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6月10日 肥満にはダイエットより薬剤で(6月4日 The New England Journal of Medicine オンライン掲載論文)

2022年6月10日
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これまで多くの肥満を防ぐと称する薬剤や食品が巷に出回ってきた。科学的な根拠がある薬剤だけでも、レプチンからドーパミン拮抗剤までトライされてきたが、数多くの薬剤が試されたが、副作用などの問題で全て失敗に終わっている。結局肥満に対してはダイエットの努力しか王道はないと思われていたところに、それまで糖尿病の治療に用いられて大きな効果を示していた消化管ホルモンGLP-1 の半減期を延ばしたセマグルタイドが、初期の消化器症状を除くとたいした副作用もなく、肥満解消を実現したという報告が the New England Journal of Medicine (Vol 384, 989, 2021) に発表された。

これに刺激され、経口薬の rybelsus や GIP/GLP の療法の作用を持つ tirzepatide など、糖尿病ではなく肥満に対する薬剤として治験が始まっていた。今日紹介するイエール大学とイーライリリーを中心にした国際チームによる論文は GIP/GLP 両作用が確認された tirzepatide を1週間1回皮下注射の効果を調べた、2000人規模の無作為化偽薬試験で、「肥満は薬剤で」という時代を予感させる臨床研究だ。タイトルは「Tirzepatide Once Weekly for the Treatment of Obesity(週1回の tirzepatide 注射による肥満治療)」で、6月4日 The New England Journal of Medicine にオンライン掲載された。

1研究は、大規模という意味では大変だが、内容は単純で、2539人の平均体重104.8Kg, 平均 BMI 38.0という肥満の男女を無作為化して4群に分け、週1回それぞれ5、10、15mg tirzepatideあるいは偽薬の皮下注射を受け、72週まで観察して体重への効果を調べるだけだ。

結果はセマグルタイドの注射と同じで、体重は60週ぐらいまで下がり続け、72週で、なんと5mgで16%、15mgでは22.5%低下している。また、ほぼ全ての人で10%程度の体重減少が達成できている。

すなわち、100kgの人が80kgになる。単純比較は出来ないが、セマグルタイドを用いた最初の治験では16%だったので、効果は劣らず、少しぐらいは高いかもしれない。

その結果代謝改善も著しく、空腹時インシュリン量では42%の現象、血中脂肪やコレステロールも2割を超えて低下、体脂肪も大きく減少するといういいことづくめの結果だ。

結果は以上で、2021年のテキサス、サウスウェスタン大学とノボノルディスクによるセマグルタイドの論文とほとんど同じ結論だ。裏返せば、GLP-1 受容体作動薬は安全な肥満治療薬として使えることが確認されたと言える。

ただ、今後 GLP-1 受容体作動薬が大きな議論の的になっていくように感じる。私は代謝の専門家ではないが、肥満の人ならこの薬剤を服用するという選択に反対する理由をほとんど見つけられない。とすると、ついに痩せる努力が薬剤で置き換わる時代が来たことを意味する。

実際、GLP-1 で検索すると、肥満の自由診療と銘打って、服用しやすいノボノルディスクのリベルサスを処方するオンライン診療の宣伝が溢れており、結構、名の通った企業も参入している。すなわち、様々な健康企業がこのトレンドをいち早く先取りしていることになる。そして今日紹介したように、製薬企業もその方向に狙いを定めているように思える。

これに対して、ノボノルディスクは、2型糖尿病以外に認可されていないこと、副作用もあるので責任をとれないことなどを述べた注意広告を出しているが、2型糖尿病への使用の歴史から考えて、このトレンドを抑えることはもう難しいように感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日 Parkin は NLRP3 分解を促し、ドーパミン神経細胞の細胞死を防いでいる(6月1日 Neuron オンライン掲載論文)

2022年6月9日
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パーキンソン病を誘導する遺伝子変異の中では、Parkin と Pink についての研究が最も進んでいる。Parkin は蛋白分解する分子をユビキチン化するユビキチンリガーゼで、Pinkキナーゼにより活性化された Paris をユビキチン化、分解に関わる。これが変異でうまくいかないと、Paris が蓄積し、ミトコンドリアの増殖が低下、細胞ストレスにより神経細胞死が起こるというのがシナリオの基本になっている(https://aasj.jp/news/watch/6449)。

