがCDBで開発した脳オルガノイド、慶応の佐藤さんの腸のオルガノイドなど、我が国の研究者によりオルガノイド培養の可能性が示され、現在に至っている。

このテクノロジーと並行して、single cell RNAseq(scRNAseq)が普及すると、オルガノイドと生体内の細胞を比較することがより完璧になり、この両輪で臓器の発生や維持、そして異常についての研究が急速に進んでいる。このおかげで、これまで研究が遅れていた肺の分野も進展が著しい。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は人間の細気管支にこれまで全く特定できていなかった新しいタイプの幹細胞が存在することを示した研究で、おそらく肺の様々な病気の理解にも重要な貢献だと思う。タイトルは「Human distal airways contain a multipotent secretory cell that can regenerate alveoli (人間の遠位気道には肺胞を再生できる多能性の分泌細胞が存在する)」だ。

この論文を読むまで全く知らなかったが、マウスには細気管支がない。ただ、肺のサンプルは研究しにくいので、どうしても研究はマウスを用いざるを得ない。この研究ではマウスには存在しない細気管支に焦点を当て、そこに存在する細胞についてscRNAseqで調べた結果、secretoblobin family (SCGB)3A2を、SCGB1ATと同時に発現し、しかも肺胞の幹細胞として知られる2型肺胞細胞とも性質が似たこれまで全く記述されたことのない細胞を発見する。さらに期待通り、この細胞は細気管支にしか存在せず、マウスでは全く欠損している。

scRNAseqから、この新しい細胞(RAS細胞と呼んでいる)と2型肺胞細胞との密接なつながりが見つかるので、ヒトES細胞からオルガノイド培養でRASを誘導する系を確立し、様々な条件で培養すると、Notchシグナルが低下し、Wntシグナルが高まるとRASから2型肺胞細胞への分化が誘導されることがわかった。すなわち、肺胞上皮の幹細胞と言える2型肺胞細胞をリクルートできる幹細胞の性質を有していることが明らかになった。

さらに、RAS細胞の遺伝子発現から特異的表面分子を特定し、人間の細気管支からRAS細胞を取り出し、オルガノイド培養を行い、2型肺胞細胞への分化が誘導されることも示している。

最後に、重症の慢性閉塞性肺疾患の患者さんの肺を調べ、通常はほとんど見られないRAS細胞の性質を共有する2型肺胞細胞が患者さんでは見られることから、RAS-2型肺胞細胞への分化異常が起こっていること、また喫煙でも同じような変化が誘導されることを組織学的に明らかにしている。面白いことに、この異常細胞では、いくつかの肺発生異常の原因遺伝子が発現しており、またBCL2やATF2などの増殖生存に関わる分子の発現も上昇していることを示している。

以上が結果だが、この論文を読んで最初に頭に浮かんできたのは、汎細気管支炎と呼ばれる、細気管支を中心にする重症の炎症性疾患だ。おそらく、RAS細胞をこの疾患で見直してみれば、理解が進むのではと期待を抱いた。勿論、汎細気管支炎に限らず、多くの病態の解析を進めるだけのパワーが、RAS細胞の発見にはあるように思える。

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