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生命科学の目で見る哲学書 目次

2022年4月2日
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  1. はじめに
  2. 普遍宗教の誕生:フロイト著「モーセと一神教
  3. イオニアでの哲学誕生:柄谷行人著「哲学の誕生」
  4. プラトン著「テアイテトス」
  5. アリストテレスの生命への関心の源を探る:アリストテレス著「動物論」「動物発生論」
  6. 「霊魂論」のテーマは「生命とは何か」」:アリストテレス著「霊魂論」
  7. プラトンからの決別と4因説:アリストテレス著「形而上学」
  8. ローマ:世俗化・大衆化の時代:プリニウス、キケロ、そしてキリスト教:プリニウス著「博物誌」、キケロ著「老年について、友情について」
  9. 中世を学ぶ:山内志朗著「普遍論争」、大澤真幸著「世界史の哲学(中世編)」
  10. ヨーロッパ二元論のルーツ:マグヌスとアクィナス
  11. アウグスチヌス;「創世記注釈」を読む:キリスト教の世俗性
  12. アリストテレス以降の最大の哲学者オッカム:近代哲学の萌芽(生命科学の目で読む哲学書 第12回)
  13. 近代哲学に取り掛かる前に、今話題のマルクス・ガブリエルを読んでみた(生命科学の目で読む哲学書 第13回)
  14. 哲学が後退した16世紀に輝く賢人哲学者フランシス・ベーコン(生命科学の目で読む哲学書 第14回)
  15. 生命科学の目で読む哲学書15回  近代科学誕生の17世紀 I デカルト
  16. 17世紀近代科学誕生に関わった人たち: Ⅱ ライプニッツのモナド論を現代的視点から読み直す (生命科学の目で読む哲学書16回 
  17. なぜスピノザだけが「エチカ=倫理」を書けたか?(生命科学の目で読む哲学書17回)
  18. 17世紀近代哲学誕生はガリレオに負うところが大きい (生命科学の目で読む哲学書18回)

4月2日 自宅で可能な遺伝子治療:遺伝性水疱症の治療(3月28日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022年4月2日
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長い研究の歴史を経て、遺伝子治療は現在急速に拡大しており、治療として認可された製品も続々登場している。今回のアデノウイルスワクチンも、あるいはmRNAワクチンだって遺伝子治療と言っていいだろう。すなわち、遺伝子を細胞内に導入して必要な分子を合成させるだけなら、看護師さんに注射してもらうだけでいいぐらい簡単にできるようになっている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、コラーゲンVIIの欠損により起こるDystrophic epidermolysis bullosaとして知られる、水疱症を、なんと自宅で治療できる様にしようとする研究で、皮膚領域とは言え遺伝子治療がさらに一般治療に近づいていることを感じさせる。タイトルは「In vivo topical gene therapy for recessive dystrophic epidermolysis bullosa: a phase 1 and 2 trial(劣性dystrophic epidermolysis bullosaに対する塗布による遺伝子治療:phase 1及びphase 2 治験)」で、3月28日Nature Medicineにオンライン掲載された。

遺伝性の水疱症は上皮を維持するためのマトリックスの遺伝子欠損により起因し、遺伝子治療や移植治療が試みられてきた。ラミニン遺伝子欠損の患者さんを、遺伝子導入した皮膚移植で治療した研究については2017年に紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7648)。

今日紹介する研究の対象疾患は、コラーゲンVII欠損により起こる劣性dystrophic epidermolysis bullosa(RDEB)で、少しの刺激で皮膚に水疱が生じびらんができる。治療により傷は修復できるが、これが繰り返されるため、痛みと皮膚のびらんが続く。さらに、炎症を繰り返すことで悪性の扁平上皮ガンの発生が高率に起こる。

この治療には遺伝子治療か細胞治療しかない。最初、他人から骨髄移植を受けて線維芽細胞を置き換える試みが行われ、一定の効果が見られているが、元々負荷の高い骨髄移植治療を皮膚に水疱やびらんが有る患者さんに行うメリットがあるかは評価が定まっていない。また、ラミニン遺伝子欠損と同じように、遺伝子導入した皮膚細胞移植も試みられている。

これに対し、このグループは最初からびらんしている皮膚に自宅で遺伝子治療用ベクターを塗布出来る治療を目指している。

このために選んだベクターが、単純ヘルペスウイルス(HSV)ベクターで、感染力が強いだけでなく、大きな遺伝子を導入できること、そして自然免疫を刺激しないという重要な特徴を持っている。

詳細は省くが、細胞内での増殖能を欠損させたHSVベクターに、9kbのコラーゲンVII全長遺伝子を組み込み、このウイルスとMETHOCELと呼ばれるゲルと混ぜた塗布可能な遺伝子治療剤B-VECを開発している。

まず、培養細胞、そして免疫不全マウスに移植した患者さんの皮膚への感染実験で効果を確かめた後、1相、2相の治験を行っている。

重要なのは治療方法で、水疱が出来びらんした局所だけを狙った治療を行っている。ウイルスが入ったゲルを患部にまんべんなく、目薬をさすように一滴一滴垂らした後、一般に使われている非接着性の絆創膏(Tegaderm)をかぶせるだけだ。これを1日おきぐらいに繰り返して安全性や結果を見ている。

この治療により、8割の患者さんでびらんは閉じ、100日以上維持できたが、偽薬投与群ではびらんが完全に閉じることはなかった。また、皮膚バイオプシーで、全層にわたって上皮と真皮の間にコラーゲンVIIの分泌を確認している。

以上が結果だが、値段はともかくとして、自宅でできる遺伝子治療の可能性を期待させる結果だ。同じ病気では角膜損傷も起こることから、今後は目薬なども考えられるだろう。いずれにせよ、値段が一番気になる。

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