一方、最終的な神経細胞死には炎症のメカニズム、特にインフラマゾーム形成が関わっている可能性も指摘されてきた。

今日紹介するジョンズホプキンス大学からの論文は、Parkin がインフラマゾーム構成成分の NLRP3 を分解して炎症を抑えており、この経路が変異で阻害されると、NLRP3 活性化、カスパーゼ活性化の経路が動いて神経細胞死が誘導されることを明らかにした研究で、6月1日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Neuronal NLRP3 is a parkin substrate that drives neurodegeneration in Parkinson’s disease(神経細胞の NLRP3 はパーキンの基質でパーキンソン病の神経細胞死の原動力になっている)」だ。

この研究では最初から NLRP3 が合成、活性化されることが、神経細胞死の元にあると決めて研究が行われている。例えばマクロファージでインフラマゾームが形成されるためには、炎症物質による NFkB を介する刺激により NLRP3 が合成され、これが様々な刺激で複合体を形成する必要がある。

この研究のハイライトは、ドーパミン神経で Parkin をノックアウトすると、それだけで、すぐに NLRP3 が蓄積を始め、集合してインフラマゾームを形成し、カスパーゼ活性化による細胞死が起こることを発見したことだ。

そして、Parkin は直接 NLRP3 と結合してユビキチン化し、分解することで、炎症物質により NLRP3 の合成が上昇しなくても、Parkin の機能が低下することで、自動的に NLRP3 が蓄積しやすくなっていることを明らかにした。

ただ、NLRP3 が合成されるだけでは、インフラマゾーム形成は起こらない。これについては、Parkin の重要な標的 Paris が分解されずに蓄積することで、ミトコンドリアへのストレスが高まり、これが NLRP3 の集合を誘導していることを示している。

以上、Parkin 機能が低下するだけで、NLRP3 レベルの上昇とその活性化によるインフラマゾーム形成の二つの過程にスイッチが入ることを示し、これまで研究されてきた Pink/Paris/Parkin 経路がインフラマゾームと見事につながった。

最後に、αシヌクレインの蓄積による一般的パーキンソン病でこの経路が働いているか検討し、シヌクレイン蓄積により Parkin 活性が低下することを示し、同じインフラマゾーム、細胞死の過程が通常のパーキンソン病でも働いていることを示している。そして、インフラマゾームやカスパーゼが治療対象になることもマウスモデルで明らかにしている。

以上が結果で、言われてみれば納得の話で、何故今までわからなかったのかが不思議なぐらいの話だ。ただ、Parkin とインフラマゾームがつながることで、新しい治療標的が見つかったことは大きい。また、パーキンソン病では他の炎症要因も高まっているとする研究が多く存在するので、それら全体を統合的に考える意味でも、重要な話だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日 恐竜の代謝測定から恒温動物の進化を解明する(5月25日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月8日
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以前ロンドンの自然博物館に行ったとき、恐竜は消化管で食べ物を発酵させて熱を発生するという展示を見たことがあるが、熱の発生源はともかく、かってのは虫類には自分で熱を生成して体温を維持する恒温動物( endothermy と呼ぶ)が存在したと推定されている。これは、現存の変温動物と比べたとき、骨の成長速度や、アイソトープを用いた測定法で、代謝率の測定が可能になったためで、ティラノザウルスも恒温動物に分類されている。

今日紹介するイエール大学からの論文は、ミトコンドリアの代謝活性と比例する advanced lipoxygenation endo-products (ALE) をラマン分光計で計測することで、化石であっても生存時の代謝状態を推定でき、恒温動物か変温動物かを判定できることをしました研究で、5月25日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fossil biomolecules reveal an avian metabolism in the ancestral dinosaur(化石の生体分子により鳥の代謝が古代の恐竜に存在していたことがわかる)」だ。

元々、ALE はミトコンドリアの代謝が高まることで生まれる活性酸素によりタンパク質の lipoxygenation により形成され、臨床的にも利用されているが、このうち骨を形成するコラーゲンなどの細胞外マトリックスは、ALE として何億年も安定に維持されるらしい。このうち、化石生成過程で変化した ALE と元の ALE の比を計算すると、その動物の代謝程度が推定できる。

実際、現存の動物で調べると、ALE から計算される代謝率は、鳥類や哺乳動物では高値を示すが、変温動物では身体のサイズの関わらず低値でとどまる。この方法を様々な年代の骨に応用し、

  1. ALE をラマン分析する方法で、化石でも代謝率を推定することが可能で、得られる代謝率は身体の大きさと比例する。
  2. 続生(化石生成過程の変化)過程を受けない ALE の量から、代謝の高かった動物と、比較的低かった動物に分けることが出来る。
  3. この方法で、現在知られている鳥類や哺乳類の系統樹に、恒温性を当てはめると、両者は別々に独立して発生し、鳥類の祖先では2億5千万年前の恐竜に現れているが、哺乳動物では1億8千年前の哺乳動物発生とともに恒温性が発生している。
  4. これ以外でも、オオトカゲの進化のように、全く新しく変温動物が恒温動物に変化した例も存在することから、恒温性は進化の過程で独立して何度も現れていると考えられる。

以上が結果で、こんなことが出来るのかと驚くとともに、一つ物知りになったと楽しんで読んだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日 造血抑制なしの負担の少ない骨髄移植法開発(6月23日号 Cell 掲載予定論文)

2022年6月7日
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骨髄幹細胞移植治療の大変さが一般の人にも知られるようになったのは、水泳の池江さんの白血病闘病が広くマスメディアで伝えらたことが寄与している。このとき、場合によっては放射線を含む骨髄アブレーションが行われるが、これが患者さんにとって本当に大変で、無菌室での生活を余儀なくされるのも、これによりホストの白血球が消失してしまうからだ。このような厳しいアブレーションが行われるのは、白血病治療なので異常細胞を徹底的に殺すという目的も当然存在するが、ホストの血液幹細胞を徹底的に除去して、造血を支持するニッチを空け、移植したドナー造血幹細胞ができるだけ多くホストの骨髄を占有するという目的もある。

事実、自分の骨髄細胞を何もしないで自分にもう一度注射しても、骨髄で造血するチャンスはほとんどない。と言うのも、造血支持ニッチがすでに占有されており、外から注射した造血幹細胞は入り込むことが出来ない。

現在、遺伝子治療が進展し、遺伝的な免疫不全や貧血などを、遺伝子改変した自己幹細胞の移植治療が始まっているが、ほとんどの場合遺伝子改変した細胞が骨髄を占有できるよう、骨髄ニッチを空けるため、薬剤によるアブレーションが行われる。そして、当然これが患者さんへの大きな負担になる。

今日紹介するイタリア・ミラノにある遺伝子治療研究所からの論文は、造血抑制なしに、骨髄ニッチを空けて移植細胞が骨髄に居つける方法についての研究で6月23日号 Cell に掲載予定だ。タイトルは「Mobilization-based chemotherapy-free engraftment of gene-edited human hematopoietic stem cells(化学療法なしに幹細胞をニッチから離れさせることで遺伝子編集したヒト造血幹細胞移植が可能になる)」だ。

現在、造血幹細胞を骨髄から取り出すのではなく、様々な処理をして造血幹細胞を末梢血に遊離させ、これを移植する方法も多く行われている、この「様々」な処理とは、造血幹細胞を刺激し骨髄ニッチから遊離させる方法で、G-CSF とともに骨髄ニッチと幹細胞の相互作用の柱になる CXCR4 を阻害剤が用いられ、幹細胞 mobilization と呼ばれている。

この研究は、この方法でニッチが空くなら、これを化学療法によるアブレーションに代え、より負担のない骨髄移植を可能にすることを目的にしている。このアイデア自身は他のグループも考えたと思うが、骨髄抑制と異なり、ニッチを離れた幹細胞は末梢を循環しているため、よほど多くの幹細胞を移植しないと、元の幹細胞に置き換わる可能性は少ないと考えれててきた。

この研究のハイライトは、思い込みを排して、様々な mobilization 処理を行った後、同種幹細胞を移植する実験を行い、G-CSF に CXCR4阻害剤を組み合わせることで、なんと移植した幹細胞がかなりの効率で造血を始めることを確認した。

よく考えると不思議なのだが、mobilization 後末梢に遊離される幹細胞の CXCR4 発現が低下していることを発見し、これが CXCR4 発現が高い幹細胞が、ニッチの競争に勝てるメカニズムであることを突き止めた。

そこでさらに移植効率を高める目的で、mRNA法を用いて移植前に CXCR4 を幹細胞に発現させる実験を行い、この臨床でも利用しやすい方法によりドナー幹細胞の占有率を高めることが出来ることを示している。

以上がこの研究のハイライトで、誰もが無理と諦めていた mobilization による移植法を検討しなおし、さらにより効率の高い方法へと進化させた。

後は、ヒトの造血を再構成したマウスモデルで、遺伝子導入や、さらにはクリスパーを用いた遺伝子編集により改変された自己幹細胞を、mobilization 後に移植し、病気を治すことが可能かを調べる、proof of concept のモデル実験を行い、十分可能であることを示している。

全て前臨床段階だが、これまでの骨髄移植の経験からも、臨床応用は十分可能である用に思う。これにより、骨髄細胞を標的とした遺伝子治療に関しては、アブレーションではなく mobilization を用いることで、患者さんの負担はずいぶん減ると思う。さらに、ワクチンで広く使われる RNA法を用いて、一過性に様々な遺伝子を発現させることで、占有率をさらに上げることも可能だと思う。

研究の成功は先入観を排することであることを示すいい例だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日 ヒト遺伝子エンハンサーを支える基本分子 cofactor の多様性(6月1日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月6日
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私たちのゲノムには、エンハンサーと呼ばれる領域が存在して遺伝子の発現を調節しているということは、専門家でなくても聞いたことがあると思う。実際のエンハンサーの機能は、それに結合する転写因子といくつかの分子から形成される cofactor を、転写が実際に起こるプロモーターへとリクルートすることで、転写を高めている。教科書的、即ち私の頭の中では、cofactor 決まった分子から構成されていことになっている。

しかし最近になって、それぞれの cofactor 構成分子を阻害する分子の作用から、エンハンサーとプロモーターの相互作用に必要な cofactor は決して一様でないのではと考えられるようになってきていた。今日紹介するオーストリアの分子病理学研究所からの論文は、cofactor の要求性がエンハンサーやプロモーターにより異なる可能性を示し、裏付けた面白い研究で、6月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Differential cofactor dependencies define distinct types of human enhancers( cofactor 依存性の違いが人間のエンハンサーの異なるタイプを定義する)」だ。

この研究では、ヒトゲノムを断片化して、レポーター遺伝子と結合させたプラスミドを、細胞内でエンハンサー依存的に増幅させる STARR-seq と呼ばれる方法でエンハンサー活性を測定している。このとき、8種類の異なる cofactor を選んで auxin を加えると、目的の分子が短時間で分解させられる AID と呼ばれる方法を用いて、各 cofactor を分解した時、エンハンサー活性がどうなるかを調べている。

もちろん教科書通りだと、一つの cofactor を壊すと、エンハンサー活性は全て低下するはずだが、実際には壊された cofactor に応じて、エンハンサー活性に差が生じる。そして、最終的に、1)どの cofactor が分解されても影響があるが、特に p300分解の影響が強いグループ、2)同じく特に CDK7分解に影響されるグループ、そして驚くことに、3)Mediator14が分解されてもエンハンサー活性があるグループ、そして 4)BRD4が分解されてもエンハンサー活性があるグループ、の4種類に分類できることを明らかにした。また、それぞれのグループのエンハンサーは、それに結合する転写因子でも分類でき、1)ではAP、3)ではp53、4)ではCCAAT結合NFY分子が特定されている。

1)、2)については、基本的にはどの cofactor も必要という結果なので、論文では 3)、4)について詳しく検討している。

3)については、p53結合エンハンサーであることから、p53下流の分子は MED14 を必要としないことが示唆される。実際、細胞の MED14 をノックアウトしても、p53下流の転写活性は維持される。他の mediator分子の関与などをさらに検討した上で、p53による転写は mediator分子なしに起こると結論している。

さらに面白いのはすでにガンの標的とされて薬剤が開発されている BRD4被依存的エンハンサーで、これは結合するヒストンコードから、Off型のクロマチンに見られるエンハンサーで、レトロウイスルの LTRエンハンサーがその典型として詳しく検討されている。詳細を省いて結論を述べると、TATAボックスとCCAATボックスが一定の間隔で並んでいる調節領域は、BRD-4 が欠損しても、転写活性を維持できる一種の自立的なプロモーターを形成し、CCAAT ボックスに結合する NFY分子が、BRD4非依存的転写に関わっていることを明らかにしている。このエンハンサーの中には、ヒストンやヒートショックタンパク質の転写に関わるエンハンサーが含まれていることも面白い。

以上が結果で、この分野にある程度の知識がないとイメージしづらいと思うが、これまでどれも同じと考えていたプロモーター/エンハンサーを媒介するメカニズムが、エンハンサーにより異なっているという発見は、特にガンで問題になる p53 や BRD4 と関わっていることから、極めて重要な研究だと感じる。また、p53 やヒートショックタンパク質など、ストレス応答に関わる転写が、それぞれ mediator非依存性、BRD4非依存性であることも将来の重要なテーマになるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日 ER ストレスを誘導してガンを抑える薬剤の開発(6月2日 Nature Cancer オンライン掲載論文)

2022年6月5日
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化合物の作用を手がかりに、生化学的過程を明らかにすることを chemical biology と呼ぶ。実際アスピリンなど、現在使われている多くの薬剤は、まず化合物の作用が発見され、薬剤として利用された後、その作用の生化学的過程が明らかにされたものだ。一方、分子生物学が発展して、特定の過程に関わる分子が明らかになった後、その分子の機能を抑制する化合物を開発することが、21世紀に入って加速している。例えば、新型コロナウイルスのプロテアーゼに対するパクスロビドや塩野義 S-217622 などはその例だ。特に最近注目されているこの種の薬剤には多くのガンのドライバーとして働いている変異型 K-ras 阻害剤があり、アムジェンのソトラシブや、Mirati のアダグラシブなど、実際の治験が進んでいる。

今日紹介するテキサス South-Western Medical Center からの論文は、エストロジェン受容体に対する標的薬を修飾するうちに、エストロジェン受容体への反応が消失する代わりに、ERストレスを誘導できる薬剤が開発できたという話で、標的薬開発と Chemical biology が合体したような研究だ。タイトルは「Targeting LIPA independent of its lipase activity is a therapeutic strategy in solid tumors via induction of endoplasmic reticulum stress(LIPAのリパーゼ活性とは異なる部位を標的にすると、固形腫瘍の小胞体ストレスを誘導して治療する薬剤になる)」で、6月2日 Nature Cancer に掲載された。

すでに述べたように、エストロジェン受容体に対する化合物 E-11 を様々に修飾しているうちに、エストロジェン受容体を全く発現していないトリプルネガティブ乳ガンの増殖を抑える薬剤 E-RX41 が出来てしまったところから、この研究は始まっている。即ち、化合物がまず存在し、その作用に関わる生物学的過程を明らかにする chemical biology がこの研究の柱になる。

この論文を読むと、chemical biology はこうあるべきだというお手本になる重厚な研究であることがわかる。順を追って、解説しよう。

  1. まず、エストロジェン受容体を発現しないトリプルネガティブ乳ガン(TNBC)に効果があることを確かめた後、ERX-41 により誘導される遺伝子発現から TNBC のERストレスを誘導して細胞死を誘導している可能性を発見、この可能性を生化学的、細胞学的に確かめている。
  2. 次にクリスパー/Cas9によるノックアウト解析で、ERX-41 抵抗性になる分子を探索、lysosomal acid lipase Aがその標的になっていることを突き止める。即ち、ER で LIPA の機能が阻害されるとERストレスが誘導され、ガン細胞の細胞死が誘導される。
  3. 幸いなことに、LIPA は正常組織での発現は少ない一方、多くのガンで発現が高まっており、今後様々なガンを抑える薬剤として使える。
  4. ERX-41は LIPA のリパーゼ活性ととは異なる、LXXL モチーフに結合し、これにより何らかのメカニズムで、タンパク質の折りたたみに関わる分子の発現を抑制し、その結果 ER に折りたためないタンパク質がたまってストレスが誘導され、ガン細胞が殺される。

以上、構造解析を含む可能な全ての方法が総動員され、LIPA への ERX-41 結合が、分子折りたたみに関わるシャペロンなどの発現を低下させ、ERストレスを誘導することで、多くのガンの弱点を突けることを明らかにしている。

実際には、副作用などについてさらに詳しい解析が必要とは思うが、是非 K-ras 阻害剤や、BRD阻害剤などに続く、新しい抗がん剤として発展してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日 キリンの首はなぜ長い(6月3日 Science 掲載論文)

2022年6月4日
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ガリレオにより「科学」という、それまでにはなかった新しい「知」の可能性が示された後も、生物は科学の対象外にあった。勿論科学的に考えようとした18世紀のビュフォンを代表とする自然史研究者も、目的に導かれるように見える生命の進化を、ガリレオが示した真知形成の手続き、すなわち「科学」的に説明することは出来なかった。そこに登場したのが19世紀のダーウィンで、多様化と自然選択で進化を説明した。まさに、物理世界の因果性には存在しないアルゴリズムが、科学に登場した瞬間だと思う。

進化のアルゴリズムについて、用不用説を唱えたラマルクとダーウィンを比較する時に使われるのが、キリンの首の話だ(例:https://edu.glogster.com/glog/lamarck-vs-darwin/2d1tlii5fam?=glogpedia-source)。私も授業に使っているが、自然選択説でも、用不用説でも、首が伸びる目的は、高い木の上の葉を食べるというニッチ獲得になっている。

今日紹介する北京、中国科学アカデミー研究所からの論文は中国ジュンガル盆地で新しく見つかった、1600万年前のキリン科の哺乳類 Discokeryx xiezhi の骨格解析から、キリンの首はメスを巡るオス同士の戦いが選択圧になったという研究で、6月3日号 Science に掲載された。タイトルは「Sexual selection promotes giraffoid head-neck evolution and ecological adaptation(メスを巡る戦いがキリン科の長い首の進化と適応を促した)」だ。

研究は、骨格の解析、そして時代検証につきる。

私が知らなかっただけだが、この研究の前から首をハンマーのように用いて戦うために、首の長さが伸びたとする説は提唱されていた。ただ、今回解析された Discokeryx xiezhi は、キリン科ではあるが首がどっしりしてそう長くない。

特に頭の骨を見ると、かなり厚く、頭同士をぶつけ合って戦うスタイルに適しており、首の骨もそれに適応して、強い力を分散させる構造になっている。事実、首モデルで有限要素解析を行うと、頭をぶつけ合ったときの力を分散できることが示されている。そして、おそらく戦ったことによる骨髄炎の名残も観察できる。

一方、頭をぶつけ合う戦いに向かないキリン科の化石も見つかっているが、この場合は首がローテートしやすい構造を持っており、首を巻き付けて戦うのに適したようになっている。

即ち、首そのものを戦いに使えるキリンと、頭をぶつけるブルファイト型のキリンが見つかったことで、高い木の葉っぱを食べるという、食料ニッチではなく、他のオスに勝つという戦いが選択圧になったと言う結論だ。

では、当時キリンが生息していた世界は、高い木がニッチにはならなかったのか?これについては、歯のエナメル質アイソトープ解析から、少なくとも Discokeryx xiezhi は、木の上の葉を主食としていたわけではないことが示された。

以上、次回からラマルクとダーウィンの話は、もう少し複雑な話として語る必要がありそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月3日 老いの覚悟:幹細胞システムを襲う急激な変化(6月1日 Nature オンライン掲載論文)

2022年6月3日
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今日で74回目の誕生日を迎えた。なんとかボケまいと、毎朝、論文ウォッチに取り組むが、始めた頃と比べると様々な機能が落ちているのがわかる。それでも、なんとかやれると納得していても、毎日論文を読んでいると、老いる覚悟を残酷にも迫る論文に出会うことになる。

そんな論文の中でも、今日紹介するウェルカムサンガー研究所と、現役時代レビューボードを務めていたケンブリッジ幹細胞研究所が、2日前に発表した、血液幹細胞システムを襲う急激な老化についての論文は、自分の骨髄で今起こっている老いの過程を覚悟させるが、極めてインパクトの高い研究だ。タイトルは「Clonal dynamics of haematopoiesis across the human lifespan(人間の一生を通した造血システムでのクローン動態)」だ。

老化が進むと、遺伝子に蓄積された変異により、他の幹細胞クローンより増殖力の高い幹細胞が選択され、最終的に造血幹細胞の数が減り、またガン発生の頻度が高まることは、血液のクローン性増殖として、重要な老化指標になっている。ただ、これまでの血液細胞全体を deep sequencing する方法では、70以上の高齢者の1−2割にこれが見られるとされており、まだ他人事だった。

この研究は、クローン性増殖の有無をより正確に把握するため行われた驚くほど大規模な全ゲノム解析で、70歳以上4人を含む10人の臍帯血、末梢血、あるいは死後凍結保存された骨髄細胞から、FACSで未熟幹細胞を精製し、細胞を一個ずつ増殖因子とともに培養してできたコロニーごとに全ゲノム解析をおこなっている。14カバレージで解読できたクローンのみをデータとして用いている。各個人から200ー400個のコロニーが得られ、トータルで3500を超す全ゲノム解析が行われている。我々日本から見ると驚くほどの数だ。

まず、試験管内でのコロニー形成能は年齢間でほとんど差はない。そして、予想されるように年齢とともに徐々に突然変位数は上昇し、またテロメアの長さは短くなっている。ところが各細胞クローン内で配列を比較して、細胞間の多様性を調べてみると、低い頻度ではあるがテロメアが長く維持されているクローンも存在し、おそらく長く静止期に合った幹細胞が、造血プールに入ってきたのではと考えている。

次に、全ゲノム配列の変異を元に、クローナル増殖が起こっているかを、それぞれのゲノムの系統樹を書いて比べると、ゲノムから計算される実働幹細胞数は50000から250000で、目立ったクローナル増殖は見られない。

ところが70歳以上の4人を調べてみると、驚くことにこれまでの計算を遙かに超すクローナル増殖が見られる。実際の図と数字を見ると本当に驚くが、まず1−2割の高齢者ではなく、4人とはいえ全員にクローナル増殖が見られる。しかも、クローナル増殖に由来する血液細胞の割合は、これまで計算されてきた3−5%の10倍で、30ー60%に達している。すなわち、70歳を超すと、これまで見られなかったクローン増殖が一人あたり10−20幹細胞で起こり、その結果半分近くの造血がクローン増殖由来になっていることがわかった。まさに、私の骨髄で今起こっている。

しかしどうして70歳の壁なのか。これについては、アミノ酸変換を伴う変異が少し高いことから、増殖優位選択が行われている以外は、明確ではない。しかし、クローナル増殖を、いくつかの変異や選択を組みあわせて考えるABCモデルでは、4人のクローナル増殖動態をモデル化できることから、変異は時間をかけて蓄積し、必要な条件が合わさる確率が指数的に上昇するとすることで、説明できるとしている。

もちろん、ニッチの状態や、老化細胞の脆弱性など今後さらに調べるべきことは多い。しかし、時間をかけて老化が進むとは言え、それが突然のように現れることがよく理解できた。これはおそらく血液だけではない。様々な幹細胞臓器でこれが進んでいる。そのことをしっかり覚悟した誕生日の論文ウオッチになった。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日 臭いを感じて認識するダイナミックス(5月18日号 米国アカデミー紀要 オンライン掲載論文)

2022年6月2日
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日本の研究は、研究機関やメディアで紹介されるので、紹介は控えているが、今日の論文は毎日ワインを飲みながら感じていることに近いので、あえて紹介することにした。

どんなことを考えているかだが、ワインテースティングは決して感覚の問題ではない。香りと味の様々な要素を言葉にするとともに、様々な記憶を呼び起こして判断する。おそらく言葉にすることで、より鮮明に記憶を呼び起こせる。これが面白いので、失敗をいとわず、なるべく違うワインをトライして楽しむようにしている。もちろん私の余命と比べたとき、ワインの種類はほぼ無限と言っていいので、飲み尽くす心配はない。

さて、今日紹介する東京大学からの論文は、10種類の同じ強さの異なる臭い(快適な臭いから不快な臭いまで)を嗅いだときの脳波を調べ、最初の刺激がどのように認識として脳内に表象されるかについて調べた研究で5月18日米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Spatiotemporal dynamics of odor representations in the human brain revealed by EEG decoding(人間の脳内に形成された臭いの表象の時間空間的ダイナミックスが脳波の解読から明らかになる)」だ。

研究では22人の被験者について、10種類の臭いに対する主観的な印象を調べるとともに、脳波を記録し、それぞれの臭いに対する脳波の反応から臭いの種類をデコードできるモデルを作成し、このモデルから臭いが認識されるまでの過程を追いかけた研究だ。脳研究では普通の手法で、頭皮の外側からの脳波記録なのでどこまで正確なモデルを作成できるのかちょっと心配になるところだが、臭いの刺激を受けてから1秒間程度の経時的変化を記録して、64電極による空間的記録と合わせることで、基本的には臭いの種類を十分区別できるモデルが出来ている。実際、言語認識の研究を別にすると、時間ファクターも含め総合的に判断するモデルの論文はほとんど読んだことがなかった。いわばビッグデータ解析なので、全ての詳細を省いて、結論だけをピックアップすると、以下のようになる。

  1. 臭い刺激に対する脳の反応は150msぐらいから始まり、これが刺激に対する一次感覚を反映している。
  2. これが刺激の認知として始まるのは、300msぐらいからで、不快な臭いほど反応が早い。
  3. その後、それぞれの臭いを特徴付ける反応は脳全体に広り進化して、ほぼ1秒間かけて認識のピークに達する。
  4. 脳の各領域に応じて、反応のピークは異なる。即ち、臭いの認識が時間をかけて進化することを示している。
  5. 特に臭いの質を判断する認識に、言語に関わる Broca 領域が関わっているのは面白い。

以上、全てすっ飛ばして自分がワインを感じている時を思い出しながらまとめてしまったので、著者には申し訳ないことをしたかもしれない。しかし、個人的体験を後追いでき他という意味で、本当に楽しめる論文だった。

今後、それぞれの領域が、一つの臭いの構成にどのような意味を持つのか、AI を超えた解析が進むことを読者として期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

6月1日 思春期に睡眠が妨げられると、新しい出会いへの好奇心が低下する(5月26日 Nature Neuroscience オンライン掲載論文)

2022年6月1日
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私たちの精神形成にとって、思春期の重要性を疑う人は誰もいない。しかし、我々がこの時期に受ける社会からの影響は極めて複雑で、発達に影響する様々な行動を特定し、それを是正することは簡単でない。また、この時期に神経学的な介入を行える動物モデルを作ることはさらに難しい。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、人間を含むほとんどの動物で共通にみられる行動の一つ、睡眠を取り上げ、思春期に慢性的に睡眠を妨げられたマウスが、新しい経験への好奇心が低下すること、およびそのメカニズムを神経学的に解明した論文で、眠りを取り上げたことで、マウスと人間をつなぐ将来の実験が可能にできる研究だと言える。タイトルは「Adolescent sleep shapes social novelty preference in mice(思春期の睡眠は新しいものへの好奇心形成に関わる)」で、5月26日 Nature Neuroscience にオンライン掲載された。

この研究では脳波を調べながら、生後35〜42日(この時期をマウスの思春期としている)の1週間、睡眠に入ったとき、床を動かせて眠りを慢性的に阻害する介入を行っている。42日以降は普通に過ごさせ、56日目に、マウスの社会性を調べる実験を行っている。

行動実験の概要だが、まず1番目のマウスと対面させ、一定期間後、今度は、1番目のマウスに加えて2番目の初対面のマウスを用意し、それぞれに対する反応を調べるというものだ。

元々マウスは好奇心旺盛な動物で、1番目のマウスに出会ったときはそちらに興味を引かれるが、次に一度出会ってなじんだ動物と、初対面の動物のどちらに興味を示すかを比べると、初対面のマウスの方により興味を示すことが知られている。ところが、思春期に眠りを妨げられたマウスでは、1番目のマウスと出会ったときの反応はコントロールと違いはないが、次に1番目と初対面のマウスを同時に提示したとき、初対面の方にはほとんど興味を示さない。これは思春期に眠りを妨げたときだけに起こる現象で、大人になってから同じような処置をしても、この変化は現れない。

後は、この変化の神経学的メカニズムについて調べている。初対面マウスへの好奇心に関わる腹側被蓋のドーパミン産生ニューロンに焦点を絞り、カルシウム流入を調べながら行動を追跡すると、行動と一致して、1番目のマウスと出会ったときの反応には変化がないが、次のトライアルで1番目と初対面マウスに出会ったときに、コントロールで見られる初対面マウスに対して見られる強い反応が、思春期に睡眠を妨げた群では強く抑えられているのが明らかになった。

腹側被蓋ドーパミンニューロンは、側坐核と前島皮質へと投射しており、そこでのドーパミン分泌を調べると、正常マウスでは1番目のマウスと出会ったとき、側坐核でのドーパミン分泌が上昇した後すぐに低下するのに、眠りを妨げられた群では、上昇したドーパミン分泌が、ほとんど低下しないこと、そして2回目のトライアルでは、初対面のマウスに対して反応したときに起こるドーパミンの分泌が全く起こらないことが明らかになった。即ち、最初に出会ったマウスに強く反応が固定されてしまって、その後他のマウスへの興味が断たれていることがわかった。

そして、睡眠を妨げられることで、腹側被蓋と側坐核の投射が強まり、一方腹側被蓋と前頭皮質との結合が低下することが、このドーパミン分泌、および行動の差につながっていることを明らかにしている。

以上、わかりやすくまとめてしまうと、特に思春期の睡眠が阻害されることで、腹側側坐核ドーパミン神経の投射が大きく変化し、その結果最初に出会った方のマウスに好奇心が固定化されることが、この行動変化のメカニズムであることがわかった。

この最初でに出会ったマウスに好奇心が固定され、新しいマウスに向かない現象は、マウスの自閉症モデルでも見られるので、最後にこの自閉症モデルマウスの症状も、睡眠障害で説明できないか調べている。結果は期待通りで、モデルマウスでは思春期の睡眠が自然に妨げられおり、その結果腹側被蓋ドーパミンニューロンと側坐核の投射増加していることがわかった。すなわち、思春期に睡眠を妨げたのと同じ状態を、自閉症モデルマウスが示すこが明らかになった。

驚くことに、自閉症モデルマウスの思春期の睡眠を、薬剤で正常化してやると、このドーパミン神経の変化が起こらないことを示し、少なくとも自閉症モデルマウスの好奇心欠如を、睡眠を正常化させることで治療できる可能性を示している。

以上、大変面白い研究だと思うが、これを人間に当てはめていくにはまだまだ時間がかかる印象だ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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